嘘と恋
@Yoji_T
第1話
「さっき駅前で芽衣ちゃんが男の子と歩いてたよ」
何が楽しいのか母親は目でいたずらっぽく笑うような表情で言った。
「あの子たしか何とかってダンスの全国大会で優勝したっていう子じゃないかな」
朝の八時過ぎ、そろそろ大学に行こうかと支度をして一階のリビングに降りてきた大輝は、ちょうど徹夜仕事から帰宅した母親に出くわした。
母はソファの上にバッグを放り投げると、あいさつすら省略して近所に住む幼なじみの芽衣の話を始めた。
「知ってるよ。志賀ってやつでしょ」
母の表情を見て、この話は長引かせずさりげなく終わらそうと思いながら大輝は答えた。
母がこういう表情をしているときは、息子が気が乗らない様子を見せようがむっとしていようがお構いなしで、からかい半分に芽衣のこと話させようとする傾向がある。生まれてからずっとこの母親と一緒に暮らしてきた大輝はそのことをよく理解していた。
「知ってるって志賀っていう子を知っているってこと? それとも芽衣ちゃんとその志賀っていう子が付き合ってることを知ってるの?」
あやうく舌打ちしそうになった大輝は、なるべく平静な口調で母に答えた。
「芽衣の高校の一学年上だよ。知り合いじゃないけど、ヒップホップダンスの大会で優勝したとき、テレビに出てたよ。富士峰学院の高校三年って言ってた」
それはローカルテレビ局の番組だった。ラフな格好の志賀が、見かけによらず礼儀正しくM Cを務めるタレントの質問に受け答えしていたのを、大輝は見たことがある。それで、あのとき芽衣と一緒に駅のホームにいた男が誰かを知ったのだ。
「芽衣ちゃんの彼氏かな」
母親が聞いた。
「あんた知ってるんでしょ」
「いや、それはわからないけど。芽衣と一緒にいるのを見たことあるよ」
「小さい頃はあんたと芽衣ちゃん仲がよかったのにね」
母親はもう笑っていなかった。
「今じゃ彼氏ができてもあんたには報告なしか」
「そんなことあるわけないでしょ。もう何年も芽衣と話してないのに」
「お互いにって、あんた彼女できたことないでしょ」
それは事実だったけど、朝からそんな話を母親としたくない。それにそろそろ家を出ないと講義に間に合わなくなる時間だ。
「もう行かないと」
彼はその質問には答えず話を切り上げた。
「そういや昨日の夜、父さんから電話があって、仕事が立て込んでて三日くらい家に帰れないって」
「わかった。あんたは今日は家で夕ご飯たべるの」
「うん。普通に帰ってくる」
「たまには今日はデートだから夕食はいらないとかいいなよ」
母親が再びからかうように言った。
「ちょっとは芽衣ちゃんを見習ったら」
「母さんは今晩はもう家にいるの?」
大輝はそれには取り合わず玄関の方に向かいながら聞いた。
「いや、一眠りしたら午後また会社。あんたの夕ご飯は用意しといてあげるから」
大輝が振り返ると、母親はソファにふかぶかと沈み込み、リモコンでテレビをつけようとしていた。
「仕事しすぎじゃない? 体に気をつけた方がいいよ」
「気をつけて行っておいで」
今度は母親が彼の言葉に答えなかった。
自宅を出て、徒歩で十分くらいの最寄り駅に向かいながら大輝は思い出したくもないあのときのことを思い出してしまった。あれは一月くらい前の休日のことだった。
駅ビルの中の本屋を出たところで、彼はエスカレーターに男と並んで、レストラン階に上っていく芽衣を見かけたのだ。階下から見上げる大輝の目に、芽衣と連れの男が手をつないでいる様子が映った。そのときの芽衣の服装とかは全く思い出せないのに、男を見上げるようにのぞき込んでいる彼女の顔に浮かんでいた微笑みは今でも脳裏に呼び出せる。
そのまま芽衣が一階上のフロアに消えていった後も、大輝はエスカレーターを見上げたまましばらく身動きできなかった。自分の感情が芽衣のことでここまで乱されるとは思っていなかったのだ。大輝はそのまま呆けたように立ちすぐんでいた。その後、重い何かを抱え込んだような鈍い感じが胸の奥に生じたようだった。
