化面

ゆーめい

第1話 化面

化面かめん


これは死した生き物から得た血、肉、骨を混ぜ砕いて、溶かして、固める。また砕き、溶かし、固める。そうして作られた物は死塊しかいと呼ばれ、その元になった生物の本能を残し、塊となる

して、死塊しかいに型を彫ると力が宿る。お面ようになったそれを着けると、その物が生きていた時の意思と生きていた時に使っていた能力を扱うことが出来る


人間だが、人間では無い

人だが、人をえた力

人をかすめん


これを皆『化面かめん』と呼んだ


限られた者達しか使えないが、それは大きな力となり戦力となる。

この化面で人を守り家族を護り、戦う

それが唯一、化面をあつかえる者達の運命しめいである


─────────────────────


縁側えんがわに座り今日もいい天気で暖かい。優しい風と耳をませばしおの音まで聞こえてくる

ぼーっとしていた時、背後から何度か俺を呼びがらな背中に突撃してきたやつがいた


にいちゃん!ねぇおにぃちゃん!!」


「うぐふぅ!」と情けない声を出したらキャッキャッと笑っている


「おーいやめろって言ってるよなぁ!りゅう!!」


まだ俺の背中に乗り上げながら笑い続けている俺の弟がいる


「背後取られた兄ちゃんが悪い〜!」


「言ったなお前!ならこうしてやる!!!」


瀧を背中からひっぺがし、俺の前に寝かせて手を押えながら横腹や脇をくすぐる


「うわぁぁ!!あははははは!!やめてやめて!!キャーーー!」


「いーや止めないね!もうしませんって言うまでは、ぜーったいにやめません!!」


この手から逃れようと手を退けようとするが退けれず、くすぐられないように体を捻らせるがまたくすぐられてしまう


「ごめんなさい!もうしません!だからやめてー!!」


顔が真っ赤になった頃にやっと言った

ひとしきりにくすぐり終えたら離してやった

体を大の字にして大きく息をしている

でもこのやり取りは何度もしている。もうしませんと言ってもいつかまたするし、俺もこうして罰を与える

いつもと同じような日常だ


「いい天気だねぇ〜」


寝っ転がりながら体だけを外に向けてぼんやりと。確かに1番過ごしやすい天気だろう


「平和という証拠だ」


何も変わらず隣に家族がいて、じゃれあって。そして一緒にぼーっとする

まだ昼なのに眠くなって来る───




『カン!カン!カン!』




遠くからかねを三回たたく音

それが耳に入ったら眠気なんていつでも飛んでいく。縁側の下に置いてある履物はきものを履いて家の上に跳ぶ


「鐘の鳴ってる方角は───」



『カン!カン!カン!』



「あそこか」


向いていた方向の真反対まはんたい

あっちの方からしきりに鐘の音が聞こえる


「三回だから、獣か」


鐘の鳴る回数で何かの異常事態を知らせる。これが僕らの連絡の仕方だ、遠くからでも対策を考えながら現場へ向かう事が出来るからだ


(あの方向は、森の中ってところかな?)


場所等も覚えている。なら、と思い一度下に降りる


りゅう


「うん!お仕事頑張ってきてね」


・・・俺が何を言おうと察しのか。

というかこういう急に仕事になるのも日常茶飯事にちじょうさはんじである


「帰ってきたら一緒に遊ぼう。行ってくる!」


そして背中を向けて家の門をくぐる


「行ってらっしゃい!怪我しないでねー!」


弟の応援がしっかりと心に響き、今日の仕事のやる気も上がる

道なりに走って行くが、丁度ちょうど反対からの人の流れが多い。急ぎたいが走ると人にぶつかってめいわくがかかってしまうし、最悪怪我させてしまうかもしれない

それにすれ違うほとんどの人たちが心配そうで、怖くって、今にでも泣いてしまいそうな顔だった


「えーっと……」


道の真中からズレて屋台や家の前に行く

近くに人はいるが怪我はさせないぐらいの距離間なら、遠慮なく


『ドン!』


足に力を込めて大きく跳んだ

きっと普通の人では跳べないぐらいの高さ

一気に二階の屋根の上まで上がった


周りにいた人々にとっては何かが壊れたような鈍い音と風もないのに急に砂埃が立ったから歩いていた人達が何事かとその方向を見る


そして自分よりはるか高い家の上に少年しょうねんが立っていた───

その青年本人は一瞬で多くの人に見られて何だか肝が冷えてしまった。


(これはことじゃないか、でも急にこんなに見られたら……)


