ゴフテッド対策局所属チカ

標葉えいさと

第1話

 強烈な怒りが沸き上がって、涙が出たことある?


 私はある。




 国海くにうみチカ20歳、人生の分かれ道の朝。



『本日のニュースは……東京都江戸川区で起きたゴフテッドによる傷害事件についてお伝えいたします。


昨夜十時頃、近隣住民から暴れている人がいるとの通報を受け、警察官が現場に到着すると男性が倒れているのを発見しました』


「うわ、またゼウスか」


 テレビ画面の見出しを見るだけでわかる。よくある痴情の縺れだろうと予測しアナウンサーの読み上げの続きを待つ。



『近くにいた交際相手の加藤容疑者を取り押さえました。加藤容疑者に事情聴取をした結果、【ゼウス】のゴフトを受けていることがわかりました。


被害者の男性は高圧電流が流れたような火傷を負っておりましたが命に別状はありませんでした』



 ほーら、やっぱりね。おそらくどうせ男女関係トラブルだ。


 テレビへ移っていた視線を朝食へ戻し、止まっていたスプーンを握り直した。アナウンサーがニュースを伝えている日常風景だ。


 いつも通り私はヨーグルトとバナナにシナモンパウダーを掛けたものを小さめのスプーンですくって口に運びはじめた。




 神は存在したと人々が言うようになったのは約3年前。


 神は人間に寵愛を与え始めたのだと世間は騒いだ。世界各地で同時期に超自然的な能力を使えるようになった人が現れ始めたのだ。



 その能力を与えたのは神だとその人達は口々に唱え色々な神の名前が挙げられ、その……神の権能のようなものを唯の人間が使えるようになったのだった。



 神の寵愛を受けた結果のその異能力をこの国ではゴフトと呼び、ゴフトを受けた一握りの人間をギフテッドと区別して「ゴフテッド」と呼ぶようになった。


 世界各国でゴフテッドの対策に追われて対策本部などができて色々な政策を打ち出し、一部の法律が変えられた。


 年月を経たことで世間は落ち着きを取り戻していた。たまにゴフテッドの軍事利用とか物騒な話題は出るが、日常的へと溶け込み始めていたのだった。



 そんな世界の中で日本は……神仏習合、八百万の神を無意識に受け入れているせいか、世界で一番ゴフテッドが急増している国であった。


 また、ゼウスは世界各地で大勢の女(稀に男)へ寵愛を与えている。


 つまりゼウスは日本のニュースに比較的よく出てくるワードである。私の職場にもゼウスのゴフテッドはいる。

 ただ営業部の美人で有名な渡辺さんなので、私は直接会ったことはなく噂程度だが。




「ゼウスのゴフテッドか。まあ私はそんな可愛くないからゴフトは貰えないか。ヒロ君いるしいいわ、なんかフリーの女の方が貰いやすいらしいし」



 テレビはもう全く別の地域のイベント情報に移り変わっており、私もご飯を食べ終えてシンクに食器を置きいつかの私に洗い物を託して背伸びを一つする。


 ゴフテッドの出現時は高校生だったため、友達と自分がゴフトを貰うならどの神かとか考えていたなと一瞬思い出に浸る。


 しかしないものねだりをしても仕方ないという気持ちに切り替えて鏡台の前に座った。

 今日はデートの日だ!



 いつもよりも丁寧に時間を掛けてメイクしてお気に入りのワンピースを着て、鏡の前でポージング。すぐに猫背になってしまうから気をつけないといけない。


 待ち合わせ場所に5分前には到着したら、彼はすでに着いていた。一緒に昼食を摂ったら、ずっと気になっていた映画を見てゲームセンターで一緒に苦戦して……


 そして今日は彼氏の家にお泊り。







△△△



 リビングでだらだらと二人で各々ゲームをしていると、彼が私に話しかけた。


「いい加減、すっぴんもみせてほしいな、なんて」


 彼の方向に向き直ると照れ臭そうに彼は笑った。


「ヒロ君が言うなら今日はすっぴんにしようかな。でもさ……絶対に引かないでよね? 私結構印象メイクで変わるからブスだから」


「ありのままのチカも見たいから、お願い‼」


 両手を合わせて懇願する彼。ねっ? と首を傾ける彼に私は押し負けてしまった。


「うーん、仕方ないな」


 そういって私はお風呂に入って、不安だが受け入れてくれるかなとか、眉毛もっと生えていてほしかったとか色々考えつつも、私は今日初めて彼の前ですっぴんを晒すことにした。


 一応いつもクレンジングは持ち歩いてはいたから、今日はヒロ君の家で初めてクレンジングを使ったのだった。その結果は思った以上に最悪だった。




「ヒロ君お風呂あがったよ。ホント引かないでね」


「大丈夫、だいじょうっ…………チカ……だよね?」


「いや、そうだけど。やっぱごめんねブスで」


 私が手を左右に振りながら謝罪する。やっぱりダメなのかな。

 ヒロ君の方を見ると、ぎょっとした表情が見て取れて、でも徐々に明るい雰囲気になっていった。左側の口角を上げて彼が口を開き始める。



 ああでもそんな君も可愛いねって言ってくれるのかな? と思った。ほんの少しだけ期待した。



「いや本当に今までの恋が冷めるレベルだわ。本当にブスじゃん」


「ははっ」


 ニヤニヤと冗談のように笑い飛ばした彼を見て、私は乾いた笑い声しか出なかった。


 それを彼はこちらもジョークとして昇華したとでも考えたのか言葉を連ねた。


「いやーマジで騙されたわ、こんなにチカのすっぴんがブスなんて詐欺だよ、詐欺。今度絶対なんか奢って。というか今日はとりあえず寝ようか、明日朝早いの忘れてたわ」



 お腹の奥底から熱いものが上がってくる感覚がする、頭もなんだか変だ。コイツの言っていることが理解できない。


 いや理解している。私は気づくと俯いており、とっさに親指の爪を人差し指に突き刺して理性が戻ってこないかと試した。全くもって戻ってこない。


 今まで感じたことのない強烈な怒りが沸き上がって、ふつふつと沸騰して……しまいには目の奥が熱くなりポロリと出てきた。




 その涙が床に落ちた瞬間だろうか? いやそんなの関係ないかもしれない。


 私は声を……神の声を聞いた。

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