あのとき芽衣と一緒にいた男は、多分テレビで見たヒップホップダンスの大会で優勝したやつだ。芽衣に微笑み返していた表情は、テレビのMCに微笑んでいたのと同じもののようだ。だとすると二人は同じ高校の先輩後輩同士であり、その二人が付き合っていても別に不思議はない。
芽衣の家は大輝の家から少し離れてはいるが、同じ町内にある。大輝が小学校の4年のとき、芽衣の家族が引っ越してきた。まず母親同士が仲良くなった後、小学校2年生の芽衣と大輝もすぐに仲良くなった。放課後、よくお互いの家を行き来して、二人で夕食までの時間を一緒に過ごしたものだ。小学生時代の仲のいい幼なじみ。二人はそういう仲だった。
ただ、そういう仲は長くは続かず、やがてお互いが思春期を迎えると、一緒に時間を過ごすことがなくなり、学校や道で顔を合わせても話をしなくなった。
男女の幼なじみなんてそういうものだろうと大輝は考えていたが、それでもたまに違う中学校の制服姿の芽衣を見かけるたびに彼女と話せないのが少し残念な気もした。でももうそれも昔の話だった。さすがに高校から大学に上がる頃になると、芽衣のことを思い出すこともなくなっていた。
だから芽衣が男と一緒にいたところを目撃したくらいで自分がなぜこんなに動揺したのか不思議だった。昔からずっと芽衣に片思いをしていたのならともかく。
今日母親が一緒にいる二人を見かけたのなら、やはり二人は付き合っているのだろう。男の方を見上げて笑っていた芽衣を見た時点でわかってはいたことだったけど、改めてそのことを思い知らされた。
別にいいじゃん。おれが動揺することじゃない。芽衣のことは忘れることにして、大輝は駅の方に足早に向かっていった。
その晩、雨が本格的に降り出す寸前に大学から帰宅した大輝は、母親が仕事に出かけようとしているところに出くわした。部屋のテーブルの上に彼の夕食の支度が整えられていた。
「じゃあ、行ってくる。そこにご飯あるでしょ」
「雨降り出したから、駅まで送ってくよ」
「あらやだ、降ってきちゃった?」
母親が顔をしかめた。
「じゃあ、お願いしようかな」
母親を車に乗せて最寄り駅に向かってみたものの、雨のせいか道が混みはじめた。
仕事を気にしたのか母親はちらりと腕時計に目をやった。
「富士峰学園前の方にに行くよ」
その駅は自宅の最寄り駅より距離はあるが、混み出すと車が動かなくなる最寄り駅方面よりは早く着きそうだし、なにより富士峰学院前駅は特急が止まる。母親の職場に行くにはその方が便利そうだった。
思ったとおり車は十分ほどで富士峰学院前駅に着いた。大輝は車をロータリーに止めた。
「じゃあね。ありがと」
母親が去った後、駅前のロータリーから車を出そうとしたとき、助手席のドアをたたく音がした。ウインドウの外に母親の顔があった。忘れ物かと思って窓を下ろすと母親が駅の構内の方を指さした。
「ちょうどいいからあんた家まで送っていってあげなさい」
大輝は、職場や学校から帰宅する人たちがせわしく行き交う郊外の駅の方を眺めた。構内の灯りに照らされて降りしきる雨滴が風に乗り霧のように舞っている。
「そっちじゃない、そこ」
母親が振り返った方向を見ると、すぐ近くに女の子が二人いた。
「芽衣ちゃんとお友だち、今日は傘を持ってないんだって」
母親が期待するように彼の方を見ていたが、大輝はなんと答えていいかわからなかった。
「あたしたち大丈夫です。バスに乗って帰るんで」
芽衣が一緒にいる女の子と顔を見合わせてからそう言った。
「芽衣ちゃんちバスを降りてから歩くじゃない。大輝に送らせるよ」
これでは芽衣が気の毒だ。母親は昔仲がよかった頃の感覚でいるのだろうけど、もうずいぶん会話すらしていない近所の男の車に乗れって言われるのは、芽衣にとってはさぞかし気が重いだろう。「無理強いすんなよ。芽衣ちゃん、かえって迷惑だよ」
昔は何も考えずに呼び捨てしていたけど、いきなり昔のように芽衣と呼ぶのはハードルが高い。
「迷惑っていうか、大輝君が面倒でしょ」
芽衣がまっすぐに大輝の方を見て言った。
