Adele 『魔邦冒険譚』 -魔弾の射手と黒竜の許嫁-
@natuzora0324
1.『理想郷(クセルトリア)』
――その昔、この世界は八人の魔女と、それが手繰る八つの杖によって世界と破壊と混沌の渦の中にあった。
8人の姉妹の長である最初の魔女にして長女と、壊世始祖(かいせしそ)の炎の杖「カジン」
最も悪辣であるとされた魔女の次女と、人畜抹消(じんちくまっしょう)の氷の杖「ギルファー」
姉妹の力を増強し魔女を世界の覇者たらしめた三女と、魔女至上(まじょしじょう)の雷の杖「レイナ」
最も多く人類を殺し、最も多くの魔物を世に放った四女と、魔獣聖母(まじゅうせいぼ)の風の杖「フリチ」
空気を魔粒子で穢し、植物を魔物に変えて人々を苦しめた五女と、魔染大地(ませんだいち)の土杖「チュナ」
魔女で唯一姉妹にさえ禁忌と呼ばれた災厄の六女と、絶縁禁忌(ぜつえんきんき)の闇の杖「シン」
最も人に近くあると自称し、人々を愛すると称して人間を魔法で弄んだ七女と、艶姫脳蝕(えんきのうしょく)の光の杖「リコウ」
最後の魔女であり、姉妹が最も愛した末女と、真愛無限(しんあいむげん)の水の杖「テイラー」
空気中を汚染する魔法の残穢「魔粒子<マギア>」は、魔法を使えない人間たちの身体を蝕み、大地を蝕み、植物や動物はその魔粒子によって変異し、狂暴な魔物へと変わり、食い殺し合いながら人間を淘汰せんとしていた。
あるとき、この荒廃し、滅びゆく世界を打開すべく立ち上がった男がいた。
『魔邦賢者(カレイドスコープ)』、この世界における、世界最古の"魔邦遣い(サヴァン)"と呼ばれた存在だ。
男はこの世界を蝕む魔粒子を力に変え、人間の武器となる為の術を作り上げ、広め、徐々に人間たちはこの世界の魔法へと大きな対抗力を培い始めた。
「魔女が蝕み、朽ち往く世界を再び蘇らせる」
「魔法が滅ぼした世界を、魔邦によって繁栄させる」
「我らはその祖として、未来永劫に紡がれる理想郷を建国するのだ」
人々は男に従い、習い、育てられ、只の人から、やがて皆が「魔邦遣い」となっていった。
無論、これを只、魔女が見逃すはずもない。
魔女たちは八人の姉妹の長女より力を授かり、六匹の大いなる魔物「禁魔(カタストロフィ)」と、
この禁魔たちを統べる魔物の王、禁忌の「黒竜(ヘイズ・ドラゴニア)」を産み出し、魔邦遣い達へと差し向ける。
この大いなる魔物たち、そして八人の魔女と、世界を救う為に立ち上がった魔邦遣い達、そして魔邦賢者との世界均衡を賭けた大戦争が起こる。
八人の魔女と禁魔、そして黒竜を魔邦賢者一人だけが対抗する事は難しかった。人々は魔邦賢者を守る六人の「剣聖」を選び抜き、彼を守らせた。
一の席、最も勇敢で、最も誉れある人が、剣聖たちと人々を繋がせた。
二の席、最も慈悲深く、最も麗しき人が、剣聖と人々を魔邦賢者の元へ集わせた。
三の席、最も賢く、最も欲無き人が、人々に無限の剣を授けて力を与えた。
四の席、最も不屈で、最も義理硬き人が、人々に栄光と勝利を約束した。
五の席、最も強欲で、最も強き人が、無限の剣を預けられて道を切り開いた。
六の席、最も無垢で、最も敬虔な人が、六人の剣聖たちを統べた。
後に彼らは六つの席を背負い、世界を救った伝説の「六剣聖」と称えられ、名を刻む。
――そして戦争の末、魔邦賢者と剣聖たちに魔女たちは敗れ、禁魔たちは滅ぼされた。
人類は戦争に勝利し、世界を取り戻したのだ。
この世界に魔邦をもたらした男の名は、「ハーヴァン・カレイドスコープ」。
世界秩序と魔邦をこの世界にもたらした、偉大なる「魔邦の王」として、後の世に語り継がれていくことになる。
これこそが、偉大なる魔邦の理想郷「クセルトリア」の開国伝説であり、
"魔邦資格"の、原初の記録。
魔邦の王、ハーヴァン・カレイドスコープの名を永劫に告ぐ国の始まり。
理想郷の邦都「クセルトリア」、そして、世界の調停を執る、「魔邦資格管理局・カレイドスコープ」。
* * *
――魔邦資格管理局・カレイドスコープ 11F 大衆図書閲覧館「サイト・デュール」
人のまばらなその図書館施設内、隅の本棚の前で、古い本を手に取る一人の女性がいた。
通り過ぎていく自分より背の高いエルフを避けたり、気難しい顔で傍の本棚の低い棚を探る小人に場所を譲ったり、時々彼女の横顔を熱いまなざしで見つめる角の生えた屈強な男性から顔を逸らしたりしている。
その手に取られた本の表紙『カレイドスコープ記・クセルトリア建国伝説』という文字は、掠れている。
作られたのはとても昔だろうというのは、幾度となく本棚から引き出されたことで擦れたであろう事が、物語っている。
それをさっきまで読みふけっていたのは、イヤーカフをつけた長い耳と、
透き通った空色の瞳。青色に紫水晶を差したような長い髪、
傍らに置いた長い杖先の、星屑のような煌きを放つ宝石の装飾品には、その憂うような横顔が写る。
深い青と純んだ白で飾られているのは、邦都では珍しくもない組み合わせの魔邦遣いにあつらえられたこの管理局の局員制衣服だ。
「……ハーヴァン・カレイドスコープ。歴代の邦の長の始祖」