『ぱぁん!』


手を叩いて更に人の目を集め、腰を下げて左手は膝に付けながら相撲取すもうとりの様な構えになり、手を前に出し端から端まで手を回す


みなしゅうお聞きになられたか!?」


大きな声で目の前にいる民衆みんしゅうに声をかけた。驚いていた人、「始まった」と口角を上げている人

それぞれの反応を見ながら、


「たった今!向こうから鐘の音が鳴った!鳴った回数は『三回!』今から世にも恐ろしき生き物、『奇獣きじゅう』がここに迫るだろう!!」


それを聞いた人達は途端とたんにざわめき出した

「おい聞いたか?」

「逃げた方がいいんじゃないか?」

「嘘に決まっているだろ」

「なんやぁ、変な人やなぁ」

なんていっぱいの言われよう。暗い顔をしていた人達はさらに顔を暗くして下を向いてしまう


「あぁ!こいつぁ困ったな!!誰かその奇獣きじゅうとやらを何とかしてくれないもんかねぇ!?」


下で寿司すし屋台やたいをしているおっちゃんが俺の目を見て言った

それをきっかけに下にいる全員が

「こわいねぇ」

「あぁおっかなーい!」

「嫌よ!まだお嫁に行けてないのに」

「俺の店がぁぁぁぁぁ!!」

「頼む!助けてくれ!!」

と大きな声で言い始めて、ガヤガヤと全員言い始め、全員が各々おのおのの思いを俺に伝えてくる


「さぁ皆様みなさま御立会おたちあい!!体はちいせぇが、態度はでけぇ。ねんがら年中ねんじゅうお祭り野郎やろうのクソガキが、その奇獣きじゅう見事みごと退治たいじしてやりやしょう!!」


どっ!!と全員がき上がった


遊んでいる様で真面目に言っている。それは自分もみんなもわかっている

これが俺のやる気のあげ方だ。この流れ任せの様な、この飄々ひょうひょうとしたのが俺だ。それだけは絶対で変わらない、変わりたくない


「では皆さん安心して、もうしばらくお待ちくだせぇ!」


そして人々に背中を向けて走っていく。もちろん家の上を走りながら

遠くから

「がんばれー!」

「応援してるぞー!」

「結婚してー!!」

色んな声援せいえんが送られている

この声が重荷おもにになることは無い。この声の量が俺を信頼しんらいして、信じてくれている声だから。今までの自分の行動の結果の一つでもあるのだから


─────────────────────


その背中が遠くまで行って豆粒まめつぶのようになった頃、少年が向かった方向からちょうどこちらへ来ていた暗い顔の男がいた

ヨロヨロと絶望した様な重い足取りをしながらその男はさっきいの一番にあの少年に声をかけた寿司屋の歳のとった所々白い髪の男に声をかけた


「なぁ?何でアンタはあんな子どもにあんな声をかけたんだ?」


暗い男は苛立ちを含みながら言っていた

奇獣きじゅうとはとても恐ろしい生き物で普通の人間でも倒すことは出来なくはないが、普通の人間では倒す事は出来ない。

こんなにと矛盾むじゅんしているが、そうとしか言えないほど圧倒的で、天災てんさいの様などうしようもないのだ


「あんな子どもに何ができるってんだ……!」


普通の獣のやつから守るために強くて重くて硬い柵のはずだった。でもそれは普通の獣用のものだった。でもヤツは当たり前のように、ただの平地へいちを歩くように、柵を破壊し村に入り、家を壊して全てを荒らして通り過ぎて行った