え? おれに話しかけているのか。芽衣の言葉に彼は驚いた。昔、まだ普通に話していた頃の口調のままだ。よそよそしく敬語で話されるのかと思い込んでいたのに。芽衣ちゃんとか馴れ馴れしく呼びかけられたから、彼女もそれに合わせてくれたのだろうか。
「迷惑もなにも家は近所じゃない。ついでだって。そうでしょ?」
母親が芽衣に言ったが、最後の方は大輝に向けられたいた。
「おれは別にかまわないけど」
「でも」
芽衣は隣にいる女の子を見た。
「あ、わたしはバスで帰るから気にしないで。芽衣は送ってもらいなよ」
その子が笑って芽衣に言った。
「お友だちも一緒に乗って行きなよ。どうせこの子は時間持て余しているし」
母親は芽衣にそう言った。
「ちゃんと送って行きなさいよ。雨降ってるから気をつけて運転するのよ。じゃあね、芽衣ちゃん」
「おばさんは帰らないんですか」
芽衣が不思議そうに聞いた。母親が一緒でないなら男の車になんか乗りたくないのかもと大輝は思った。
「これから仕事なの。たまには昔みたいにうちにも遊びにきてね」
「はい。おばさん、気をつけて」
芽衣が頭を下げた。
母親が駅の構内に去って行くと、一瞬その場を沈黙が包んだ。雨と雑踏の音だけが響いている。「じゃあ、よかったら後ろに乗って」
芽衣にともなく友人にともなく彼は言った。こんなことなら自分の軽自動車じゃなくて、父親の車を借りてくればよかったと彼は思った。
「わたしは」
芽衣の友だちがためらうように言いかけた。
「迷惑じゃなかったら送って行くよ」
女子高校生を車で送るというのは彼にとっては日常であり得ない行為だけど、今の大輝には母親の言いつけという大義名分がある。
「家はどこなの」
「上町の方だよね」
友だちの方を見ながら代わりに芽衣が言った。「大輝君ごめんね」
二人が狭い後部座席に収まると、大輝は車を駅前のロータリーから出して交通量の多い県道を上町の方に走らせた。細く流れる銀色の雨滴を払うワイパーがウインドウを滲ませて、街路灯や行き交う車のライトの明かりを拡散させている。
「先にお友だちの家の方に行くから」
車内の沈黙を持て余して大輝は言った。
「上町の交差点まで行ったら家まで案内してね」
「ありがとうございます。お願いします」
後部座席から届く柔らかな声が彼の耳をくすぐるようだった。芽衣の友だちの声だ。
「この子、美咲っていうの。同級生。美しく咲くっていう字」
芽衣が二人の会話に割り込んだ。
「朝倉美咲っていいます。名前負けしててごめんなさい」
微笑んでいるようなニュアンスを声から感じさせる。なんか不思議なしゃべり方だなと大輝は思った。
「秋田です。よろしく」
「大輝君ていうのよ。明徳大学の一年生」
芽衣が補足してくれた。
「すごい。頭いいんですね」
「そんなことないよ。内部進学だし。君たちの学校だって有名校じゃない」
「大輝さんはうちらの学校出身じゃないんですか」
「大輝君は中学校から明徳だよ」
さっきから美咲が彼に質問すると芽衣が答える格好になっている。幼なじみとして彼のことは自分の担当だと考えているのか。それとも彼に対する独占欲か。思わずそうあってほしいという願望が大輝の胸中に浮かんだけれど、芽衣には彼氏がいる。浮かれちゃいけないんだなと大輝は思い直した。
「明徳って中高は男子校ですよね。スポーツが強くて」
美咲が言った。
偏差値では彼の母校は芽衣と美咲の学校よりやや上だが、そういうことより明徳は野球やサッカーの強豪校として知られていた。
「うん、すげえ強い。でもおれは文化系だったから関係ないけど」
「そうなんですね。文化系って何してたんですか」
美咲はさっからわりと好意的な感じで会話をつないでくれている。
「パソコン部だよね」
そこにまた芽衣が割り込んだ。
「なんでパソコン部とか入ってたの」
芽衣はなんで彼の中高時代の部活を知っているのだろう。その頃にはもう芽衣とはめったに合わないし会話もしない仲になっていたのに。
「いや、ゲームとか好きだったし。まあ、なんとなく?」
「何それ。変なの。でも昔から大輝君ってゲーム好きだったもんね」
