破局した幼馴染とやり直したいけど、絶対に自分からは言い出したくない!

ヨルノソラ/朝陽千早

破局した幼馴染とやり直したいけど、絶対に自分からは言い出したくない

 幼馴染──須々木優奈すすきゆうなと付き合い始めたのは、中二の夏だった。

 毎年一緒に行っていた市の祭り。夜空に花火が打ち上がる中、雰囲気に後押しされ俺は彼女に告白をした。


 そこから二年弱を経て、現在高校一年生。


 ──俺たちは破局していた。


 気怠げにテレビ画面を眺めながら、ぽちぽちとコントローラーを操作する。

 優奈は呆れた表情で俺を一瞥すると、軽く肩をすくめた。


「せっかくの休日に、元カノの家に来てゲームですか。どういう神経しているんですかね、まったく」


 俺も負けじとため息を漏らし、鋭く眼光を光らせる。


「元カノじゃなくて幼馴染の家、ね? そこ凄い大事だから。訂正してもらっていい?」


「私と付き合っていたのは事実じゃないですか。まぁ、隼人はやとくんの節操がないから別れたわけですが」


「俺は一途だっつの」


「カノジョに内緒で女の子とデートに行っておいてよく言いますよね。やましいことがないなら、一言あってもよかったと思いますけど。もっとも、私は決定的な場面を見てますけどね」


