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 思っていたより、綺麗な部屋だ。と和輝は感じた。

 勝手な思い込みではあるのだが、小鳥遊は体調不良で部屋に籠っていると想像している。

 そういう部屋は大抵何かが散乱していたり臭いが籠っていたりするものだと思っていたのだが、全くそんな事はなく、物は綺麗に整頓されている。

 和輝達が部屋に入る事になってからの時間では、散乱した部屋からここまで片付けられないだろう。普段からちゃんと掃除はされているようだ。

 ベランダの窓も半分程は開かれていて、換気も問題無い様子であった。

「取り敢えず、座りなよ」

 カーペットが敷かれた部屋の真ん中に置かれたテーブル。

 その周りに無造作に置かれた二人分のクッションを指して、小鳥遊は薄く笑った。

「ありがと」

 舞は早速クッションの上に腰を落とし、横にバッグを置いた。

 夏樹は彼の霊を見た時に『ストーカーの霊』だと揶揄に近いことを言っていたが、部屋を見回してもそれらしい痕跡は見当たらない。

 ベッドに机。やや殺風景なのは和輝の部屋にも通ずるところがあるが、ここにはテレビも置かれていない。

 鈴鳥紗枝の写真でも貼られていれば断定出来そうだが、当然そんなあからさまな物が有る筈も無い。

 ただ、和輝はその中で部屋の隅に置かれた机の上にある物を見つけた。

 白く薄い四角形の紙袋で封がされたその表面には、恐らく彼の名前と思われるものが手書きで書かれている。

 三つか、四つか。内容物や何に対しての効能が有る物かは判らないが、机の上に纏めて置かれたそれらを見ながら、和輝はクッションに座った。

「体調、大丈夫か?」

 キッチンの方に移動した小鳥遊から声が届く。

「あぁ、まぁまぁ……って言えたら良いんだけどな」

 戻って来た小鳥遊の手には、冷えた麦茶の注がれたグラスが持たれていた。

 彼の輪郭が細くなったのは、気のせいでは無い。

 良く見ると目の下にクマも出来ている。

 声に覇気が感じられないのも、彼の言葉を裏付けるようだった。

 しかし、それだけと言えばそれだけだ。

 小鳥遊雄介は生きている。

 では、あの校庭で視た霊は何だったのか。

 他人の空似か。それとも本人の魂が抜け出て来たとでも言うのか。

「相田君は、大学どんな感じ?」

「うん……」

 気の無い返事をしながら、和輝は考える。

 気になる。

 あの霊と関係が有るのか、無いのか。

 終わりの無い鞄漁りを続行中の舞を尻目に、和輝は彼に引っ掛かりそうな単語を探した。

「講義はやっぱ詰まんねぇなぁ……けど、昨日肝試しに行ってさぁ」

「へぇ、相田君そういうのに興味有るんだ」

 小鳥遊の様子は変わらない。

 和輝はもっと突っ込んだ言葉を出してみる。

「いや、成り行きだったんだけどさ……俺、幽霊見たかも」

 部屋の空気が静まった。

 いや、違う。

「……え、見たの?」

 静まったのは和輝と舞の周りだけだ。

 それもそうかと、和輝は軽く息を吐いた。

 本人に自覚が有ってやっているなら、とんでもない能力者だ。

 そうでなくても『幽霊』というワードだけでは弱い。例え関係が有っても、どうとでも言い逃れが出来る。

「あれー、おかしいなぁ」

 突然、舞が素っ頓狂な声を上げた。

「確かに夜桐ヤトウ先生から預かったんだけどなぁ」

 バッグの中を見たままの舞から、上目遣いでアイコンタクトが送られる。

 タイムリミット。

 これ以上は不自然過ぎるかも、と彼女の目が知らせている。

 和輝は出された麦茶を一気に飲み干すと、これまで出せなかった分も含めて深い息を吐く。

「あはは……良いよ。どうせ僕、ずっと家に居るしさ……大学にはちょっと行けないけど、知らせてくれただけでも嬉しい」

「いやー、ごめんね! 今度はちゃんと持ってくるからさ!」

 小鳥遊がグラスを片付け始めるのを見ながら、和輝は舞に小声で訊ねる。

「……夜桐ヤトウ先生って誰?」

 舞は顔を近付けて限りない小声で返した。

「オカ研の顧問の人!」

 後で、何時になるかは判らないが、夜桐先生に会えたら謝っておくべきかもしれない。

 こんな相談事に巻き込んでしまうなんて。

 和輝は舞と一緒に立ち上がる。

 短い時間だったが、彼が生きていたという情報だけでも僥倖だ。

 これで、鈴鳥紗枝の依頼に集中する事が出来る。

 そう思った時、部屋を出るべき和輝の足が止まった。

「あー……」

 見つけた。

 関係の有無を見分けられそうなワード。

「……最近、俺相談受けててさ。鈴鳥紗枝って女の子から」

 和輝は彼女の名前を出すと同時に、小鳥遊に振り返る。

 彼の眉間が、ピクリと動いた。

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