きっとヤツの目にも意識にも入っていなかっただろう。

そんなヤツに、全て壊されたのに


あの少年は……あのガキは……

ふざけているようだった。ふざけているようにしかみけなかった

自分の奥底から怒りの炎がらめいだのがわかった


「何も知らないあんなガキが何であんな事を言えるんだ!!」


自分は目の前の男に聞きに来たはずなのに、勝手に自分の話をして、勝手に怒鳴っている

人々ひとびとがこちらを向いている。幸い暗い男は屋台の椅子に座っていたため周りの日は背中しか見られていない。


「すまない……勝手に話しかけたのに急に怒鳴ってしまって……」


今まで頭に昇った血が急速に降りていく

でもあの少年に納得なっとくはできない。


「確かにはたから見ればそんなにガキだろう」


酢飯すめしを握りながら、目線は手元のまま話し始めた


「でも辛い悲しいって思ってちゃあ、ずっと心にきりがかかる」


そしてネタを取りやさしく包み込むように握る


「同じ経験をした事がないと理解はし合えない。兄ちゃんはそう思うのかい?」


静かに、うなずく

でも目線は手元のままだから自分がどう答えたか分からないはず。


「それも答えだ。でもな、」


そして美しい寿司が目の前に一貫いっかん置かれた


「経験してようがしてまいが、あの子は人を知り、理解して人のために動く。自分の事は後にして他人たにんの力になろうとする。だからあの子の言う事はみんな信じるし、ここの町のみんなはあの子を自分の子、兄弟のように思っている。だからあんな事をあえて言ったのさ」


さらに醤油の入った小皿を置かれた

今の話を聞いた男は初めてこの屋台の店主の顔を見た。明るい表情でいい笑顔だった

今の自分の顔とちょうど反対だった


「お代は要らねぇよ、一貫だけだぜ?」


片目を瞑り、構わないと言いたげに肩をすくめた。男は手を合わせて「いただきます」と言って、丁寧ていねいにその寿司をつかみ醤油につけて一口で食べた


「美味しいな」


「はっ!当たり前よ!!」


鼻の下を擦りながら胸を張っていた

きっとこの店主は長年寿司を握り続けていたんだろう。男はまだまだ自分の知らないことがあると思った。そして長年住み続けて大切にしていた土地が壊された事を思い出した


「もし、退治してここへ戻ってきてくれたら一度話をしてくれないかな……」


さっきまでの怒りは少し残った

でも、自分はまだあの少年の事を知らない。なのに勝手に怒りを燃やしていた。これは自分の思っていた「同じ経験をした事がないと理解はし合えない」それは今の自分も同じだった

男はもう見えなくなった、あの少年のそして自分の住んだ家があった方向を向いて手を合わせて願っていた


─────────────────────



森に一番近い家から木に飛び移る

あたりは不気味ぶきみなほど静かであった

る音といえば風に流されて葉が擦れる音だけ、鳥や虫の鳴き声は一切ない

けっこう強いのがいるらしい

さっさと現場へ駆けつけたいが森は木がいっぱいだし、山になってたり谷になってたりと視界が悪い。とりあえず一番高そうな木の上まで登ったが、やはり視界が悪い


耳をます

木の音、風の音、自分の心臓の鼓動こどう。全てが鮮明せんめいに聞こえる。


(集中しろ)


広く深く、もっともっともっ





─────────────────グ───




バチッと目を開く

聞こえた、11時の方向だ。

ならずは木をおりて、走って、


「なんて、まどろっころしい」


今はとにかく速く行かなければならない

木を思いっきりしならせて自分を投げ出す

浮遊感ふゆうかん内臓ないぞうが浮き上がる。

『バサッ』『ガッ!!』

『バサッ』『ガッ!!』

『バシッ』『ビュン!』

木の枝を足場にしたり、掴んで体を振って前に飛んだりするから音が鳴りながら突き進む

自分の動きの音が耳に入ってきていたが、他の音が聞こえる。風とかはもちろんいつもと違うのは木が折れるような音と地響きとか聞こえることだ。かなり、近づいてきた


「───れ!俺が───になる!!」


仲間が声をかけながら戦っていて、まだ遠いが声がまばらに聞こえる

不用意ふよういに突っ込むと邪魔じゃまになったり、そのまま死んでしまうかもしれない。俺も現場の状況じょうきょうを確認しないと

とにかくまた上へ上へと登って頭を出す

仲間が五人で、声を掛け合いながら攻撃をし続けている



そして彼らが相対あいたいしている奇獣きじゅうは、八本の足と八つの目がある。

家のすみなどにいるよくいる糸を出して巣を作り、相手を捕まえて食す

見つけたらほうきで巣ごとからめとったり、紙に包んで潰したり逃がしたりするだろう。

そんなよくいる蜘蛛くもみたいな奴さ

なのになぜ人が必要なんだと。

だって、とにかく、デカい。二丈6メートルぐらいだろうか、迫力共に凄まじい




グギヱァァァァァァァ!!




