第3話 共犯者への誘い
「大した薬ではないから、すぐ回復します。そんな目で睨まないでください。お嬢さんに危害を加えるつもりはありません。誓ってもいいです」
大した薬ではないのが分かる。
けど、その薬を使った時点で、彼はもう「善良の類」と無縁だ。
客室に戻ると、彼は私を椅子に座らせて、お水の入っているグラスを私に渡した。
「……」
グラスの中身を少し観察してから、一口を飲んだ。
「それでは、さっきの行動を説明してくれませんか?」
体の麻痺がだんだん消えていくと感じたら、心も落ち着いた。
「いい度胸ですね、お嬢さん」
彼は軽く笑った。
「僕の目は間違っていないようです」
「なんのことですか?」
きれいな顔に不可解な微笑みを浮べながら、彼は私に近づいてくる。
ひそかに肘掛を握った。
彼は手袋を抜いて、素手で私の右手を取った。
「惚けないでください。あなたは『どれ』ですか?」
「なにが『どれ』?」
「今晩、この船に訪れた面白いお客さんはたくさんいるでしょ?」
「あの十七か十八人の犯罪者のこと?」
「そうです。あなたはその中の一人ですね」
「あんなデタラメな話、信じるものではありません。それに、まるで私が犯罪者のような言い方をしたのですね。淑女に失礼と思いませんか」
「淑女、ですか」
青年は優雅な仕草で小さく噴き出した。
意味が分からないが……その妙な態度に気に入らない。
「まあ、本当の身分を教えてくれれば、一応淑女でいらっしゃることを認めてあげますよ」
「あんた、初対面の淑女になんて失礼な…… 」
だんだん頭がきた。
「これは賢明な判断です。お嬢さんはあの名簿を聞いた時に、眉ひとつも動かなかったのではありませんか」
賢明は自分で言うことなの。
「何を言っているのですか? 具合があんなに悪くなったに、あなたも見たでしょう」
「あれは外の状況を確認するための演技です。僕の目にごまかせません」
なんとなく、殴りたくなる。
「私は忙しいです。暇つぶしの相手が欲しいなら、他の人にしてください」
足に力が入ったと感じ、さっそく立ち上がって、扉に向かった。
「もう行くのですか?」
「名誉棄損への訴訟を検討しておきます」
「――フン、なかなか興味深いお嬢さんだ。女の子は強いほうがいい。予想以上の強さを持つなら、なおさらだ」
!!
突然に、彼の口調が変わった。
驚きで思わず足が止まった一瞬、彼が真正面に回して私の顎を掴んだ。
「気に入るよ」
低い声とともに、羽のような柔らかい触感が頬に落ちた。
!!!
危うく彼の頸を斬るところだった……
「……罪状を、もう一つ増やしてやろか。このセクハラ野郎……」
拳を飛ばす衝動が胸に刺さる。
けど、理性でその衝動を必死に抑えた。
なのに、彼は私の暗い表情を見ていないように微笑で続けた。
「ただの挨拶です。気に障りましたらお詫びいたしましょう。とにかく、座って僕の話を聞いてみたらどうですか。悪い話とは思いませんよ」
……行動のスピードといい、顔の変化といい、こいつはただの無礼者ではないでしょう。
それに、その悪質な性格から推測すれば、要求を断った人に対して大した報復をしなくても、一つや二つのツヤバナシをでっち上げて、嫌がらせをするタイプだ。
うっかり痛目をつけたら、私にとって面倒なことになるかもしれない。
「僕の名はウィルフリード・ガブリエル、フランディールからのものです。ウィルでいい」
外見は確かにフランディール人の感じがする。でも、その名前は本名とは限らない。
「本名ではない、と疑っていますか?」
「言ってないわ」
「その青い目に疑いが映しています」
「自分の判断を勝手に人に押し付けるのはあんたの趣味なの? 悪趣味と言われたことはない?」
名前はともかく、人柄は「最低」に違いない。
私の怒りが伝わったのか、彼のふざけた笑顔は少し真面目になった。
「これ以上ご機嫌を損なうことをしたくないから、本題に入りましょう。まずは、お名前、教えていただけませんか?」
「……フィルナ、フィルナ・モンド。出身は、ローランドです」
少し躊躇ったけど、本名で答えた。
「月か」
彼は私の名前に含まれた意味をつぶやいた。
「では、月のお嬢さん、どうして一人であの島に行かれたのですか? 観光にはまだ寒いでしょう」
「療養に」
「嘘ですよね」
あっさりと否定された。
「あの島の温泉は有名ですよ。この船に乗っている人たちもほとんど療養帰り。私もその一人で、何がおかしい?」
ウィルフリードは再び近づいてくる。
危険な気配はないが、少し警戒を高めた。
彼はほどの良い距離で私の頸の匂いを嗅いだ。
「硫黄の匂いより、マーガレット花の香がします」
……仕方がない、変な探りを止めさせるために、「適当」に「本当の理由」を話そう。
「……薬を探しに行ったの」
「なにか病気に悩んでいますか?」
「あんたと関係ない」
「いいえ、あると思います」
なんで……
「これからあなたは僕の『協力者』になりますから、お互いへの理解を深めるために、できるだけ詳しいことを聞かせてください」
「協力者?」
誰があんたみたいな不審者と理解を……
「あなたは、
妙な言葉を言いながら、ウィルフリードはさらに私に迫った。
「クレセント、ムーン? それはなんのこと?」
「稀世な宝物を狙い、貴族やコレクター、博物館を散々悩ませた盗賊。けど、盗賊と言っても、礼儀正しいというかなんというか、盗んだものを返すという特別な習慣を持っているらしい。悪名の高さはトップクラスに入らないが、業界ではなかなか有名――あなたに一番似合う身分です」
「意味が分からないわ。なぜ私に盗賊の名が似合うの? 名前に月の意味がある人は全部盗賊だったら、この世の監獄はいくらあっても足りないじゃない」
「だとしたら話が早い。ちょうどそのような協力者が必要です」
私の反論を無視し、ウィルフリードはまた自分勝手に話を続けた。
そして、悠然とした顔が一変し、真剣そうに私の目を見つめる。
「オレはこの船に乗っているとある『宝物』に目をつけた。手伝って欲しい」
盗賊はそっちの方でしょう……
本当に呆れた。
盗みときたら、余計に真剣になって、やはり本業でやっているでしょう……
「あなたにもメリットがある」
「なんのメリット?」
「と、思っているが、それは何なのかオレは分からない」
……馬鹿にしているの?
「あなたのことをしばらく観察してもらった。オレと同じ何かを探しているようだ。共に行動すれば、少なくとも情報収集に役立つだろう。気が向いたら、オレは手伝ってあげるかもしれない」
彼は何を観察してその結論を得たのか分からない……でも、その通り。
私も探し物をしている。
先日、サン・サイド島に着いてまもなく、「そのもの」の持ち主はこの船に乗って島を離れることを知った。
やむを得ず計画を変更し、急いで船の手配をした。
でも、情報収集の時間がなかった。
彼の助けなどはいらないが、情報収集が便利になれば一緒に行動するのも考えなくもない。
「相手」は理不尽で妄想好きな悪質盗賊だけど、私にはチャンスが必要だ。
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