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そのままじっと動かなくなってしまった優弥の腕の中で、瞬が必死にもがいている。
それはそうだ。優弥の大きな手が、瞬の口どころか鼻まで塞いでしまっている。
「……足音が増えてる」
突如言い放った優弥の言葉に、もがいていた瞬もピタリと動きを止めた。
瞬だけではない。
舞も、まひろも、和輝だって、彼が神妙な顔つきと共に放った言葉に歩くのを止めてしまった。
優弥の力が緩んだのか、無理やり手の中から脱出した瞬が大きく息を吸い直して吠える。
「はぁ!? こんだけ大勢カツカツコツコツ鳴らしてる中でそんなん判るワケねーだろ!」
一気に捲くし立てる瞬に対して、優弥は冷静に彼の身体を解放した。
「じゃあ、訊くけどな……」
瞬より小さな音量なのに、優弥の唸るような一声はこの場に居る全員の行動を抑え込んだ。
皆、手足すら動かさなかったので優弥が次の言葉を出すまでの息継ぎまで聞こえて来る。
彼は、低く、静かに、全員に聞こえるようにゆっくりと続きを言った。
「何で、皆動いてないのに足音が聞こえるんだ?」
全員の時間が止まった。
三秒か、四秒か、いや、もっと一瞬だったか。
無意識に続けられる筈の呼吸が、口と喉の間で繰り返されている。
胸が苦しい。
時間の代わりに激しく動き続ける心臓だけが、強烈に波打っている。
今、和輝の瞳には微動だにしない四人の姿が映っている。
周囲を確認する事が出来なかった。
目の前で唯一感じられる平穏から目を逸らす事が出来なかった。
そうしなくても……あぁ、これまで意識していなかったのに。
和輝の耳に入ってくる。石畳を擦る、不浄な足音。
しかも、これは……。
「あのー……」
おずおずと、舞が申し訳無さそうに口を開いた。
このタイミングで霊感の有る彼女が何かを申し述べるという事は、四人にとって決定的な通告だった。
「アタシも聞こえるんだけど……結構、たくさん……」
心臓の鼓動が全身に駆け巡る。
先程までは和輝もそうだったのに、今の瞬間には『皆、何じっとしてるんだ!』と叫びたかった。
代わりに口から吐き出されたのは、単純な単語と大きめの空気。
「はっ……走れ!!」
和輝の言葉で全員一斉に弾かれたように地面を蹴った。
「ど、どっちに!?」
慌てた舞が皆と逆方向に、入り口側に身体を向けた。
一度先頭を切って走り出した優弥が、急ブレーキを掛けて舞の腕を掴みに逆走した。
足の長さをここぞとばかりに発揮して、まひろ、瞬、和輝の間を大股で抜ける。
「後ろに行ったら鉢合わせだろうが! 前に走れ!」
優弥に引っ張られた舞が二、三歩よろけて彼の顔を見上げた。
和輝はその二人を横目で確認してから、陸上部ばりのフォームで駆けて行く瞬を前方に捉えて走る。
自慢ではないが、和輝は体力に自信が無い。
遅れて走り出す事になった優弥にもあっという間に追いつかれそうだ。
恐らくスタートダッシュからトップスピードの瞬になんて尚更追いつけよう筈もないし、彼はそのまま先頭のまひろも追い越して行く勢いだ。
優弥に遅れて舞が和輝に並んだ。あまりの必死さに目を瞑ってしまっている。
まひろだけが近所をランニングするように一定のリズムを保って走っていた。何だか足取りが軽やかじゃないか?
徐々に差が開いていく優弥が、和輝と舞を、いやその後ろを睨むように振り返って、彼にしては珍しい大きな声で忠告を出した。
「絶対後ろ向くなよ!!」
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