雄叫おたけびか、絶叫ぜっきょうか分からない

ただ不快ふかいで耳に針を入れられたようにしびれが残る


「『奇搦きじゃく』じゃないか……」


デカい手足で周囲を破壊し、糸で相手を絡めとる。蜘蛛変わらないが、大きさが倍以上

これだけで大きな大きすぎる差が生まれるからとてつもなく厄介な相手だ

そして遠くには何かの瓦礫がれきがあった。木材が多くて、その周りはならされている。きっと誰かの家があった後だろう

味方の人数、敵、環境、これぐらい分かれば良し。


増援ぞうえんだ!数は一人、扱える武器はかたなだ!」


一際ひときわ大きな声で自分が来たことを知らせる。聞いた仲間達は数人こちらを一瞬いっしゅん見定みさだめる


「こいつは切ったきずや足を自分の糸ですぐに繋いで治す。やるなら一気に足を落し、そしてすぐに頭を切る」


俺を見ないでずっと敵を見ながら言った

距離きょりをとり、一瞬で近づき脚を切る。切り落とされた脚は砂埃すなぼこりが立つほど大きくて重そうな足。しかし言った通り奇搦きじゃくは腹から糸を出しすぐさま付け直す

そしてまた暴れ始める


「足は我々が切り落とす最後は君に任せる。やれるか?」


作戦の概要がいようを分かりやすく簡潔かんけつに話してくれた。簡単に足を切っていたが、かなりかたいはず

それを引き受けると言ってくれていて、俺に最後を任せると言ってくれたのだ。俺はまだこの人達達の名前は知らないが俺を信じてくれている。裏切りたくない


「了解!!」


決意をやる気を勇気を声量に変えて返事をした

まだ一度も俺を見ない人へ。

懐から玉を複数個ふくすうこ出して奇搦きじゃくへ投げつけた。大きくてけむりが立ち上がった

それが合図のように周りを跳び回り、撹乱かくらんしていた人達が距離をとる


化面かめんの使用を許可する」


その一言

そして三人の手元にはいつの間にかめんがあった。くまの様な形だった

それを着けた瞬間、三人のまと雰囲気ふんいきが変わった


『グキュエァ!ゥル!?』


それに気づいた奇搦きじゃく最優先さいゆうせんで遠くに居る異様いような者達を潰そうと動き始めた



「私もいるぞ?」


気を取られすぎていた

いきなり現れた気配に釘付くぎづけになった。いや、釘付けにされてしまった


奇搦きじゃくにとって、自分より小さい奴は邪魔じゃまだった。一歩進めば後ろを切られ、1匹を潰そうとしたら反対の足を二本切られる。思いっきり暴れれば姿を一瞬で消してしまう

そのせいで既に平常心は無くなっていた

やりたい事が出来ない。苛立ち、痛み、様々な要因から正常な判断はできなくなっていた


そんな中、視界がさえぎられて急激に気配が変わってしまう。そして気配がはっきりと見えた時、何も変わっていない者を意識から消してしまっていたのだ


気づいた時にはもう遅かった

足下あしもと、既に小さいのがいた。そいつに左右一番前の脚をられ、周りから三人が近づいてくる。糸を撒き散らして捕まえようとするが、糸が出ない


『!!!?』


何かが糸の噴出口ふんしゅつこうている。でもとても強固きょうこに止められているわけではなかった、勢い良く出せば引きちぎれるぐらいの固さだった

もう一度力を入れ直す一瞬。また、遅かった


残った三本のあしが切られる

体を支える脚が無くなった時、吹き出す糸は制御せいぎょ出来ない。周りをぐちゃぐちゃにするだけだった

脚とどうが完全に切り離され、大きな地響きと共に落ちる。しかしこれで終わりでは無い


奇搦きじゃくは死ぬ間際まぎわ、体の細胞を分裂させ、小さい蜘蛛になって散る。その蜘蛛のほとんどはは小さいまま変わらず死ぬ。しかし、その砂山のほど数多く散る中で一匹がまた、大きくなる。それは前回の自分よりも大きくてなって。そうなる前に、確実に退治しなければならない。だから完璧に近い準備が必要だった