「あれは……不可抗力だったんだよ。完全な不意打ちだった」


「あっちからキスしてくるなら、オーケーってことですか。そんな理屈通じませんよ。大体、一番の問題は私に黙って出かけていたことですから」


 険しい表情を隠すように、優奈はそっぽを向いた。

 俺は蚊の鳴くような声で、呟くようにこぼした。


「それは……悪かったって反省してる……」


 物心つく前からの幼馴染。

 お互いをよく知っていたこともあってか、交際は努めて順調だった。


 しかし、ある一件を境に亀裂が走り、あれよあれよという間に崩れてしまった。


 別れた原因は、今の会話の中にある通り、浮気と疑われる俺の行動が原因だ。


 色々と未熟だったのは間違いない。反省している。


 部活の後輩だった子と軽率に出かけなければよかった。

 出かけるにしても、事前に一言、優奈に連絡を入れる配慮があるべきだった。

 もっといえば、後輩からの好意に勘づいておくべきだったのだ。


 ……おっと。

 関係のない話題で白熱してしまったな。


 俺はゲームをしに来たのだ。目的を見失うところだった。


「てか、ゲームの邪魔なんでどっか行っててもらっていい?」


「ここ私の家なんですけど。邪魔者は隼人くんの方なんですけど」


「最新ハードがウチにないんだよ」


「お小遣いで買うなりすればいいじゃないですか。隼人くんは計画性がないですよね」


 俺の頬がななめに引き攣る。くっ、言わせておけば……。


「悪かったな。どっかの誰かさんに貢いでたらいつの間にか消えてたんだ」


「へぇ、そうですか。私は一切頼んでませんけどね! プレゼントも安物でいいって何度も言いました」


「それで安物渡したら露骨にテンション下げますよね? ブランドもの大好きですよね?」


「下げません! 好きな人からのプレゼントならなんだって嬉しいに決まってるじゃないですか」


「す、好きな人ねぇ」


「な、何か悪いですか⁉︎」


 優奈は頬に朱を差し込むと、喧嘩腰に突っかかってくる。

 俺は後頭部をポリポリ掻きながら、テレビゲームへと意識を戻した。


 ゲームのために、わざわざ馳せ参じたのだ。口喧嘩を勃発させたいわけじゃない。


 優奈が近くにいると、すぐ目的を見失いそうになるな……。


 ちなみに俺がやっているのは、赤い帽子と髭が特徴のキャラを操作してゴールを目指す、超有名なアクションゲームだ。

 器用にコントローラーを動かしていると、シトラスの香りがそっと鼻腔をついた。


「……私もやります」


 俺の隣に腰掛け、コントローラーを構えている優奈。


「ふん、まぁいいだろう。足を引っ張るなよ?」


「これ私のゲームですから偉そうにしないでください」


 ゲーム内に、緑の帽子と髭が特徴のキャラが追加される。


 人数が増えたからといってゲーム内容は変わらない。

 さっきまでと変わらず、ゴールを目指して進んでいく。


 俺は右往左往と視線を彷徨わせると、恐る恐る口火を切った。


「まぁ、その、なんというか……俺と別れてから、彼氏とかできた?」


「聞き方が気持ち悪すぎます」


「わ、悪かったな。こういう質問は慣れてないんだよ」


「ふふっ、そうでしょうね」


 クスリと微笑を湛え、目を細める優奈。

 俺は不貞腐れたように唇を前に尖らせ、肩を小さくする。


「で、質問の答え的にはどうなの?」


「元彼と一緒にゲームに興じる暇があるんですから、察してください」


「でも、ほら、お前って無駄に顔いいじゃん?」


「無駄には余計です。……まぁ、隼人くんと別れてからは何度か告白されましたよ」


 アイドル顔負けのルックスに、人当たりのいい性格。特に男子からは高い人気を博している。優奈がフリーだと判明すれば、放っておかない男子は少なくないだろう。


 俺の読みは当たっていたが、交際には至っていないようだ。


「付き合うまでにいかなかった理由は?」


「それを聞いてどうしたいんですか」


「きょ、興味本位だ。言いたくないなら言わなくていい」


「私には好きな人がいますから。その人からの告白しか今は受ける気がないんです」


 ゲーム画面を見ているから、優奈の顔は直視できない。

 けれど、わずかに掠めている彼女の肩がさっきよりも熱くなっている気がした。


「そいつはさぞかしカッコいいんだろうな」


「いえ、全然格好良くないですよ」


「即答かよ」


「はい。なので、私が独占できると思ったんですけどね。意外と女の子にはモテるみたいです」


「あれが例外だっただけだ。俺はモテるような人間じゃない」


「私、好きな人が隼人くんだなんて言ってませんけど」


 俺は頬を紅潮させ、その場で黙り込んだ。


 もう十二分にご理解いただけたかと思うが、俺は元カノに未練たらたらだ。


 ハッキリ言ってしまえば、復縁したいと思っている。

 俺は昔から優奈が好きだし、この気持ちは今になっても揺らいでいない。

 かつての冷戦状態は解け、お互いの意見を面と向かって交わせる位置に戻ってきた。だが、後もう一歩が進まないでいる。


 ピトッと俺の肩に優奈が密着してきた。

 理性をくすぐる甘い香りが近くを舞って、俺の心臓が早鐘を打ち始める。


「ち、近くないっすかね?」


「ソファを二人で使っているんですからやむを得ません」


 別れてからは多少の接触でも、胸がざわついてしまう。

 ダメだ、平常心が掻き乱されている……。


「あ、死んだ」


「よそ見ばっかしてるからですよ」


 動揺していたせいか操作を誤り、キャラの残機がひとつ減る。


 優奈は髪を耳にかけて、小さく吐息を漏らした。


「私たち、別れてからもずっと一緒にいますね。世間では、別れたら気まずくて疎遠になるパターンも普通にあるみたいですよ?」


「なんだよ急に。そういう一般的な例になりたいってこと?」


「違いますよ。……ただ、ちょっぴり期待してしまうってことです。もう二度とああいうことがないって約束してくれるなら、私は……」


 俺はゴクリと生唾を飲み込み、優奈の続く言葉を待つ。


 空気さえもそっと佇む、そんな静寂が場を満たしていく。

 優奈は薄っすらと頬を赤らめ口ごもると、そのままテレビ画面に意識を戻した。


「あ、手が止まっちゃってますね。早くゴールしましょう」


「いや、今、何言おうとしてたの?」


 俺の問いかけには答えず、優奈はゲームに集中してしまう。


 首筋のあたりを意味もなく掻き、吐息を漏らす俺。


 復縁までの道のりは近そうで、果てしなく遠そうだ。



 ★



 優奈の家でゲームを堪能し、日も遅くなってきたため帰宅した。

 といっても、隣の一軒家のため、往復に一分もかからない。


 リビングの冷蔵庫からお茶を取り出しグビグビ飲んでいると、ソファに寝転がっている妹──ひなが投げやりな口調で話しかけてきた。


「その様子じゃ、まだ優奈ちゃんと復縁できてないんだ?」


「……っ。お前には関係ないだろ……」


「大アリだし。はぁ……兄貴がヘタレすぎて、雛は残念だよ。どうしてヨリを戻してくださいの一言が言えないかな」


「言えないんじゃない。俺から言うわけにいかないんだよ」


 交際を始めたのも、終わらせたのも、俺。

 それなのにまた、付き合ってくれとは言えない。


 優奈の口から言ってもらわないと筋が通らない。そう考えている。


「兄貴のその理論、マジ謎すぎて理解できないや。優奈ちゃんを振り回してる自覚あるなら距離置くべきじゃん? なのに未練たらたらで、毎回なにかと理由つけて優奈ちゃんの近くにいようとしてるし」


「お、俺はただゲームをするためにだな」


「はいはい、言い訳乙。結局、振られるのが怖いだけでしょ」


「こいつ……」


 雛に図星を突かれ、俺は下唇を噛む。


 俺に勇気が足りていないから復縁を申し込めていない。その側面もある。

 拒否されたら、その時は近くにいることすらできなくなる。その恐怖は、簡単に太刀打ちできない。


「ヘタレ兄貴、ちょいこっち来て」


 雑にひらひらと手招きして呼びつけてくる雛。


 兄への尊敬の念が微塵も感じられないな……。


「ほいこれ、あげる」


「なにこれ?」


 雛から手渡されたのは、チケット二枚。

 夢の国への入場券だった。


「昼間、ゲーセンで取ったんだよ。雛は遊園地とか性に合わないから兄貴にあげる」


「これ取るのにいくらつぎ込んだんだよ……」


「百円だけど」


「天才かお前は」


 百円でこのチケット二枚は破格だな……。


「そのチケットで誰を誘うかは、言わなくてもいいよね?」


「……遊園地が好きなやつを誘うよ」


「うむ。ならよろしい。下がっていいぞ」


「ういういー」


 遊園地のチケットに視線を落とす。

 これを有効活用しない手はないだろう。



 ★



 翌日。

 俺は教室の一角で、手に汗を握りながら緊張を蓄えていた。


 遊園地に誘うのって、こんなにもハードルが高かっただろうか。


 昼休みになってもいまだ遊園地に誘うことができないでいた。


「てか、ちょっとは俺の相手してくれてもいいんじゃないんですかね……」


 友達と和気藹々と会話に花を咲かしている優奈。


 交友関係が広い優奈は、一人でいる時間が多くない。バーゲンセール品のように、次から次へと人が群がっている。


 誘う以前に、話しかける余地がない。


「どったの? 不機嫌そうな顔して」


 教室の隅で陰鬱なオーラを出していると、クラスのギャルが話しかけてきた。


 普段からほとんど接点がないため、少し身構えてしまう。


「いや、なんでもない」


「そう? あ、てか、髪の毛切ったっしょ?」


 俺は目をパチリと見開き、当惑する。


 確かに土曜日に切ったが、変化は大きくない。

 普段からよく話す間柄ならまだしも、ギャルから気づかれるとは予想外だった。


「よく、わかったな。……そんなに変わってる?」


「うん。結構いい感じじゃん」


「お、おう。さんきゅ」


「ぷはっ、照れてるんだ? 隼っち可愛い」


 ギャルは吹き出すように笑う。

 俺は眉根を寄せて、難しい顔を浮かべた。


「隼っち……?」


「ん? 隼人だよね、名前。だから、隼っち。何かまずかった?」


「まずいことはないけど」


「じゃ、そゆことで。ばいばーい」


 ギャルはひらひら手を振りながら、友達の元に向かっていく。


 この一分足らずで、一気に距離を詰められた感じだ。ギャルのコミュ力は末恐ろしい。


 一歩間違えたら、普通に好きになってしまいかねない破壊力があった。

 ギャルに幻想を抱くオタクの気持ちがちょっとわかるな。


「……っ⁉︎」


 突然、背筋に寒いものが走る。

 ブルッと鳥肌を立たせ肩を上下させる俺。


 微笑を湛えながらも目が笑っていない優奈が、殺気じみた視線を送ってきている。


 いやいや、俺、何も悪いことはしてないよな? 


 ともあれ、これは良くない兆候。

 俺は席を立つと、女子グループの中に突撃することにした。


「あー……ちょっと悪いんだけど、優奈、借りていい?」


「隼人くんと話すことは特にないのですが」


「俺が話すことあんの。てか、視線送ってきたのお前だろ」


「先に視線送ってきたのは隼人くんの方でしょう」


 気づいてたのか……。

 だったら、ちょっとはリアクションあってもよくないか?


