第12話 真夜中の王宮夜会(1)
「王宮夜会、ですか?」
「はい、実は第一王子からエリーヌ様への招待状が届いておりまして」
朝の日差しを浴びてうんと背伸びをしながら、エリーヌは目を何度かしぱしぱさせながらロザリアの言葉を受け取る。
「ん……え……? ゼシフィード様が?」
どうやら今しがたようやく頭が働いたようで、ロザリアの言葉がようやく脳に到達した。
きょとんとした表情からハッと顔をあげて焦る一部始終を見ながら、くすりと口元に手をあててロザリアは笑う。
「もちろん、それは歌手としてではなく」
「はい、エマニュエル公爵夫人として招かれております」
その言葉を聞き、小首をかしげながらそっと手を顎に当てて考える。
(じゃあ、アンリ様も招かれているのよね?)
そんなエリーヌの疑問に気づいたかのように、ロザリアは今日着るエリーヌのドレスを見立てて声をかけた。
「今回の招待状、なぜかアンリ様には届いておりません」
「え?」
「エマニュエル夫妻に、ではなくエリーヌ様個人にの封書でございました。しかも、どうやらゼシフィード様はエリーヌ様に直接お渡ししようとしたようです」
ロザリアによると、夜に日用品の補充の為に倉庫に向かったところ、エリーヌの部屋の窓にその招待状が届けられた瞬間を見たのだという。
それは人間ではなく、鷹のようであったと──
「鷹……もしかしてゼシフィード様の部下のビスリーの鷹かしら」
「おそらくはその鷹匠のビスリー様ではないかと」
「でもどうして私だけに……」
「わかりません。こちら、アンリ様に状況をお伝えしようと思いますが」
二人は顔を見合わせて少々困ったように眉を顰める。
どちらからともなくため息が漏れると、エリーヌが口を開いた。
「早馬でアンリ様に連絡しましょう。夜会はいつですか?」
「今夜です」
「今夜!? では、急いでアンリ様には招待状の内容、それから、私が参加する旨をご連絡ください」
「よろしいのですか?」
「第一王子の誘いを無下にはできないし、参加はするわ」
(そう、もう私はエマニュエル公爵夫人の身。それに傷があっては、アンリ様にご迷惑がかかるわ)
背中にあるドレスのボタンをロザリアが止めていく。
着飾った彼女は覚悟を決めるようにその金色の髪を両手ですくいあげると、一気に解き放つ。
彼女の髪の躍動によって巻き起こった風が、カーテンをひらりとはためかせる。
「ロザリア」
「はい」
「夜会用のドレス、小物を見繕いたいのです。お手伝いをお願いできますか?」
「もちろんでございます」
メイド歴12年の彼女は不敵な笑みを浮かべると、細く長い指を整えて両手を重ねる。
長く美しく、そして清潔感たっぷりにまとめられた黒髪を落としながら、エリーヌに頭を下げた。
◆◇◆
馬車が到着したのは王宮の中央に位置する正殿──
業者が扉をゆっくりと開くと、その中から高いヒールを覗かせて一人の女性が降り立った。
(2年ぶりかしら)
そう心の中で呟いた彼女は、水色のヒールで地面を鳴らしながらダンスフロアへとその足を向ける。
通りすがりの者たちは皆、その女性の美しさに見惚れた。
しかし、彼女の視線の先にはすでに『彼』が見えていた。
彼はその女性の姿を見つめると、にたりとした表情を向けて彼女がこちらへ来るのを待った。
ダンスフロアに近づくにつれて、人々はひそひそと囁いている。
「エリーヌ様よ」
「ああ。ゼシフィード様に婚約破棄された、あの」
「歌が歌えないらしいけど」
「それよりロラ様に毒を盛ったってのがまずいよな」
そんな密やかな囁きはすでにその女性の耳にも届いている。
そう、噂の的である彼女の耳には──
(ゼシフィード様の意図はわからないけど、あなたに負けはしない。絶対に)
エリーヌはようやく彼──ゼシフィードの元へと到着すると、そっと持ってきた招待状を見せる。
「ご招待いただきまして、光栄でございますわ」
「ああ、待っていたよ」
そっとドレスの裾を持ってカーテシーで挨拶をする。
腰をぎゅっと絞られた真紅色のドレスに身を包んだ彼女は、ゼシフィードのエメラルド色の瞳を強く見つめた。
(さあ、どこからでもかかってきなさい)
エマニュエル公爵夫人としての鎧をまとった彼女は、真っ赤な唇を動かした──
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