奇搦きじゃくが体の分裂を始めようとする。それでも焦ることなく自分のすべきことをする

俺はコイツの正面に立っていた


「紅き血潮ちしおに塗られた化面よ」


本当はあまり使いたくない

でも使わなくちゃ今の俺ではトドメを刺せない


鬼面きめん


手には普通の動物などの面では無い、普通の人が見たら怖いと思う程度のおにめん


しかし、感じ取れる人間が見るとその面から溢れ出ているおどろおどろしい気配を感じるだろう。怒り、憎しみ、殺意、全ての悪気あっきである


この面を着ける

身体中にねつが回り、震える。鬼面に宿る悪気に心が段々と犯され、黒く染まっていく。

中から燃え盛っている様に、目があつくなる

でも忘れない。周りに誰が居るか、誰が待ってくれているか。思い出し、落ち着いて、構える


元からそこにいたような刀に手を乗せて


『ギュアアアアアア!!』


最後の雄叫びだ

こんなやつでも死にたくないと思っている。そんな懇願こんがんに近い叫びを








断ち斬る








「ふぅ……」


化面を外す

やっぱりこの面はキツいな自分を見失いかけてしまう。でもこれは俺にしか出来ない事だからやるしかない


「何やっている!!」


煙が晴れて、目の前から声がかけられた

その人は化面かめんを着けているから顔は分からないが、かなり焦っているのと怒りをあらわにしてる


「何って、休んでいますが?」


「なんだと!!?」


俺のにはまだ奇搦きじゃくうえを力を振り絞るように見ていた


「クソッ!隊長が言うから信じていたのに!!」


そして斬りかかりに行った。そしてその男の刀が当たった瞬間、奇搦きじゃくの体はバラバラになった。頭はじゅうに斬られ、胴は二十にじゅうつにわかれた

男は震え驚いた様に後退あとずさりをした


「ちゃんと退治しましたよ」


なんか文句言われると思ったけど、なんだ勘違かんちがいだったか。よかった〜

男は刀をさやに戻し、化面を外した

力強い目つきが特徴的な顔だった


「すまない。気づかなかった私の鍛錬たんれん不足ぶそくだった。援助えんじょをしてくれて感謝する」


腰から頭を下げて感謝の言葉をくれた

何だかというか、とても照れくさい


「別に大丈夫ですから!頭をあげてください!!」


そんな特別なことはしていない

いつも通り出来ることを全力でしただけだ

こんなに頭を下げられると俺も困ってしまう


「私からも言わせてくれ」


一度も俺を見なかった人の声が後ろからした

振り向くと、左耳から四本に別れた鉤爪かぎづめの様な物で切られたあとが顔に深く残っている女性の方だった


「いえ……」


「この傷か……怖がらせてしまったかな?」


指でなぞりながら微笑ほほえんだ

俺はその痛々しい傷を俺は見つめてしまった


「そんな!怖がってなど!!ただ、痛そうだなと……」


思った事を全て言ってしまった。見た目で判断はよくしてしまうが、この人達は違う。歩き方、話し方、刀の持ち方。所々ところどころ礼儀れいぎと正しさ、を感じる


「ふははは!そうか心配してくれるのか。心配しなくてもこの傷は痛くもかゆくもない」


「そうなんですね……いきなりすみませんでした……」


さすがに初対面でしてはいけない事をしたから気が引ける


「よくある事だ。気にしないでくれ。そして……」


既にこの女性の左右には四人並んでいて


「改めて感謝する。ありがとう」


全員同じ角度。同じ時間で頭を下げた

自分よりも風格ふうかくが、信念しんねんが、違うというのをはっきりと感じるほど、美しい礼だった


礼儀れいぎは人生をうつす』とはよく言ったものだ


ここでまた「別にいいです!」なんて言ったらこの人達に泥を塗ることになるのでは


「どういたしまして、です!!」


そう返事をすると頭を上げてくれた


「私は『あや』という。これからも何かあれば力になって欲しい。逆に君が助けを求めるなら我々が力になろう。」


そして手を差し出された


「ありがとうございます!!」


その手を握り返してこれからも良い仲をと思ってよろしくのあいさつをしようと、言葉を考えて───




「お




俺は反射的はんしゃてきに手を離した

そしてまだ先に言葉が続くであろうが、この「お」の一言だけではっした本人がどこにいるまでわかった。「おかしい、そんなはずないだろう。あの馬鹿バカ!!」と頭の中で考え尽くした

そしていつも嫌で敬遠けいえんしている化面も自然と着けていた。ここに来る時の倍の速さで駆け出して、飛び回りながら最短の道筋で向かう




にぃちゃーん!!」




見えたのは糸でぐるぐる巻きにされて口を動かすことぐらいしか出来ないほど拘束されていた弟の姿だった

その背後では今のやつでは無いが、弟よりひと回り大きい奇搦きじゃくが頭から噛み食おうとしていた


「たすけてーー!!」


こんなに危機的状況ききてきじょうきょうなのに顔色を変えないで兄に助けを求めるのだ。

絶対に来てくれると、盲目的もうもくてきに信じているような


丁重ていちょうに、そして残忍ざんにんに。どうであれ命を奪うことに変わりは無い。それは向こうも自分たちも変わらない

弟を解放すべく筆でなぞる様に糸を切る

手をつかんで後ろに投げるように引っ張る。そんな状態でも楽しそうに笑っている弟よ。


「俺の弟に何してくれてんだっ!!」


頭を思いっきり蹴り、つぶした

叫ぶ時間もなく、持っている八個の目でも見えないほど速く、するどく、重い

潰れて吹き飛んだ頭があった所から後ろへ倒れて、仰向あおむけになった


「うわぁ〜!兄ちゃんすっげー!!」


トコトコその奇搦きじゃくの死体に近づいて木の棒で突っついている。無邪気むじゃきとも言えるその行動をしている弟の後ろに立って


「何してんだ!このバカっ!!」


頭にげんこつを一撃入れる

「いってーー!!」と持っていた枝を投げ捨てて、頭を撫でて服を汚しながら転がり回る


「なんでげんこつすんだよ!!」


「お前がバカだからだ!」


「バカって言った方がバカだーい!!」


「うっさいバカ!!」


手を離した一瞬でもまた同じ所にげんこつをもう一発入れた。「ギャァァァァァ!!」とさっきとは違ってもう悲鳴ひめいの様な声だった。でもまだじゃれ合いと思っているのか、まだ少し笑っていた

コイツ反省してねぇな?


「あのなぁ!?」


服の胸ぐらを掴んで顔を寄せる

さっきまで食われそうな瞬間まで笑っていたのに、怖いと言いたげ表情になった


「もし、俺が来なければ死んでたんだぞ!!」


あぁ、本当に嫌だ

大きな声を出すのは好きだが、それは楽しい時だけだ。わざわざ怒っている時に大きな声を出すのはいつもと違って色々な所に負担ふたんがかかる気がする。喉に、頭に、心に疲れが数倍溜まるから、怒るのは嫌いだ

でも今回はダメだ、許せない


「家で待ってろって俺は言ったぞ!何でわざわざ危険なところに来た!!」


俺の目は怒りで赤く、りゅうは恐怖か、悲しみで目を赤くさせながら


「兄ちゃんの仕事を見て見たくて……」


「いつかは見せるって言って!約束してるはずだろ!なんでそんな約束も守ってくれない!!」


もっと俺が強くなれば、人を守りながらでも闘えるようになったら見に来させると言ったのに


「それに……」


あと一つ

俺が瀧を見つけた瞬間、最悪さいあくを考えてしまった


「死ぬのが…怖くないのかよ……!」


俺が来るまでにあの瀧よりもひと回り以上大きい奇搦に見つかり、体の自由を奪われて、あと少しで食われて死ぬ。そうなってもおかしくない、俺が本気で全力で来なけ確実に死んでいた。家族が死ぬなんて考えたくも無いが、そうとしか思えないそんな瞬間だったんだ


なのにずっと笑顔だった。能天気のうてんきだった。

自分が死なないと思っているようで、でも死ぬのも当たり前と思っているようでもある

いまやっと、俺がしかり始めて違う表情を見せた。このまま俺が居なくなってしまった時どうなってしまうのか、気が気でならない


「どっちでもいいと……おもってる」


にわかには信じられない答えが帰ってきた

この歳で、生きるも死ぬもどちらでもと答えるのだ。ずっと瀧見てきた。だからこそこの答えが嘘じゃないことも、変えられないって事もわかってしまった


俺は悲しくなってしまった

生きるとかの選択は確かに人が選ぶべき事だ。でも自分の家族が、弟が言うとかなり悲しくなってしまう。掴んでいた服を離して俺がさっきまで持っていた怒りはどこかへ行ってしまった

静かに俺は涙を───


「でもね!!」


離して距離をとったはずだった

次は逆に瀧が俺に抱きついてきた


「俺が呼べば兄ちゃんが必ずきてくれる。これだけは絶対に変わらない気がするの」


兄ちゃんが必ずきてくれる


なんて暴言ぼうげんだ、なんて横暴おうぼうだ。

全部俺にかかっていると言われたもんじゃないか。でも確かに瀧の声は小さい時からどんなに離れてても聞こえて、どこにいるかもすぐに分かる。それが当たり前で、俺がいつでも来てくれると本気で思ってくれている


