P.40
「諸君ッ!!」
「いッひゃあ!?」
突如響いた瞬の言葉に、隣に居た舞は思いっきり体を跳ね上がらせた。
先程から彼女の声をほとんど聞いていないのは、きっと彼女も怖いからなのかもしれない。
頬を膨らませた舞に睨みつけられている事も知らずに、瞬は両手を腰に当てて胸を張りながら続けた。
「肝心の井戸に着く前に、最終確認だ! ちゃんと準備はして来たのかね?」
そう言っている瞬こそ準備はして来ているのだろうか。
和輝が見たところ、彼の所持品は財布と携帯のみに見えるのだが。
「予備の懐中電灯なら持って来たぞ」
和輝はハンドバッグの口を開き、収納された二つの小型の懐中電灯を手探りで確認する。
「御守り着けて来たよー」
と舞も肩から提げた自身のバッグを皆に見せつける。
一瞬目を離した隙に、恨めし気な表情はニッコリ笑顔に戻っていた。
「私は録画用のビデオカメラとか」
流石は神谷まひろ。現場においても抜かりない。
「ポテチ」
「優弥ァア!!」
たった三文字の準備に、瞬の口から化け物のような低い唸り声が放たれる。
「お前、何!? 幽霊とピクニックにでも来たの!? バカ野郎!!」
詰め寄る瞬を避ける為に、優弥は身体を反転させて茂みの方角に飛び退いた。
「うおッ!? 危ねぇなバカ!」
掴み掛かる勢いの、瞬の腕を優弥が掴む。
近くに居たまひろが、被害の及ばない所にスイっと後退した。
元々、和輝と同じく巻き込まれただけの男だ。
それにビデオを観ていた時から妙に来るのを渋っていたと言うか、何処か乗り気では無かった気がする。
そんな優弥にまともな準備を期待する方が悪い。
「因みにアタシのバッグに入っているよ!」
それは何で?
と元気一杯に手を挙げた舞に、和輝は思う。
彼女の表情筋が戻って来たのは良い事だが、何だか良いように使われていないだろうか。
そう考えた時に、良いように使われているのは優弥の方か、と思い直して舞への気遣いは消え去った。
兎も角、目の前で引き続き行われている、幼稚な暴言が飛び交う瞬と優弥の謎の力比べをどうにかしないと井戸に行く時間が遠のくばかりだ。
拮抗した二人の腕が震えている。
和輝はその中で、何かを察知して目を見開いた優弥に気付いた。
「……おい、ちょっと静かにしろ!」
だが優弥の注意も虚しく、瞬の力は緩みそうにもない。
優弥が『何か』に気を取られて抵抗を抑えたせいで、瞬の力で身体を仰け反らせている位だ。
「こ、れ、が……!」
次第に瞬が追い込んでいく。
何がそこまで瞬をそうさせているのか解らないが、ここまで来ると意地だろう。
或いは、いつもの様に優弥なら自分の攻撃を上手く去なしてくれると信じての戯れにも見える。
「静かにしてられるか! 大体何でお菓子をチョイスした!? 供養にしてもそれで帰ってくれるほど幽霊界隈甘くね……!」
そして、もしそうなら瞬の希望通りの事が起こった。
優弥が思いっきり、掴まれた腕ごと瞬を横にぶん投げる。
よろめく瞬の首に優弥が腕を回したかと思えば、その腕で瞬の首を絞めながらもう片方の手で瞬の口元を押さえつけた。
ここが人気の無い場所で良かった。
傍から見れば通報ものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます