閑話 DとRの密会③
ある男は救護箱を手に廊下を歩いていた。
主人の怪我の面倒を見るのも側近の役割であると彼は思っていたのだが、角を曲がった瞬間に対立意見を投げかけられる。
「そういう雑務はあなた様がやらなくても良いのでは?」
「おや、主人の怪我の面倒も見れなくてどうしますか」
「執事もメイドもおりますので」
「私で十分ですよ、このくらい」
「まあ、男の嫉妬は見苦しいですわよ」
女がいる倉庫のほうへと向かうと男は倉庫の扉を閉めて背を預けた。
「それにしてもアンリ様が植物学会の研究遠征を途中で帰って来られるとは、初めてですね」
「ええ、あの方が『毒』よりも興味を持つなんて」
「エリーヌ様がそれだけ大切なのでしょう」
「……ルイス様が知れば、喜ばれるのでは?」
「そうかもしれませんね。あの方は誰よりもアンリ様の『自由』を求めていらっしゃる」
男は近くにあった木の椅子に腰かけると、足を組んでテーブルに頬杖をつく。
彼が少しリラックスしたのを見て、女は自らの黒髪を少し触って耳にかける。
「エリーヌ様は最近表情も明るくなられた」
「はい、アンリ様に会うときも笑顔が増えましたね」
その様子を想像した女はふっと笑って男に問いかけた。
「その笑顔にきっとアンリ様はさらに心の中で悶えているのでしょうね」
「そうですね、私が見る限り端正な顔立ちを崩してはおりませんが、確実に顔が緩んでいますし、声色も明るいです」
「エリーヌ様がこの屋敷に来て、変わっていっている。アンリ様が、そしてここが……」
「我々も含めて使用人も皆、エリーヌ様をよく思っている。それに、アンリ様が何より楽しそうだ」
男は引き出しから紙を取り出すと、なにやらさらさらと文字を書き始める。
そうしてその紙を女に手渡した。
「これは?」
「あなたが会いたがっていた方の居場所です」
「──っ!!」
その紙にはある田舎町の伯爵家の名が記されていた。
女はその紙を大切そうにしまうと、倉庫のドアノブに手をかける。
その背中に男は言った。
「あなたに1週間のお暇を準備しましたから。少し早めの夏休みです」
「──かしこまりました。では、私がいない間はよろしくお願いいたします」
「ええ、しっかり休んできてください」
少し会釈をすると、女はそのまま去って行った。
倉庫に残った彼は一人、部屋の中にある本や絵画、そしてアンリの研究道具の一部を眺める。
その横に伏せるように置かれていたアルバムの埃を払うと、そっとめくって中身をみる。
「不思議なご縁ですね、ベルナール様、クロエ様」
ベルナール宛に書かれた手紙を手に取って裏返す。
『遠く離れた友人たちへ フェリシー・ブランシェ』
手紙はそっと再びアルバムの中へと戻された──
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