「瀧……」


俺も抱きしめ返す、二人で体温を交換するかのように長く、そして力強く。そして離れる

瀧のひたいの前で中指を親指で抑えて、中指の爪で思いっきり弾いた。硬いとこを叩いた鈍い音がした


「いったぁー!!」


今ので三発目だ。本当はもっと色々言ってやりたいが起こる気が無くなってしまった。

「はぁ……」とため息がこぼれる


「今日の事はこれで許してやる」


パッと顔を明るくさせた


「兄ちゃんありが「でも!」」


声を上から被せて言いたいことを伝える

瀧は口をキュッと結んで俺の目を見た


「こういう事はもうするな。ちゃんと言えば連れて行く。そして、」


肩を掴んだ。大切にそれでいて乱暴に


「強くなってくれ」


口に出さなくても、約束をする。

わざわざ口に出さずとも伝わるはずだと


「わかった!兄ちゃんも手伝ってちょうだい!!」


「あぁ、もちろんだ」


さて、帰ろうか

手を繋いでそのまま帰ろうとするが

その手を振りほどいて瀧が


「競走しよう!!」


目をキラキラ輝かせて言ったんだ


「俺の勝ちだぞ。やめておきな」


「いーや!俺だって勝てる!!」


胸を張って言い返された

いつもやる時はちゃんと本気を出すし、下限はほとんどしない。でもするときはするぜ?


「わかった。じゃあやるか」


二人で走り出す体勢になって

位置についてーと、合図を出そうとしたが


「少し待ってくれないか?」


後ろから急に声をかけられた

瀧は飛び付くように俺に近寄った


「あ、あやさん……でしたっけ?」


「そうだ。覚えてくれていてありがとう」


いつの間にかそこにいた

さすがにもう今日は奇獣きじゅうは来ないだろうと油断はしていたが、ここまで近づかれていたとは


「小さいといえまた奇搦きじゃくの退治。重ねて礼を言わせてくれ」


「いえ……そんなことでは無いですよ」


体が勝手に警戒していた

瀧は完璧に後ろに隠れて顔を押し付けていて、俺は何かあったらすぐに動けるようにと準備していた。あやさんはそれに気づいていた


「すまない、驚かせてしまったようだな。しかし何かしようと考えているわけじゃない。一つだけ聞きたかったことがあるんだ」


「聞きたいことって……なんですか?」


何を聞こうとしてるのか?さぐろうとしているのか?大丈夫だと言われても警戒の強度が上がっていく


「君の名前を教えて欲しい」


何の変哲へんてつもない。当たり前と言えば当たり前の事を聞いてきた。その言葉からやっと肩の力が抜けて、瀧も少しだけ顔をのぞかせていた。瀧と目が合ったのかやさしく微笑んでいて瀧も大人しげに手を振り返した


この人は悪い人には見えない

さらには信じられないぐらい強い。そして同業者どうぎょうしゃでもある。これからは関わりがかなり増えるだろう


「僕の名前は『怜鬼れいき』です。冷徹れいてつの怜に、おに怜鬼れいきと言います」


まぁめずらしい名前だと思うけどね

そしてこちらから改めて手を差し出した

あの時は手をすぐに離してこっちへ走ってきてしまったから。挨拶も全部もう一回し直そうと思った


怜鬼れいき……か。これからも良き仲を頼みたい」


そして手を繋ぎあった

きっとこの仕事は俺の一生涯いっしょうがいの仕事で、変えることは無いし思っても出来ないだろう。だからこそ周りとの関わりと数の多さはとても大事になるだろうし、


俺の死に場もきっとある


瀧の頭をでる。

いつものように嬉しそうに頬を緩めて、まだ小さい身長で精一杯せいいっぱいくっ付いたまま、赤くなった顔をしたからのぞかせる。


せめて


せめて


本当に一つだけわがままを言うなら


俺の代で全ての奇獣きじゅうが居なくなっ

て、瀧には自由にしたい事をして生きてもらいたい。それが俺のゆめ、なのかもしれない




その夢を実現じつげんするためにも俺は今日も明日も、これからも

多くの人を一人でも多くを守るために

鍛錬たんれんし、おのれみが

化面かめんを被り、力を

戦うために、武器を取るのだろう





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化面 ゆーめい @beae

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