第43話 世界の真理

「おやおや、ようやく起きたようだね」

暗闇から覚めると、目の前にはやはり中佐がいた。手錠で拘束されて身動きができない。

ここは確か村のはずれの平地だ。周りには何百人もの兵士がいる。しかし、全て国連軍ではなくアメリカ軍兵士のようだ。

「いったいどうなってるかわからないだろう?ハハハ。君は完全にはめられたんだよ」

嘲る中佐。周りの兵士たちもせせら笑いをしてこちらを見ている。

「……まあ、安心しろ。君のお仲間さんたちを今すぐ殺すつもりはない。使ったのは全て麻酔銃だ。ヤコフ、宮田、米浦。この三人も今は然るべき場所で拘束してある。殺しちゃいない」

……よかった。みんな生きている。

私は胸をなでおろし、深呼吸をした。

「…だが、彼らはあくまでも人質だ。これから言う要求をのまなければ…」

中佐はニヤッと笑った。


「皆殺しだ」


「はぁ!?」

立ち上がろうとしたが、拘束されているので立ち上がれない。

「皆殺しだって!?それでもお前ら国連か!?」

「……フッフッフ……」

中佐は胸にある“UNUDO”のバッチを外し、目の前に落として踏みつけた。

「……君はまだわからないのか……?我々は国連軍なんかじゃない。アメリカ軍だ」

「……他の国の軍隊はどうした。中国、イギリス、ロシア……いっぱいあっただろう?」


「殺した」


「…は?」

……わけがわからない。彼らは地底人を捕まえるという目的で来たはずだ。なぜ同士討ちなんて行うんだ。

「……お前ら……自分たちが何をやってるのかわかってるのか……?こんなの世界が黙ってないぞ……?」

「……そうだな。黙ってない。でももし、私たちのやったことが全てなかったことになるとしたら?世界を自らの意思で作り変えることができるとしたら?」

「…何を言ってるんだお前。世界を作り替えるって、どういうことだ!」

「事の発端は……やっぱり今回も君だ」

今回も……?

「これは相当昔からひそかに研究されていたことだが……“インノベル論”というものが一部の研究者の間でささやかれててな。簡単に言えば、」


「”この世界は何かの物語である”という論だ」


……嘘だ。そんな…まさか…こいつら……なんで知ってるんだ……だから私を……

中佐はあの時と同じように意味もなく周りをうろつき始めた。

「この論は100年もの間単なる陰謀論の一つとして数えられていたが、それを立証する証拠がここ一か月でいくつも出てきてな。地底人の神話もそうだが……君の存在自体と“ライター”の研究が何よりの証拠になった」

「“ライター”……?」

「そう。科学の究極体“ライター”だ」

「科学の究極体……?」

「……君は、地底人が未来人であること知っているよな?」

「…はい……」

……なぜだ……なんでこいつがこのことを知ってるんだ……普通なら、中佐がここで初めて私に地底人が未来人であることを告げるはずなのに。

「”ライター”とは、彼らの科学の最終形態、究極体だ。すべての技術をつぎ込み、多くの犠牲を払って作られた世界線湾曲装置だ」

「……は……世界線湾曲装置……?」

「……きっと、“今は亡き世界”で君は私に言われただろう?“君が行けなかった瓦礫の向こう側を見た”と。そこには研究所があったんだ。神話の原文、数々の世界線の研究の成果や“ライター”の開発、そして“リーダー”によって得られた情報……ありとあらゆる文章が紙で残されていた。…全く、解読するのに何日かかったことやら」

「は……?は……?」

「ハハハ。安心しろ。君が理解する必要はない」

「その…“リーダー”って……?」

「簡単だ。タイムマシンだよ。言わば、彼らは世界の“脚本”を手に入れたわけだな」

「そんな……彼らが……脚本を……?」

「“リーダー”を作った彼らは、早速その装置を使った“世界史の観察”と、“世界線の改変”を行った。この世界の歴史を未来から過去まで記録し、歴史を改変させるための工作とその結果を研究していった」

