第31話 国連総会
「お集りの皆さん」
国連本部。総会議事堂。
「これより、アメリカ政府他各国からの要請により、特別会を開始いたします」
とうとう始まった。脚本は28話までの分しか読んでいないので、一体何が行われるのかはわからない。しかし、ここは物語の世界である。この世界は“普通”じゃない。どんなことが起るかなど予想できない。
「さて。まずは、この世界で唯一地底人に会ったことがあるという方の演説から」
「え?」
小さな拍手が議場にこだました。こんなに早く呼ばれるとは思っていなかった。
「頑張ってっ」
そう言って秘書さんが私の肩を押す。
「ばっちり翻訳シマース」
案内人のアメリカ人がグッドポーズで言う。彼の本業は翻訳者か。
「よ、よし…」
一か月と少し前、ただの雑用係だった男は、国連総会で話すのである。
つかつかと演台まで歩き、息を吞んで、深呼吸をした。
…やるぞ。
「各国代表の皆さん。こんにちは」
「Dear representatives of each country. Good afternoon」
案内人の人が流れるような英語で言った。
「皆さんご存じの通り、私は地底に行き、地底人と出会いました」
「Hmph」
誰かが鼻で笑った。だが、そんなことをいまさら気にしてはいけない。
「地底には、様々な生物が生息しており、そこに住む地底人は私たちと同じく文明や文化を持っています」
緊張するな。台本通りにやれ。
「私は!」
急に声のトーンを上げたので、一部の人が驚いてびくっとした。
「…たとえ世界中の人が私の意見を噓だと言って突き放しても、地底人はいると言い続けます!」
……はぁ…全然誰も拍手しない……ん?
日本代表と秘書さん以外に誰かが拍手をしている。それも、音を立てて、堂々とやっている。
「Excellent speech, Mr. Kato」
……!
アメリカ代表だ。
「…っというわけで…演説は終わりです…」
小さく開いた口が塞がらない。何故アメリカ代表だけ拍手をするんだ?っというか、そもそもこの国連総会を要請したのはなぜなんだ?
……まさか。
「では、次。アメリカ代表」
壇上から降り、席に戻った。演説する順番は普段ならブラジルからだが、今回は違うらしい。
「よかったですよっ」
秘書さんが小声でそうつぶやいた。
「OK.Then,I will now explain why we have requested this international conference」
「では、これより何故この国際会議を要請したのかを説明いたします」
案内人が即座に翻訳した。
「では、最初の理由から」
アメリカ代表は一息つくと、淡々と話し始めた。
「これより、アメリカ政府他各国政府の支援の下、新たな専門機関を設立いたします。その名も、」
代表者のアシスタントがパソコンに触れた。
「国際連合地底開発機関。United Nations Underground Development Organization、UNUDOです」
…UNUDO……?怪しい機関だ……
…何だか、本格的に物語っぽくなってきたような気がする。私はこれからこの機関と戦っていくことになるんじゃないだろうか。そんな気がする。
「この機関は、今現在世界各地で起きている地底に関する問題の解決、そしてアンパスカル鉱石の採掘をはじめとした地底産業の管理と地底の本格的な開発を目指すために設立されます。本部はここニューヨーク。現在すでに五か国が加盟申請をし、承諾しました」
アメリカ代表は再び一息ついて周りを見渡し、台本を見た。
「ここまでは、既に安全保障理事会にて各国首脳にお伝えしました。本題はこれからです」
…本題……?
「ふぅーーっ」
アメリカ代表がひときわ大きな深呼吸をした。
「はっきり言いましょう。我々は、地底人が存在するという確固たる証拠を見つけました」
「…What?」
あちこちから聞こえる戸惑いの声。私も危うく声が出そうになった。
「そして、我々はこれより実際に地底人に“会いに”行きます」
……は?会いに行くだって……?
私は、思わず立ち上がってしまった。
「会いに行って、どうするんです?」
熱のこもった声でそう言った。
「それは機密事項です。ただ、彼らを殺したり、傷つけたりすることはありません」
「本当ですか?」
「ええ」
……この世界は物語なんだ。噓に決まってる。絶対に何か良からぬことをする。
「とにかく、専門家や大統領、国防大臣との協議のうえでの慎重な判断です」
……国防大臣だって……?
「誰が会いに行くんですか?」
「……」
一瞬表情が濁ったかと思えば、ニヤッと笑った。
「軍隊ですよ。軍隊。アメリカ海兵隊です。あと、研究者とか」
会場がざわめく。
……
言葉も出ない。最悪だ。悪夢だ。彼らを殺しに行くんだ……
「加藤さん。軍隊と戦闘を一緒にしないでください。私たちが行うのは
……これが現実と分かっていれば、私はここまで不信感を抱かなかっただろう。
……だが、これは物語だ。裏があるにきまってる。
「なぜ、地底に地底人がいるとわかったかについては詳細は話せませんが、地底に探査機を送り込み、彼らを見つけました。彼らがいるということは紛れもない事実です」
再び一息ついた。
「では、演説を終わります。次の方」
……いつの間に探査機なんて送り込んだんだ……?
私の心が冷める気配はない。まだ全く納得していない。
次は中国代表だ。
「アメリカ代表によると……地底人がいるそうですが」
半笑いで言っている。
「仮に、地底人がいたとして、いったいどこに軍隊を向かわせるんでしょうか?……ええ。日本です」
いくつかの代表が相槌を打った。
「きっと日本政府は、このことを承認するでしょう。えーしかし、我が国としては、これは明らかに日本を経由して地底から我が国に侵入し、何か良からぬものを地底に埋めていくのではないか、と思っています」
一部の代表が拍手をした。どれも東側の国々だ。
「これは、単なる、建前なんじゃないでしょうか」
熱狂する東側。それを哀れな目で見つめる西側。
「我が国は、我が国の安全保障上の問題からこの行為を強く非難いたします」
「次は、イギリス代表」
イギリス代表が壇上に上がる。
「えー我が国は、海兵隊が地底に軍隊を送るという行為を非難は致しません。ただ、地底人が存在するというのはいささか信じがたいですね。えーしかし、インド国境の地底に軍隊を常駐させている疑いのある国にそんなことを言う権利はあるんでしょうかね?」
中国代表を指さして言った。
結局、この話はどっちつがずになりかけたので、アメリカ代表が地底人を撮影したという写真を公開した。写真だけでなく一緒に動画やいくつかのサンプルも提示したので、「あくまでも国連軍として」「アメリカ以外の国々の軍隊も交えて」行うことで同意した。それでも中国などは反発したため、非公開の安全保障理事会が開かれた。何を話し合ったかはわからないが、最後は満場一致で可決されたそうだ。
これにて、地底人の存在はほとんど立証された。いや、認証された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます