僕に私は喜多原松原

薬壺ヤッコ

4階の405

 私の住むアパートには灯りがない。いや、もちろん部屋の電気はつくよ。私が言っているのは、アパートの廊下のことだ。

 朝、昼は問題ない。

 しかし、夜になると廊下の奥が全く見えない。

 幸いなことに私の部屋は405。階段から近いため、今はなんとかなっている。


 けど、自分の部屋に入る時。いつも私は思うんだ。

 ああ、向こうから誰か走ってきたらどうしよう。

 405はちょうど廊下の真ん中だ。奥過ぎはしないが、近すぎることもない。真っ暗な廊下の中を必ず歩かなければならない。403なら別に良いだろう。しかし、405はほんとうに微妙な長さを歩かなければならない。


 だから、妄想してしまう。

 廊下の奥から誰か走ってきたら、私は部屋にたどり着けるのだろうかと。



◇◇◇◇◇



「あ〜、サークル疲れた〜」


 時刻は既に21時を過ぎている。私の大学生活はだいたいその時間まで色んなことが詰まっているので、家に帰るのが遅くなるのはいつものことだ。


「どこかで飯でも食べて帰ろうっと」


 いつもなら、このまま帰る。帰って安い肉で米を腹に入れて空腹を満たす。そして、硬い床で気がつけば朝を迎える生活をしている。

 しかし、今日は本当に疲れた。自炊するのすら面倒だ。


 だから私は大学周辺にあるチェーン店に行って600円ぐらいのメニューを選んだ。期間限定のものが食べたかったが、バイトをしていない私にはそんな贅沢は許されなかった。


 と、そんな感じに夕食を終えて家に向かった。この時点で時刻は既に22時を軽く超えている。

 私の家は住宅街の端にあるので、車通りは少ない方だ。しかし、21時ぐらいならある程度の人はいる。だから、怖くない。しかし、今の時間帯になると道を通る人は急激に少なくなる。

 まあ、だから帰りながら歌を歌うことが出来るのだが。


 閑話休題。


 自分の住むアパートが見えてきた。

 やはり、明かりはついていない。暗い廊下がここからでも見える。

 静かな暗さに染まった駐輪場に駐車場。大学生だけでなく、社会人も住んでいるこのアパートには車も当然止まっている。


 ちなみに、なぜ私がこのアパートを選んだと言うと。はっきり言って騙されたからだ。

 大学受験、共通テストが終わり、二次試験を終えた後。私は自分の住むアパートを探し出した。住むアパートを探し出した時期が遅かったのは反省している。だから、遠慮がちに賃貸仲介会社に電話をして探してもらった。見つかった物件は3つあった。

 話を聞く限り、今住んでいるこのアパートがいいと思った。

 だから、私は聞いた。

「家賃はいくらですか?」

 向こうの人は答えた。

「〇〇万円です。しかも、ガスや電気代などなどを含めてこのお値段です」

「〇〇万円以外に払うお金はないんですか?」

「はい」

「そこにします」

 そして、住み始めて1ヶ月後。家にガス代と電気代の請求書が届いた。家賃は確かに〇〇万円払っているのに。

 これは私が間違っているのか。私が何か勘違いしていたのか。詳細は私には分からない。ただ、私は今の現実を受け入れるしかなかった。

 

 おっとまたまた閑話休題。


 アパートの階段を上り、4階まで上がる。こういう時、エレベーターが欲しい。まあ、夜のエレベーターなんて怖くて乗れないが。


 真っ暗な階段。ケータイの明かりだけが頼りだ。2階、3階と順に上っていく。そして、やっと4階だ。

 真っ暗な廊下がそこにはある。月明かりや下に見える街灯の光がより一層雰囲気を醸し出している。

 正直言ってめちゃくちゃ怖い。大学生が何を言っていると思われるかもしれないが、怖いものは怖い。

 401の前を通る。

 ここの人はいいな、階段から近くて。けど、毎回ドアの前を人が通るのはなんか嫌だな。

 402の前を通る。

 ドアの下から明かりが漏れている。電気を消し忘れたのか、まだ起きているのか。

 403の前を通る。

 もし、この扉の覗き穴で見られてたらどうしよう。どういう気持ちになるのだろうか。

 405、やっと私の部屋の前だ。

 リュックサックを床に置き、中に入れた鍵を取り出す。焦ってはいけない、落ち着け。落ち着け私よ。周りのことなんて忘れろ。


 ふと、廊下の奥を意識してしまう。真っ暗で、どこが奥の端かすら分からない廊下に目を遣ってしまう。

 もし、あそこの奥から誰か来たらどうしよう。

 廊下の奥は私から見て右手側。扉は左開き。

 誰かが走って来て、私が扉を開けて閉めるまでの猶予はあるのだろうか。間に合わなければ部屋に入られる。


 早く、早く部屋に入りたい。


 鍵を探す手が無意識のうちに早くなり、手がかすかに震えるような気がする。背中からは嫌な汗が滲み出し、服に染み込む。

 鍵をやっと見つけ、鍵穴に差し込もうとしたが、向きが逆。

 廊下を見る。何かがある。やばい。はやく、はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく。


 鍵が開く。扉を開ける。迫ってくる、奥から、何かが。

 扉を閉める。鍵を閉める。電気をつける。


「ふ〜〜〜」


 助かった。

 少し妄想を膨らませすぎたな。

 荷物を床に置き、靴を脱ぎ、いつも通りに部屋着へと着替える。


 ………そういえば。

 このアパートには404はない。403があっね405がある。強いていうなら、この部屋こそが404にあたるのだろう。

 …さっき気づかないでよかった〜。

 

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