鈴の音のような声が名前を告げると、古い本の頁が吐息に凪いだ。
「……現局長、ゲルダ。貴方の祖先は、確かに偉大でしょう。でも」
やおらに目を細め、本を閉じて何処か遠くを見上げた先には、窓の外の、じきに黄金に暮れる世界があった。
夜という花嫁をじきに訪う時間。その黄金の式場は、世界中が愛する宝物の景色だ。
だからこそ、自分だけではない多くの人々が今、あれを見つめていることだろう。
これからの世界の行く末より、今という刹那を慈しむ行いは、決して呑気なことではないけれど。
「まだ、世界は理想には程遠い。魔物も、魔女も、決して息絶えたわけではありませんよ、何より」
嘲笑うのか、同調を拒む苦笑なのか。エルフの女性はゆっくりと空から目を背けた。
「……黒竜は、今もまた、息を吹き返し続ける。魔物の王、禁忌の魔女が遺した寵愛が、繰り返す輪廻の中で、次の英雄との逢瀬を待ち続けているのですから」
――――女性の言霊と、響き渡る鐘の音は、果たしてどちらが先に響いたのだろうか。
この鐘は、黄金の式場の扉が開く音だ。夜の帳を背負った王子が、黄金の花嫁を迎えに来る時を知らせている。
世界を人類が取り戻した、英雄ハーヴァンと六人の剣聖たちが剣を掲げた時間。
闇が祓われた空は、太陽と共に金色の黄昏時を抱いていたという。
だから毎日決まった時間に、世界を愛するということを人々に思い出させるためなのだろう。
でも、何の犠牲もなく取り戻されたわけではない。名をつづられる事もなく失われた沢山の命もある。
伝説の剣聖たちは世界に名を遺したって、だからといって彼らの背中を押した人々の名前すら、世界に刻まれるわけではない。
あの黄金の黄昏時を最初に見ることが出来なかった人達だっているはずだ。
その時、既に事切れ、倒れた人々はそれを見ていない。見れなかったのだと。
その無念への哀悼をしてあげられる人は、この世界にどれだけ居ることだろうか。
だが、数多の犠牲を以てすら生き残ってしまったのは、
魔女たちが遺した『禁魔』の子孫たちと、魔物という存在。
禁忌の魔女が世界に深く刻んで、滅ぶことを許さなかった黒竜の再来期間『終刻式場(ソワーレ)』。
理想郷と呼ばれながらにして、多くの問題を未だ数多く抱えていることに、理想の二文字が、果たして素直に収まるのだろうか。
だが、少なくとも言えることはあった。
女性の耳につけられた、小さなイヤーカフスに光が灯り、彼女にだけの声を伝える。
『レア先輩、今何をしてますか?』
「……ああ、ちょっと、サイト・デュールで本を。どうしましたか」
『デュールで?それなら丁度良かった!実は15Fの依頼委託室にて、レア先輩に取り次いでもらいたい依頼があって……今、お時間大丈夫ですか?』
「構いませんよ、今日の仕事は午前の終わりには殆ど終わってますし、これからの予定もないから読書してたんです」
軽快な女の声、女性のことを『レア先輩』と呼んでいる。
何てことはない、この女性の業務上後輩にあたる局員からの連絡だった。
女性は、この建物――魔邦資格管理局・カレイドスコープの局員の一員である。
『良かったぁ……今回、何時もならミウラさんが対応してくれるんですけど、相手の人、無茶苦茶ガラが悪いって言うから、私絶対やだなぁって……』
「……ちょっと待って下さい。あなた、自分の仕事を私になすりつけに連絡よこしたんですか?」
『え"っ、い、いやいや違いますよ!!何時もは他の職員……トーガ・ミウラさんがその人の専属なんですけど、今日、管理局外で急用が出てしまって、この事を知ってるのが私くらいで……でも、その人の依頼内容って私より上の人しか受け持てなくてぇ……』
「結局それ、なすりつけるのとどう違うんですか」
段々と話の雲行きが怪しくなっていくことに、通信相手の焦りも相まって眉間に皺が寄り、
顔が引き攣ってくる。美貌が台無しだ。
『ご、ごめんなさい……でも、ほんっとに今頼れるのが先輩しか……!』
「…………仕方ありません、しょうがないので引き受けます」
『よ、よかっ』
「た・だ・し」
安堵の声にかぶせて、ドスをそれなりに効かせた声で通信相手の後輩を、詰める。
「……私がこの後同じ時間で仕事を被った時、貴女がやってくださいね。シャンディ・ガーフィールド」
『せ、先輩の仕事を?!で、でも』
「いい、ですね?ええ、拒否権ないでしょう。私に仕事ぶん投げたの、貴女なんですから」
名前のフルネーム呼びをたっぷりと詰る声で叩きつけて、相手は涙声で観念していた。
『あう、う……判りました、レアトレーチェ魔邦教授……」
「……先に依頼内容の詳細を受け取りにいきます、準備しといてくださいね」
『は、はい!判りま』
それだけ最後に告げると、返事半ばにこちらから通信を切った。
……大きな溜息をつきながら、不意に思ったことが口に出ていた。
「……この黄昏時に外を見ず、依頼の話をしにくる人、いるんですね。珍し」
――そういう自分もまた、あの黄昏を慈しむことのない人であることを差し置きながら、
その足は図書館の外へと向かって歩いていた。
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