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「城戸くーん。お友達、来たわよ」
「ッス。有り難うございます店長。落ち着いたらちょっと行って来ます」
「ウチはいつだって落ち着いてるじゃない」
(アンタがそれ言って良いのか……?)
他人事のように振る舞う女性店長に優弥は呆れ顔で返すと、バックヤードを区切るカーテンに指で隙間を作って店中を覗いた。
和輝、夏樹、籠飼、鈴鳥。四人共揃っている。出だしは順調だ。
実のところ、箱を奪取するだけなら呼ぶのは籠飼だけで良い、と優弥は思っている。
何なら舞あたりに連れ回してもらって、その間に捜索するという手も有った。
優弥がその口を挟まなかったのは、この二人を引き合わせた時に、鈴鳥の霊は一体どうするのか。それを確認したかったからだ。
あの霊は、鈴鳥から最も近い男に向かって威嚇をする。
ならば、彼女自身が好意を寄せている相手なら?
もし、彼女自身が好きな相手がずっと傍に居る事であの霊が落ち着くなら、事と次第によっては箱の奪取は考えなくて良くなるかもしれない。
そんな優弥の考えは、己の瞳によってあっさり崩された。
これまでの観測からすれば、霊は一番近い……この場合、間にテーブルを挟んでいないという意味で和輝に威嚇をする筈。
なのに、その矛先はテーブルを挟んだ向かいの席に動いていた。
背中から噴き出る霊の塊は鈴鳥までも包む程に大きくなり、音の無い慟哭を浴びせているようだ。
これまでで一番強い怒りのようなものを感じる。
(あれが籠飼か……)
優弥は、鈴鳥から向かいの席へと視線を移した。
(あれが……?)
その時、優弥は和輝と同じものを目撃して眉間に皺を寄せた。
いや、彼の眼球にはハッキリと映し出されている。
籠飼の身体に、
冷えた空気の蒸気だとか、熱に揺らめく陽炎のようなものでは断じてない。ハッキリとだ。
青白い腕。それも籠飼本人の腕とは似ても似つかないような筋肉質の。
「クソッ……こいつは……少しマズイかもな……」
その腕に対して霊が威嚇をしていると気付いて、優弥は舌打ちをした。
その優弥に気付かないまま、和輝は話を進める。
籠飼に重なる何かは気になるが、今は話を続ける事に専念したい。
大体、家に行った夏樹からはそんな話を聞いてもいない。
「あぁ、じゃあホントに今日が初めて話せる日……って事ですね?」
「うん。僕、彼女の連絡先も知らないよ」
知ってるよ、と和輝は心の中で呟く。
それが原因で、友人が一人苦しんでいるのだ。
別に籠飼に恨みが有る、という程ではないのだが、それを知らない本人がこんなに飄々と答えているのに苛立ちを感じた和輝は。
少し、急いた。
「でも、話を聞くと何か貰ったそうじゃないですか」
「あ、あの……」
おずおずと、鈴鳥が声を出す。
「結構小さな物でしたし……まだ持たれてるとは限りませんし……」
「あぁ! もしかしてあの箱の事かな」
籠飼は鈴鳥と真逆に、明瞭な声で笑顔を見せる。
「ちゃんと持ってるよ。今日は、持って来てはないんだけどね、家に飾ってる」
それを聞いて鈴鳥の顔が見るからに明るく変わる。
そして和輝は、胸元のポケットに入れた自分の携帯電話を緊張した面持ちで触った。
「家に在るらしいわ。入りましょう!」
電話口の向こうで、まひろは耳に差したイヤホンに触れながら二人に向く。
今、彼女の携帯は和輝と電話で繋がっている。
和輝側は声を拾えるようにスピーカー状態にして服の中へ。これも古典的だが、バレていないのなら有効だ。
一番良いのはカミーラに箱を持って現れ、その場で確認、それとなく回収する事だったが、本人からそう断言された以上は仕方無い。
「あ、返信」
舞が突拍子も無く声を上げたので、マンションへ勇んだ瞬は思わず急ブレーキを掛けてしまった。
「こんな時に!? 誰だよ!」
「夜桐先生」
「夜桐先生!?」
オウム返しに瞬が驚く。
「夜桐先生って、あの……サークルの顧問の!?」
「そ、一応ね、連絡だけは入れといたんだけど」
「あら、舞……言ったの?」
まひろが訊ねると、舞は慌てて首を横に振った。
「全部じゃないよ! ただ、一応……『迷惑掛けるかもしれません!』って」
瞬はそれを聞きながらげんなりとした表情を浮かべる。
まさか、ここまで来て大人に釘でも刺されるんじゃないか、と。
「それで、何て?」
まひろの続けての問いに、舞は自分の携帯をもう一度確認しながら二人に告げた。
「『気をつけてね』……だって」
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