第41話 U.D.O.

「はっ…初めまして?」

宮田は震えながら言った。四人の前には、四十人の地底人がいる。写真で一度見ているとはいえ、実際に見て触ると初めて会ったかのような感覚になる。

「こちらこそ、初めまして!」

“いつもの二人”が群衆の中から出てきた。

「話は聞いてるよ…君たちがラックとレックだね?」

「な、なんだとっ!?我々の名前を知っている!?」

とたんに二人の視線は私に向いた。

「貴様ぁ…情報漏洩は厳罰に…」

今はそれどころではない。

「それじゃあ、地底の皆さん。これからとても大事な話をするので、よく聞いてください」

「罰として禁…」

「聞いてください」

「…何をそんなに怒ってるんだよ」

「…いいから、ママとパパのところへ戻って」

「…はぁーっしゃーないなぁ」

二人はしぶしぶ戻っていった。

そうこうしている間に、村中の人々が集まってきた。私はヤコフが書いていた原稿を持って台の上に立った。

「……では、話します。突然すぎて信じられないかもしれませんが……今から二日後に、地上から軍隊がやってきます。彼らの目的は、この村に住む住人の捕獲です」

「軍隊?」

群衆の一人が声を上げた。

「……はい。軍隊です。ヤコフは今まで話してこなかったことですが……地上にはここよりも大勢の人間が住んでいます。そこでは毎日戦争という醜い殺し合いが起きて、人が死んで、誰かが損をして、誰かが得をするのです…軍隊とは、人を殺めるために作られた組織です」

ヤコフからの了承を得ているとはいえ、眉間にはしわが寄っていた。私自身も心苦しかった。でも、協力してもらう以上真実を隠すわけにはいかない。

「…それで……私たちは……どうすれば……」

「答えは簡単です。軍隊を、追い返すのです」

「…つまり…戦うってことですか?」

「…はい。そうです」

群衆の間にざわめきが広がる。そもそも”戦う”ということ自体彼らはほとんど知らない。なんせここは楽園。戦う必要などないんだから。

「村の人たちが力を合わせれば、軍隊だって逃げていくかもしれません」

平和な楽園。しかし、二日後その楽園は崩れ落ち、一日にして戦場へと変わる。

「その…絶対に戦わないといけないんですか?」

「……」

…おい、何迷ってんだ。

「はい……戦わなければ、彼らを止めることはできません」

「絶対に…ですか?」

「絶対に…です」

戦争は、こうして生まれるんだ。

「…そっ…うっ…」

気づいたら、目から涙がこぼれていた。なぜかはわからない。わかりたくもない。

「…そっそれでは、これからどうやって追い返すかを説明します」

俯いた顔のヤコフが、ローバーから”妨害道具”を出した。

「…まず一つ目が、この“火炎瓶”と呼ばれるものです……これはヤコフによる予想ですが、彼らは硬くて四角い乗り物に乗ってくると思われます…使い方は、この部分に火をつけて、その四角い硬い乗り物に投げ込みます。おしりの方をめがけて投げると効果的です」

…感情がだんだんと薄れていくのを感じる。どんどん無に近づいている。

「次は、落とし穴です。皆さんにはこの“シャベル”という道具を使ってライン状に穴を掘ってもらいます。横幅はなるべく長めにしてください。そうすることで、乗り物が穴から出られなくなります」

…ほんと、最悪だよ。

「……こういったことで乗り物が使えなくなると、我々のような姿をした人間が出てきます。何かL字型のものを持っている人間がいたら、すぐに硬いものの裏に隠れてください」

…これも必然のうちなのだろうか。戦争というものを知ってしまったがゆえに、醜い争いを始めるかもしれない。彼らが人間のようになってしまったら…

「…彼らはオアシスの東側から攻めてきます。東側を重点的に守ることにしましょう」

最初と比べるとかなり小声になった。

「…以上です。皆さん、この楽園を守るために戦いましょう」

小さいうえ、自信までなくなった声。頼りがいがあるとは思えない。

脳裏に浮かぶ想像。突貫工事で作ったバリケードはいとも簡単に突破され、現代兵器によって一方的に攻撃される。たちまち全員捕まり、私たち四人は政府に“ゲリラ”だとか“テロ組織”だとか言われる。

それでも、我々は勝つ。脚本通りに。いったいどんな奇跡があったら勝てるのだろうか、全く見当もつかない。

こんな地底人総動員が脚本的に正しいのかもわからない。

「加藤」

演台から降りると、ヤコフに呼ばれた。

「…ありがとう。俺じゃこんなこと言えないよ」

「うん…」

……

流れる沈黙。後戻りなどできない。

「そういやさ」

「ん?」

「何でお前、さっきは“どこから来るかはわからない”とか言ってたんだ?」

「え?」

「盗聴内容の報告でそういっただろう?覚えてないのか?」

どうやらこの世界ではどこから攻めてくるかは盗聴できていなかったようだ。

「ごめん。ただの言い間違いだよ」

「そうか。ならよかった」






「よいしょっ!」「そーれ!」

早速、オアシス東部で落とし穴の建設が始まった。シャベルは十本までしか持ってこられなかったが、ある程度現地で作ることができた。おかげで、総動員である。

バッカード中佐の言った通り、水蒸気の壁と本島との間は狭かった。壁の外ではその気圧や温度の高さ故お互いまともな武器が使えない。唯一電磁波を使った光線銃のようなものがあるが、果たして戦車を貫通してスーツを着た乗務員を倒せるかはわからない。

言ってしまえば、“奇跡待ち”なのである。それがなくてはどうしようもない。

…UDOなんていうかっこいい名前を付けるんじゃなかったな。

そんなことを考えていると、ヤコフにシャベルを渡された。


村人たちの協力によって、落とし穴という名の塹壕は浅いものの完成した。持ってきた腕時計によれば今日は9月2日だ。予定通りならもうすぐUNUDOの軍隊が攻めてくる。この二日間ほとんど寝ていないので耐え切れず塹壕の中で一人もたれて寝た。


……戦争…地底人…人間……

頭の中でぐるぐると言葉が回る。まるで私に問いかけるように。

……正解…真実…塹壕……


……これでよかったのだろうか?

……何か胸騒ぎがしてならない。




……

「おい起きろ!」

……

「おい!!」

……

「おおおい!!!」

「はっ!?」

「何寝ぼけてんだ!奴らが来たぞ!」

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