P.132
まるで封印された棺が開くのを拒むかのように、ジッパーが重く口を開いていく。
しかし、それが単に鞄の縁に噛んでいただけだと解ると、瞬は力を込めて一気にジッパーを開けた。
当然、中には教本やノートなどが詰め込まれている。
そして鞄のサイドポケット、筆記用具入れの陰に、部屋の電灯が差し込んだ。
「……有ったっ!!」
小さな木箱。取り出してみれば、小さな舞の手にも乗る積み木の一部のような木箱。
まひろは頷く。
「それよ、間違い無いわ」
あの日に見た箱。形もサイズもそのままだ。
これが目的の物だと確信したまひろは、再びマイクのスイッチに指を掛けた。
「まひろの……言う通りだ……うん、間違い無いよ……!」
箱を見ながら、乗せた舞の手が小刻みに震えている。
「凄く……嫌だ、気持ちが悪い……!」
舞の手に乗った箱を見て、瞬は生唾を飲み込んで呟いた。
「……この箱が……」
「……箱が、何だって……?」
そして、時間は箱の発見より五分程前に遡る。
聞き間違いではない。『箱は自分が貰った一つだけ』。籠飼は確かにそう言った。
その台詞に和輝達だけではなく、発言を呼んだ鈴鳥本人すら驚いた。
「それじゃあ、まるで……」
そんな事、判る筈ないのだ。
確かに鈴鳥はあの木箱を一つしか持っていなかった。和輝達も珍しさから一点物だと思っていたが、彼らだって鈴鳥から明確に聞いた訳ではないのだから。
それが判るとしたら。
「まるで、アナタは最初から知ってたみたいじゃないか……!」
籠飼から伸びる腕が自分に迫っている事に、和輝は気が付いていた。
間近に迫る圧迫感に、否応無しに身体が強張る。だからと言って、否、だからこそ席を離れる訳にはいかない。自分が席を立ったら、この腕は何処に向かうのだ。
夏樹か?
鈴鳥か?
どちらに向かうにしろ、良い結果を生むとは思えない。逃げたと思われるのも癪だ。それに、こういう時に備えて夏樹と優弥を配置していると思えば多少強気にもなれた。
そもそも、籠飼の身体から出現しているこの腕は一体何なのか。
「勿論知ってるさ。それにそれ、俺のモンだし」
和輝は、その答えに薄々勘付いている。もしその勘が当たっていたとしたら、例え鈴鳥と彼が良い感じになったとしても見過ごせない気がする。
だが、確証の無いままにそれを言って良いものか。
「すいませーん!」
「……少々お待ち下さい」
別席の客に呼ばれて優弥が去って行く。
どうする。優弥が戻って来てからの方が良いか。
「だからさ、そう突っ掛かって来るなよ。知ってたからってお前がキレる事じゃないだろ?」
明らかに籠飼の口調が変わっている。これが彼の素なのか。それにしては、豹変の仕方に差が有り過ぎないか。
まともに見られなかった籠飼の眼は瞳孔が開き切っており、口元には不敵な笑み。見た目は変わっていないのに、店に入る頃とは別人のような雰囲気だ。
気持ちの大きさで和輝は気圧されている。自分の呼吸が乱れていくのが耳に入り、情けなさを実感してしまう。
自らを奮い立たせる為に、和輝はギュッと目を瞑った。
(……待てよ。今、コイツなんて言った?)
そうして頭に浮かんだのは、籠飼の言葉であった。
『それにそれ、俺のモンだし』
箱の事を差していると思ったが、『それに』なんて言い回しが少し引っ掛かる。
ただの言葉の綾なら良い。だがもしかしてそれは、鈴鳥のことを指しているんじゃないか。
「か、籠飼さん……あの、あの……! 変な事言ってしまったのは謝りますから、あの、その……!」
「待ってくれ、鈴鳥さん」
動揺しきって前のめりに身体を動かした鈴鳥を、和輝は手で制して深く息を吸い込んだ。
「今……解ったよ……」
方便だ。鈴鳥にはずっと言わなかった事。隠し通せるならその方が良かった事を、和輝は、ゆっくりと瞳を開いて籠飼を見ながらハッキリ口にした。
「この人だ。ずっと君を見ていた視線の原因も、君の体調が悪くなっている原因も、全部!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます