第28話 あなたに捧げる鎮魂歌

 紺色のドレスに身を包んだ女性はヒールを鳴らせて舞台に立つ。

 歌手として今回の夜会に招待されたエリーヌは、ゼシフィードの依頼を受けて自らの歌を捧げることにした。

 舞台上からゼシフィードを見ると、にやりとしたり顔で腕を組んでエリーヌのことを眺めている。


(そう、私がまだ声が出ないと思っている)


 聴衆も皆、ひそひそと話し始めている。

 やれ劣等歌姫だ、毒公爵夫人だ、落ちぶれ姫やら好き放題にいっていた。

 それもそのはずで特に今日の夜会はゼシフィードの親しい人を中心に集めた夜会だった。


「さあ、歌手であるエリーヌ! お願いできるだろうか、あの美声を!」


 彼はわざとそのように煽っている。


(あなたは私だけでなく、ロラまで傷つけた。罪は重いわよ)


 そうして、すうと息を吸うとピアノの演奏に合わせて高音の始まりを奏でる。


「なっ!」

「え、出てる……」

「うそ! もう歌手引退したんじゃ……」


 皆口々に目の前に広がる光景と耳に届く声が信じられずに瞬きをする。

 しかもこれは世界でも数人しか歌うことができないといういわれる最高難易度の曲。

 あらかじめ演奏のためにピアニストにだけ曲名を伝えていたが、彼女も実際に聞くのは初めてだった。


 あまりに高度な歌声、そして感情の乗った素晴らしいそれは見事に人の心を刺した。

 思わず聞き惚れて涙を流す人がいる中で、ゼシフィードは舞台上にずかずかと上がっていく。


「やめろ! やめろー!! なぜだ! なぜお前の声が出るんだ!! あいつの薬で声が……!」

「やはりあなたの仕業、あなたが糸を引いていたのですね」

「ち、違う! あれはお前に振りむいてほしくて!」


「振り向かせるためにその相手を傷つけるバカがどこにいる」

「な……アンリ……!」


 舞台裏から出てきたアンリはエリーヌを守るようにして前に立つ。

 夜会に合わせて、そしてエリーヌの紺色のドレスに合うタキシード。


「なんで、お前は呼んでないぞ!」

「いえ、殿下。あなたにはお話があるんですよ。今、この場に皆様にもご覧いただかないと」


 そう言いながらアンリは語り始める。


「まず、ここにいるエリーヌへの危害。毒草を主成分とした危険薬品をある魔術師に命じて作らせて彼女の歌声を奪った」

「何を根拠にそんなことを、あれをやったのはロラだと聞いている」

「いいえ、裏はとれましたよ。魔術師が吐きましたし、関与した調合師も罪を認めました」

「私はやっていない!」


 アンリは想定内というように次の話題へと移る。


「その協力者だったロラにも危害を加えた。地下室で監禁して死なせる直前まで暴行した」


 最初は様子伺いで聞いていた貴族たちも皆ひそひそと話を始める。


「くそー! 黙れっ! お前らも皆黙れ!!」


 王族、ひいては第一王子らしからぬ品格のない言葉の数々に皆さすがに言葉を失っている。

 もはやゼシフィードにはその反応すら届いていないようで、アンリの言葉に腹を立てては反論した。

 わなわなと震えて拳を作り、何度もアンリに暴言を吐く。


「ゼシフィード様、お見苦しいです。おやめください」

「黙れエリーヌ! そもそもお前が私から離れていかなければよかったのだ! お前のせいで……」

「ゼシフィード様っ!」


 アンリは強い口調で彼の名を呼ぶと、耳元でこう囁いた。


「俺の妻を傷つけたのはお前だ。お前の自業自得でなっているのを自覚しろ。さあ、本番はこれからだ」

「──っ!!」


 ちらりと視線を送った先をゼシフィードも見る。

 そこには彼が最も恐れる存在がこちらに向かってきていた──


 聴衆はその姿を見て恐れおののき、跪く。

 開けられた道をヒールをかき鳴らして向かってくる。


「お待ちしておりました、王妃様」

「久しぶりね、アンリ」


 そう、彼女こそこの国の王妃であり、エリーヌとロラの憧れの伝説の奇跡の歌手──


「ジュリア様……」

「ふふ、エリーヌ。素敵な歌声だったわ、今度じっくり聞かせてちょうだい」

「恐れ入ります、王妃様」


 ジュリアは怯えて膝を震えさせているゼシフィードのもとに向かうと、その右手で彼の頬を勢いよくビンタする。


「──っ! 母上……!」

「ゼシフィード、私の留守中にいろいろやってくれたらしいじゃないの?」

「そ、それは……!」

「婚約破棄に女の子を監禁して、さらに王太子としての職務怠慢、王家という権威を利用して好き放題」

「あ、あ……」

「アンリ、手紙でもらってた報告書とあと証拠の文書、証言書、すべてあとで引き渡してもらえるわね?」

「もちろんでございます。すぐに」


 ジュリアはゼシフィードにちらりと目をやると、今度は振り向いて聴衆に宣言する。


「皆、国王が遠征中、そして私も会談でしばらく国をあけていたことで世話をかけた。それから国営維持について感謝する。だが、この期間に行われた不正の全てを取り締まり、そしてここにいるゼシフィードより王位継承権を剥奪して国外追放とする」

「なっ! 母上!」

「もうお前の母上ではない。口を慎め!」


 真っ赤な口紅が目立つジュリアは厳しい目と声色で叫ぶ。

 ゼシフィードはその場にへたり込むと、涙も出ぬままに衛兵に連行されていった──

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