……過去の事象を操作し、未来を改変させる……まるで映画のような実験だ。彼らがそんなことまでやっていたなんて……とても信じられない……

「しかし、“世界線の改変”を行っているとき、とある不可解なことに彼らは気づいた」

それまで歩いていた中佐が止まった。

「西暦2019年の7月2日から9月3日の間だけ、どんなことをしても世界線が大きく変動しなくなっていた。また、その間君の周りで不自然な程の偶然や奇跡が起こることも分かった。彼らはあらゆる実験の末、一つの結論にたどり着いた。“世界には脚本のようなものがあり、この物語の主人公は加藤深だ”ということだ」

一気に喋りすぎたのか、中佐の息が荒くなっていた。多少はゆっくり喋ったつもりなのだろうが、私には早口で言っているように聞こえた。

「そして、“ライター”が開発された。時間の流れを変えるのではなく、“脚本そのものを変える”ことで世界線を湾曲させることができるという代物だった」

……時間を操って成り行きで世界を変えるのではなく、自らが世界を新たに創造していく……まるで人間じゃない。神だ。

「……そんなことが本当にできるのか?」

「……いいや。できなかった」

……やはり人間は人間のようだ。どんな科学をもってしても、越えられない壁は存在する。自らを根本から変えることだ。


「……君という存在がこの場所に来るまではね」


「は……?」

私が……?いったい“ライター”が何なのかもよくわかってないのに……?私に何ができるっていうんだ……?

「“ライター”は、“彼ら”では起動できなかった。しかし、“主人公である加藤深”なら起動することができる。なんせ君は人間と神の中間の存在なんだからな。君ならこの世界の脚本に逆らい、世界線を自由に湾曲することができる」

……そんな…ことって……だから私はここに……


「君には、生命というものが神に逆らい自らを万物の頂点とする行為“最終進化”を行ってもらう」


「……私は……」

「……この世のすべての生命の代表者だ。やってもらうぞ」


「……いやだ」


「拒否権はない。未来人たちが唯一手に入れられなかった最後のピースを、お前はその手ではめる。科学がすべてに打ち勝つその瞬間を、お前は見届けるんだ」

「……打ち勝って、どうするんだ。何をする」


「簡単さ。すべてだよ。すべて。この世界を”最高なもの”に作り替えるんだ」


「……そんなこと、できるわけがないだろう」

「いや。できる」

「根拠は」


「科学さ」


「……ははは……そんなものあてにしてどうするんだ」


「……何を言ってる。少なくとも、”神”よりかは信頼できる存在だ」


「……神を……舐めてるのか……?」


「君が“ライター”を使った時点で、我々人類は神の上の存在になる。神などというものはもはや必要ないのだ。科学と人類が全てを支配する世界……まさしくユートピア……楽園……その世界では“神にすがる”なんていう愚かなことはしない。ただ“ライター”を使うだけでどんな夢でも叶う世界になるんだ」


「……言いたいことは分かった。でも……うまくいくわけない。いや、うまくいってはいけない……そう感じる」


「黙れ。それはただの神という人類普遍の存在への信仰心だ。科学に間違いも正解もない。すべてを手に入れる。それが科学の目的だ」


二人とも息が荒くなっている。ただでさえここは地上よりも酸素が薄いのに、ここまで熱く話すのは久しぶりのような気がする。

「……軍人のくせに……科学を語るとはな」

「……この目で何度も見てきたからな……科学者の挫折と、その欲望と、情熱を」

「……お前…まさか科学者だったのか……?」

「そんなこと、どうでもいいだろ。君は我々の言うことに従って、ただ“ライター”を動かせばいい。人類の進化の瞬間を、指でもくわえて見ておけばいいんだ」

「……一線を越えるぞ」

「ああそうかい。まあとにかく黙って我々についてくるんだ。オペレーションFirst Encounter未知との遭遇最終段階はもうすぐそこなんだからな」

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