芽衣の声が後ろから聞こえた。美咲とは声の質がずいぶん違うんだなって思い、そして、むしろ彼氏がいるのに疎遠になっている幼なじみに何でこんなに好意的なんだろうと考えた。
さっきから車内は居心地がいいのか悪いのかわからない。でも、話すことがなくずっと沈黙が続くよりましだった。二人を送れと言われてから、彼はそれを恐れていたのだ。
「仲がいいんですね、二人って」
美咲が笑った。
「大学生の幼なじみがいるっていいなあ。なんか憧れちゃう」
「美咲だってお兄さんがいるでしょ」
「兄弟と幼なじみは違うよ。兄貴とは付き合えないじゃん」
「別に私だって大輝君とそんな仲じゃないし」
後部座席にいるので表情はわからないが、特別な感情はなくたんたんと平静に答えているようだ。「そりゃそうだ。芽衣には先輩がいるもんね」
美咲がそう言った後、後部座席はしばらく沈黙した。
「ああ、ごめん」
「すぐそういうこと言うんだから」
芽衣はきっと知らないのだ。志賀というやつとデートしていたところを彼に目撃されていたことを。
「そろそろ道を教えてくれる? 交差点のとこまっすぐでいいの?」
話を変えたかったのもあるが、そろそろ行く先を聞かなければならないのも確かだった。
「あ、いえ。上町十字路を左折です。そのあとしばらくまっすぐです」
「わかった」
「大輝君ってまだ初心者なの?」
芽衣が聞いた。
「そうだよ。免許取って三月くらい」
「教習所通ってたことも知らなかった」
それはそうだろう。幼なじみといっても今日まではずっと話もしない仲だったのだ。
「知ってたらもっと早く大輝君の車に乗せてもらえてたのに」
芽衣が笑った。
「それは彼氏に悪くない?」
美咲がからかうように言った。
さっきから不意打ちのような芽衣の好意的な言動に心が揺れていた大輝は、美咲の言葉に少し熱を冷まされた。
芽衣に彼氏がいる。立場を変えてみれば、自分が芽衣の彼氏だったらいやだろう。幼なじみとはいえ、自分以外の男とドライブなんて。
「車で送ってもらったりするだけじゃん。デートするわけじゃないし」
芽衣が少しむっとしたように反論した。
「それもそうか、ごめん。大輝さん運転上手ですね。初心者とか思えないです」
「いや、普通だと思う」
「うちのお兄ちゃんなんかすごく運転が乱暴なんですよ。乗ってて怖いの。大輝さんの運転は安心できますね」
「いや」
「そろそろ右折です。コンビニのところの信号」 美咲が思い出したように言った。
右折してなだらかな坂を登っていくと、湾曲した坂道沿いに瀟洒な家々が連なっている。今まで来たことはないが閑静な街並みだった。雨はだいぶ弱まってきていた。だんだん狭くなる道を上の方にたどっていくと美咲の家に着いた。前庭のガレージにボルボのステーションワゴンが停まっているのが見えた。
「ここです」
美咲が目の前の家を指した。ハザードランプを点灯させると、周囲の家々にその点滅が映り込んで、静かな場所に遠慮なく闖入したようで少し気が引けた。
「ありがとうございました」
美咲が大輝に礼を言ってから車の外に出た。
「芽衣もありがとう。またね」
「また明日」
芽衣もそれに答えて胸の前で小さく手をひらひらと振った。
家の中に美咲が消えると、車内は沈黙に包まれた。饒舌というわけではないが、さっきまで普通に大輝に話しかけてくれていた芽衣も二人きりになったとたん黙ってしまった。
何を話すればいいのか大輝にはわからなかった。芽衣も同じなのだろうか。美咲がいるときは会話が成り立っていたが、それはお互いに普通の関係に見せようとして気楽さを装って会話していたからなのか。
「じゃあ戻るか」
結局、大輝はそれだけ言って車を発進させようとした。それだけの言葉すらはっきりと発音できなかった。
そのとき芽衣が何か言った。芽衣の言葉も小さくてよく聞き取れなかった。
「ごめん何か言った?」
「ちょっと待って」
少し声が大きくなり今度はちゃんと聞こえた。「助手席に移るから」
「別にそのままでいいんじゃない? 雨降ってるし濡れるよ」
軽自動車の後部座席が我慢できないほど狭いのだろうか。
