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「有り難う御座いました、か……」
和輝達は、鈴鳥が大切に思っていた箱を破壊した。
一度は籠飼の手に渡った物だが、彼女にとっては父親との唯一の繋がりのある物だったには違いないだろう。
あんな様子だったとはいえ、親は親。とは漫画なんかではよく言われるが、鈴鳥自身はそれで問題なかったのだろうか。
お礼の言葉をこんなにも素直な気持ちで受け取れないのは、和輝は初めての事だった。
「結局さ」
携帯画面をひたすら連打していた瞬は、ポツリと呟く。ログインパスワードでも忘れたのだろうか。
「俺達がやった事って、壮大な夫婦喧嘩っつーやつの仲裁みたいなもんだよな」
あぁ、そうか。と和輝は少し気が楽になる。
鈴鳥紗枝に憑いていた母親の霊。籠飼に憑いていた父親の霊。
小鳥遊やら箱やらが介入していたが、それらを通じて母親の霊が一番警戒していたのは籠飼に憑いた父親の霊、だったのだ。
母親も父親も霊となって、いや霊になったからこそ邂逅し、決着をつけたかったのかもしれない。それも娘を巻き込んで。
だとしたら、一番の被害者はやっぱり鈴鳥紗枝だ。彼女は、それを気付く事すら出来ないまま流されてしまいそうなのだったのだから。
親との縁を閉ざしたのではなく、新しい道を開けた。そう思うと、和輝の悩みも少しは緩和された。
「鈴鳥さんに憑いた母親の霊も……落ち着いてるってんなら問題無さそうだな。彼女が不調を訴えない限り、こっちから無暗に手を出す必要もない」
「そっか……後は……小鳥遊君、だよな」
「ん? あー……俺が舞ちゃんと行ったよ、一緒に」
一応、携帯に集中しながらも耳を傾けてくれているらしい瞬が、和輝の言葉に反応した。
どれだけ屈強なパスワードにしたんだと彼の手元を見るが、どうやら当の昔に解除はしていた様だ。まひろが小声で瞬に囁いている内容からして、この期に及んで編集をしているのだと思われる。
瞬は操作をしながら続けた。
「顔色は悪かったけど……元々なんじゃねぇのか? アイツ。でも、アレだ。和輝に話した夢は視なくなったってよ」
「そうか……大学、復帰出来たら良いけどな……復帰……あー……」
和輝は急に頭を抱えだした。
片頭痛にしても急で落差が有り過ぎる。心配になった優弥は、それでも表情を変えずに和輝へ訊ねた。
「どうした?」
「復帰した籠飼さんから、勝手に家に入ったの怒られなきゃ良いんだけど、ってさ……」
不法侵入、私物破壊。和輝は知らないが、ベッドを振り下ろした際の床に出来た穴。相手が相手なら既に訴えられていてもおかしくはない。
最後にして最大の問題は、またも優弥にあっさりと返された。
「なんだ、それも知らなかったのか」
「え、ちょっと待って。アタシも聞いてないけど。どうしたの、あれ」
舞と和輝を交互に見て、優弥は最後にまひろに視線を投げ掛けた。
それを背中で感じ取ったのか、はたまた会話が聞こえて沈黙が続くのでそれを知っている自分が答えねばと思ったのか、まひろは振り向いて微笑んだ。
「実は……修繕費とかをね、払ってくれた人が居るの。どうやったかは判らないけど、警察の介入も防いでくれたみたいで……つまり、お咎め無しって事よ」
「そいつは、店の連中にも金と言いくるめであっという間に緘口令を敷いちまったんだと。誰だか判るか?」
そんな都合の良い人間が?
そのような知り合いになど心当たりが有る筈もなく、和輝の頭には友人や親の顔が浮かんでは消えた。
いや、有る。たった一人だけ。
「あー……判ったかも。何となく」
「……アタシも」
和輝と舞は、息を揃えてその名を口にした。
「夜桐先生……」
「夜桐先生」
これに対して、優弥とまひろも同時に頷いた。
「正解。全く、何処で聞いたのかしら……あ、顧問だったら聞いてて当然かしらね」
正直、金でどうにかなる問題だろうかとは思う。
一介の講師が即座に状況対応。何とも妙な話ではあるが、まひろの言葉が、この事件のピリオドとなった。
終わったのだ。
寝込んでいた分、和輝は自分にその実感が湧かないが少しばかり悔しかったが、これで全て終わったのだ。
「あ、いや……待てよ」
ふと、和輝は最後に何か引っ掛かりを感じた。
問題ついでにどうしても聞いておかなければならない事が残っている。それは、現状にも関係する事だ。
「俺から森崎を引っ張り出してくれたの……誰だ? 優弥か?」
籠飼と対峙した最後の瞬間、和輝は確かに自分の中に森崎が居る事を感じた。以前の時は、夏樹は自力では抜け出せなかった様子だった。
しかし目を覚ましてみればどうだ。
夏樹は普通に和輝から離れて動いている。つまり、再び誰かが彼女を引っ張り出したとしか考えられない。
「いや、それは……俺じゃないぞ。お前とほぼ同時に倒れたしな。本条とかじゃないのか?」
「え!? アタシ達が来た時には夏樹ちゃん、出てたよね。城戸さんじゃなかったの!?」
「じゃあ、一体……」
誰だ。
和輝と夏樹の事情を知りつつ、その解決策を実行出来た人間は。
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