第9話 天使の聖蹟

「安全性抜群、実用性と便利さが一位、広く愛用されて、世の真実を明らかにする、とっておきな方法も、役に立たない時があるのね」


半分以上のローランド人は夜になってもカーテンを締めないと言われているけど、他国の人はそうとは限らない。


姫様の部屋は暖かい黄色のカーテンに厳重に保護されている。


さすがスバリアン帝国の名門、カルロス公爵家のお姫様、不用心のローランド人と違って、「不審者」に隙を与えなかった。


「確かに、少し面倒かも知れません」


ウィルフリードは軽く眉をひそめた。


「不本意だけど、この手を使いましょう――」


そして手を上げて窓を叩いた。


どういうつもり?!


慌てて隠そうとしたけど、ウィルフリードにマントを掴まれて、強引に窓の真正面に止められた。




カーテンを開けたのは、東方人の顔を持つ使用人――藍。


覗き現行犯、になってしまった……


私たちを見た藍の目が少し開いた。


ウィルフリードは指を唇に当てて「シー」と合図をしてから、唇の動きで数個の単語を言った。


「犯人」、「危険」、「協力」。


それを理解したのか、藍は一度頷いて、カーテンを締めた。でも、一つの隙を残してくれた。覗きには十分。


「なにもありません、風の音でしょう」


藍は向きを変えて少し大きめの声で姫様にそう言った。


彼は主人の私生活の覗きに手伝う馬鹿な下僕に見えない。


部屋にきっとなにかある……


!!


カーテンの隙からソファーと机の位置をはっきり見える。


焼けた肌を持つ大男はソファーに座っている。手に半分のパンを握って、体を引き締め、警戒な体勢を取っている。


その姿はウェイトレスの証言とぴったり。


やはり姫様に庇われていたんだ。




「多分奴隷ですね」


部屋から目線を移さないまま、ウィルフリードは呟いた。


数十年前から、海を渡った開拓者たちは遥か遠い異国から黒い肌と大きな目を持つ人たちをたくさん連れて帰った。その異国人たちの中に、貧乏で売られた人もいるし、戦争で負けて捕虜になった人もいる。この白肌の人の土地で、彼たちの運命は大体奴隷になる。運がよければまともな主人の下で待遇のいい下僕として働くことや、平民になることもあるけど、「運の悪い方」がほとんどかも。


「どこから逃げ込んだのかもしれないわ」


この船はローランドとサン・サイド島の間の定期客船。主に温泉旅行や療養の人たちに利用されている。


一定程度の生活物資や商品も乗せているが、大した運搬の仕事がない。奴隷を使うまでの労働がない。それに、奴隷の乗船は許されないはず。


私は再び窓に近づいた。


奴隷が嫌がる貴族たちと違って、姫様は暖かい微笑を顔に浮かべて、黒肌の男のすぐ傍に座っている。


その白い両手は緩やかに大男の腕に伸ばした。


男はかなり緊張したようにに小さく震えたけど、やはり腕を姫様に任せた。


男の腕に何か傷でもあるのか、うまく動かなかった。


姫様の白い手がその腕に置かれると、色の対比が一層に鮮明。



突然に、姫様の手から優しい白光が放たれた。


光がさっそく広がり、男の傷ついた前腕を包み込んだ。




あれは、まさか……




まもなく光が消えて、男はぼうっとして自分の腕を見つめた。


そして、不思議そうに腕を上下に動いた。




傷が治った……


まさか、あれは伝説中の「天使の聖跡」!?


本で読んだことがある。


この世に、生まれつきに不思議な治療能力を持つ人がいる。


禁忌の巫術とかと違い、その力は純白で聖潔なものであり、どんな傷も病も治せる。その力を持つ人は天使の化身や聖人の生まれ変わりと視されている。


サン・サイド島にどんな傷も病も治せる奇跡が存在するという噂がある。そのため、療養地としての人気が年々高めていく。


まさか、その奇跡の真相は、姫様のその力なのか……




手が小さく震えた。


もし、その力は私が探しているものだったら……


「青石」


!?


ウィルフリードはその単語を呟いて、私の耳元で囁いた。


「見たでしょう。あの治癒力は、青石の力かも知れません」


「天使の聖跡」は「青石の力」?一体どういうこと……?


「どうして分かるの?」


「確信ではありません。でも、確かめる価値があると思わないですか?」


「勝手な想像を諦めたらどう?あれは姫様自身の力かも知れない」


「あの力は姫様自身のものだとしても、青石は彼女の手にあるのを断言できます」


ウィルフリードは青石を求める理由に興味がない。


でも、あの優しい姫様からものを奪おうとするなんて……


彼の良心は咎められないの?


「やりたくない?」


一瞬のためらいが気づかれたようだ。


「喜んで犯罪に手伝う人はいる?」


「分かっています。あの天使のようなお姫様に悪いことをしたら、多少罪悪感があるでしょう」


罪悪感?この人の心にまだそんなものがあるというの?


「勘違いしないで、貴女のことです。僕は別になんとも思いません」


「……」


人の考えを見通せるみたい。厄介なやつだ。


「もし降りると言ったら、僕は強制しません。確かに、姫様は貴女に優しいでした。美しいお嬢さんを困らせるのは心苦しいです」


じゃあ、この前のいろいろはなんなの? 


今更善人のふりをしても遅いわ。




私もだ。


今更いい子ぶりをしても何にもならないでしょ。




「……やるわ」


彼のためではない。私も確認したいことがあるから。


その答えを聞いたウィルフリードは意外そうな目で私を見た。


「協力を承諾したから、最後までやる。前にも言ったように、私も欲しいものがある」


「それ」がきっとどこかに存在すると信じているから、ここまで来こられた。必ず、手に入れる。


「約束を守ってくれたことに感謝する」


一筋の髪が綺麗な指に引かれて、ウィルフリードの唇に軽く触った。



また、ズキンとした痛みと共に、デジャブのような影が頭の中を掠めた。


冷たい海風の中、なぜか古い木材と野草の匂いがした。


その懐かしい匂いは単なる錯覚なのか、それとも記憶からにじみ出るものなのか。


体のどこから暖かさが蘇ったような感じがした。


……


同じ金髪で、同じ深海色の瞳、触れそうにも触れられない雰囲気。


ウィルフリードには「あの人」の面影があるのを認める。


それでも、彼を「あの人」に重なる私はどうかしていると思う……


あの人はもっと「傲慢」で、「上目線」だった。あやふやな理由で女性に絡まって、ふざけたことをするような男ではない。


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