「後ろだと話しづらいから」
芽衣は一度外に出てあらためて助手席に座った。「お待たせ」
車が動き出してからも芽衣は黙ったままだった。これじゃあ話しづらいからといって助手席に移った意味はないじゃん。大輝はハンドルを握りながら考えた。上町の住宅街から二人が暮らしている住宅街までは、駅を挟んで反対側にあるため帰宅ピークの時間に車を走らせると、二十分くらいはかかる。沈黙のままだとちょっと長く感じる時間だ。でもしかたない。
大輝は降りしきる雨の中を運転に集中し、助手席から漂う女の子らしい気配を気にしないように務めた。実際、雨の降るこの時間の運転は、初心者の大輝にとっては、助手席を気にしている余裕がないくらい気が張り詰めるものであることも確かだった。
沈黙したまま自宅への距離の半分くらいまで到達したとき、それまで黙って助手席から通り過ぎる夜の街並を眺めていた芽衣が口を開いた。
「大輝君、格好よくなったね。美咲が大輝君のこと気に入るわけだ」
「え、どういうこと」
突然の芽衣の言葉に彼はとまどった。
「大学生になって大人びたなあって」
自分が格好いいとうぬぼれているわけではないが、大輝が気になったのは後半の方の言葉だった。それを悟ったのか芽衣が続けた。
「美咲にしては珍しいんだよ。自分から男の人にちゃんと話しかけるの」
さっきの会話が話しかけられたうちに入るのかどうか。しっかり見たわけではないが、色白で容姿の整った少女だったから、普通なら芽衣の言葉にもっと期待を抱き動揺するはずなのにそうはならなかった。隣にいる芽衣の気配の方が気になるからだろうか。
「話したうちに入らないよ、あんなの」
「ううん。あの子、たいていの男の人とはほとんど会話しないから、やっぱり大輝君のこと気に入ったんだと思う」
そう言われてようやく彼は美咲という少女のことを考えはじめた。大学生が高校生と付き合うのってどうなんだろう。彼のまわりではあまり見かけない。でも年齢で考えると二~三歳くらいの差だから、それほど違和感はない。
「大輝君って彼女いる?」
芽衣が話を変えた。
「いない」
今まで彼女がいたことのない彼には、ふだんそういうことを母親や友人に聞かれると少し屈辱的な何かが胸の奥に生じるのだが、どういうわけか芽衣には素直に答えられた。
「じゃあ、美咲のことどう思う?」
年齢的な違和感がないとすると、あとは彼が彼女をどう思うかだ。わずかな時間後部座席に座っていただけの彼女を好ましく思うのはおかしい。でも、バックミラー越しにちらりと眺めた整った外見や明るい態度を思い出すと、少なくとも嫌う要素はないと大輝は思った。
「会ったばっかだし、よくわからない。てか何でそんなこと聞くの」
「別に。何となくだよ何となく」
軽自動車の狭い車内にいるせいかさっきより近いところで芽衣の声がした。
「芽衣ちゃんこそ彼氏いるの?」
こういう話の流れなら大輝にも聞けた。美咲との会話をを聞くまでもなく、いるのは知っているけど、本人からはっきりと聞いた方がすっきりする。
「え~。今、わたしのことは関係ないじゃん」「そっちだって聞いたんだから、おれが聞いたっていいでしょ」
「言いたくない」
さっきまで軽口をたたいていた芽衣は急にむっとしたようだった。
「大輝君に関係ないでしょ」
どういう言い草だ。そっちから恋愛の話を振ってきたんだろ。大輝も芽衣の不機嫌がうつったようにむっとした。それにこういう言い方をされると、彼が芽衣に彼氏がいるかどうかを気にしているように聞こえる。前に一緒に歩いていた人は彼氏じゃないのかとよほど聞いてやろうと思ったが、それも大人げない。結局、その後の二人は気まずく黙りこくったままだった。
「送ってくれてありがと」
自宅前で車を降りるとき、沈黙を破った芽衣が小さな声で言った。
「いや別に」
結局、久しぶりに以前のように話せるようになったはずの幼なじみとは、これまでより気まずい雰囲気のなかで別れることになった。
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