第4話 秘宝の名前

「『青石あおいし』を聞いたことがあるか?」

 その提案に頷くと、ウィルフリードは詳しい事情を話し始めた。

「あおいし?」

「黒石、紺石、緑石など呼び方もあるらしい。300年前、ある旅行家が東方の大帝国から持ち帰ったものと言われている。伝説によると、その石に不思議な力が宿っている」

「秘宝伝説によくあるパターンじゃない」

「もっともだけど、好奇心でその石が起こしたと言われる幾つかの奇跡について調べてみた。どうやら、本物のようだ」

「それで探し始めたの」

 彼の苦労談に興味がないので、話を促した。

「三日前、サン・サイド島で偶然に青石の持ち主を見つけた。だが、その人が青石を持って島を離れることになった」

「その人はこの船にいるってことね」

 これは偶然なのか、それとも……

「そう。だから、人々を混乱させ、隙を作らせるために、あの犯罪者名簿を送り出した」

 やはり、悪党らしい行動を……ちょっと待ってー-

「あの十七か十八人の犯罪者名簿はあんたの仕業というの?」

「それはどした?」

 どうしたって?!

「そんな犯罪者がいないと知っているのに、なぜ私を盗賊扱いするの?!」

「それはもちろん、あなたはまともじゃないと思うから、試してみたかった」

 その笑顔にナイフを投げる衝動があった。

「気にしなくていい。盗賊じゃなくても、よい協力関係は築けられる」

 誰か、あんたとよい協力関係を……

「とにかく、青石の在処はすでに心当たりがある。一緒に頑張ろう、相棒」

「勝手に決めないで。私の目的は情報収集。あんたにできるのは、せいぜい人畜無害程度の『手伝い』だけだ」

「そして、そのうちに隙を狙って、漁夫の利を得る。さすが得策」

「悪党の思考回路で他人を判断するな……しないでほしい」

 何年も渡って築けた淑女のイメージが崩れていく。

 感情を外に出さないようにいつも気を付けているのに、彼はわざと私を怒らせるように次々と挑発してくる。

 落ち着け、落ち着け。

 こんな奴に「弱み」を握られたら、便利道具にされてしまう。


 夜の海風は骨まで刺さる。

 自分の部屋に帰ってマントを羽織ってから約束した所に向かった。

 ウィルフリードはすでに船側で待っている。

 月の光のない海面は暗くて、険しい匂いが満ちている。

 甲板の片隅、雑物置場らしい狭い路地に何人の船員が集まっている。不安な呻いや嘆きのよう声が聞こえる。そっちは例の殺人現場でしょう。

「計画とは関係ないけど、念のため、状況を確認したほうが良さそうですね」

 船員たちに一瞥して、ウィルフリードは私に笑顔を見せた。

「お嬢さん、泣いてください」

「?」

「泣いてください」

「どうして?」

「そっちの状況を知りたいでしょう? 泣けば分かりますよ」

「意味が分からない。どうして私は泣かなければならないの?」

 理由の説明もなく、馬鹿にする気か。

「彼らの同情を得るために、可哀そうな少女をお演じてほしいです。泣きたくないなら、勝手に別の設定で行かせていただきます」

 一瞬、ウィルフリードの海色の目が光った。今度は脅かすつもり?

「別の設定とは?」

 負ける気はなく、睨み返した。

「あなたのことを『僕の心を散々弄んだ詐欺女』にして、僕のほうで同情を集めます」

||||どんな脳神経でできているんだ!

 頭より体が先に走って、あのきれいな顔に向けて平手が飛び出した。

「こんな挨拶だけは遠慮させていただきます」

 ウィルフリードは私の腕を掴み止めた。

「きれいな指輪ですね。でも、サイズが大きいすぎ、バランスはよくないと思います」

 ?!

 なぜか、右手の人差指につけたサファイアの指輪がつっこまれた。

「あんたと関係ないことよ」

 引き締めた顔で腕を取り戻して、「冷静になれ」ともう一度心の中でつぶやいた。

「それでは関係のある話をしましょう――どの設定で行きますか?」

「……」


「……ちくっ、ちくっ……」

 涙がないとはいえ、我ながらよいお芝居だ。

 ウィルフリードは路地に行って、おろおろとした船員たちに何かを話した。すると、みんなの目線は一斉に私に向けた。

 両手で顔を遮って、指の隙間から彼らの行動を覗く。

 何人かの船員は頭を横に振りながら溜息をした。

 またしばらくぼそぼそ話してから、ウィルフリードは船員たちに一礼をして、軽快な足取りを踏んで戻ってきた。

「死者はこの船のウェトレス。死因は失血、刃物に頸の大動脈が切られたそうです。爪先に犯人の血と思われる血の跡が残っています。名前はグリック、十六歳、ローランドのルイスト市出身、実家はお魚屋さんで、妹二人と弟一人がいる、だそうです」

「彼たちに何を話したの?」

 こんな詳しい情報まで聞き出すとは思わなかった。

「死んだ人は、『あちらで可哀そうに泣いているお嬢様』の妹かもしれないと教えただけです」

「私の妹?」

「小さい頃に誘拐された妹を探すために、お嬢様は何年も旅をしてきました。そしてこの船で、やっと妹とそっくりのあの子を見つけました。本人に確かめるかどうか迷っている間に殺人事件が起こって、あの子の姿はどこにも見つからない……『妹かもしれないあの子が死んだなんて、もう故郷にいる両親に会う顔がありません』っと、お嬢様は大変悲しくて、涙が止まりません。ですから、最後の確認を僕に頼みました。どうか、ご理解をーー」

「……」

 こんな嘘が通じるなんて……船員たちは船酔いでもしているの?

「変な目で見ないでください。ドラマチックすぎるのは認めます。でも、少し『特権』を使えば話は簡単になります」

「特権?」

「この船の大株主の一人、エルハルソン公爵の息子という身分」

「あんたはエルハルソン公爵の息子?」

「まさか、家紋を借りただけです。船員は鑑定士ではないし、こんな状況でなら簡単にごまかせます」

 騙、された……

 船員のことではない、私自身だ。

 つい先、とんでもない詐欺に乗せられたような気がした……

 どうする? おりるの? それとも……

 突然に、何か不気味な物が後ろから近づいてくるのに気付いた。

「お前ら……」

「お前ら……もう知ったのか……?」

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