「とにかくごめん、ちょっとこいつ借りるから」


「あ、うん。どうぞごゆっくり」


 半ば強引に他の女子から許可を経て、優奈を連れ出す。

 人気のない階段の踊り場に到着すると、俺は優奈に向き直った。


「なんですか、こんな場所に連れ出して」


「あんな禍々しいオーラ醸し出しながら睨まれたら気になるわ」


「睨んでいません。隼人くんがデレデレしているところを見ていただけです」


「で、デレデレなんかしてない」


 優奈は訝るように俺を見つめてくる。


「というか今日の隼人くんは少し変ですよ。今朝からずっとソワソワしていて心配になります」


 ポーカーフェイスを貫いていたつもりだったが、バレバレだったらしい。


 ともあれ、せっかく二人きりになれたのだ。

 このチャンスを活かさない手はないだろう。


「……今週の土曜か日曜って空いてるか?」


「はい。今のところ予定は入ってませんけど?」


「そ、そうか。だったら、その、遊園地一緒に行くか?」


「これまた唐突ですね。……他に誰がいるんですか?」


「二人でって意味なんだけど」


「二人で、ですか」


「あ、えっと、遊園地のチケットが二枚手に入ったんだよ。雛がゲーセンで当てたらしくて、譲り受けたんだ。だから、もしよかったらっていうか」


「なんだかデートのお誘いみたいですね。私たち、もう別れてるのに」


「別れたらデート誘っちゃダメなのか?」


「それは……特に制限なかったと思いますが」


 優奈の透明感ある肌に薄桃色の血色が巡る。

 興奮と緊張を宿らせた瞳で俺を捉えると、ほんのりと微笑みを湛えた。


「タダで遊園地に行けるなら、この機会を逃すのは勿体無いですね。休日は空けておきます」


「お、おお。じゃあ、そういうことで」


 無事に約束を取り付け、心の中でガッツポーズを決め込む。


「隼人くんからデートに誘われるのは久しぶりな気がします」


「そうか?」


「はい。なのでちょっと嬉しいかもです。じゃあ、先に戻ってますね」


「ああ、おう。詳しい予定は後で連絡するから」


 優奈は弾むような足取りで教室に戻っていく。

 俺はドッと押し寄せきた緊張の波から解放され、安堵の息をこぼした。


 なんとか遊園地デートの約束を取り付けることができた。


 あわよくば、そのまま復縁できれば完璧だ。

 雰囲気がよければ俺から言い出すか? いや、だがそれはな……。


 アレコレ考えるのは後か。

 今はデートに誘えた自分を素直に賞賛するべきだろう。



 ★



「ご機嫌だね、兄貴」


 学校から帰宅し鼻歌を口ずさんでいると、雛が呆れ笑いをしながら話しかけてきた。


「プレッシャーから解放された開放感に優る愉悦はないからな」


「ふーん。まぁ、優奈ちゃんと遊園地の約束ができたみたいで雛はなによりだよ」


 雛はよっこらせとソファから腰を上げると、俺の近くまでやってくる。


「あとは、気持ち伝えて復縁するだけだね」


「う……⁉︎」


 俺は苦い顔を浮かべ、雛から視線を外した。


「はぁ……ほんと、ダメ兄貴……」


「そ、そう言われてもな……」


「優奈ちゃんを他の誰かに取られたくないんじゃなかった?」


「それは、そうだよ」


 優奈が他の誰かと付き合っている姿なんて想像したくない。

 俺のそばで笑っていてほしいし、ずっと一緒にいてほしい。


 ただ、だからこそ、なんだろうな。


 俺は一度、優奈をフッたのだ。

 浮気と思われる行為をしたのは俺なのに、だ。


 もちろんフッた事情はある。

 優奈から冷たい態度を取られ、まともに会話できない状態が続き、精神が疲弊していた。当時の心境を思えば、やむを得ない判断だった。


 それから時間による雪解けや周囲のサポートがあって、以前の幼馴染の関係には戻ることができたものの、やはり優奈から逃げた事に対して後ろめたさを覚えている。


 優奈を傷つけておいて、また、付き合ってくれと言い出す勇気が……資格が俺にはない。


 優奈から言ってもらわないと、俺はもう一歩、踏み出すことができそうにないのだ。


「やっぱ、兄貴の考えは雛にはわかんないや」


 雛は困ったように息を吐く。

 じっと俺の目を覗き込むように見つめ、小首を傾げた。


「雛も恋愛したら、ちょっとは兄貴の気持ちわかるかな?」


「どうだろうな。てか、雛にはまだ早い」


「雛、もう中2なんですけど。別に、彼氏作ったって不思議じゃないんですけど」


 中2のときに、俺は優奈と付き合い始めた。

 その俺が、雛に彼氏は早いというのは、筋が通ってなかったか……。


「じゃあ、お兄ちゃんみたいな男にしろ」


「うわ、出たよ兄貴のシスコン……。雛は兄貴みたいな人だけは絶対にお断りだなー」


「なんでだよ」


「だって面倒臭いの知ってるもん。雛は、高身長でイケメンで才色兼備でお金持ちの御曹司の彼氏がいいなー」


「理想が高すぎる」


「むっ、高くないし」


 頬に空気を溜めて、ジト目で睨みつけてくる雛。


 この調子ならしばらくは彼氏できないだろう。お兄ちゃんは安心だ。


「てか兄貴って無自覚たらしな一面あるっていうか、よくわからないところで女の子の好感度稼いでたりするから、注意した方がいいよ」


「注意って何を?」


「せっかく、優奈ちゃんとデートの約束したのに、反故になるようなことしちゃダメって言ってるの。要は、誤解されやすい行動とか取らないようにねってこと!」


「あ、ああ……わかった」


 ピシッと人差し指を顔の前に突きつけてくる。

 俺はのけぞるような姿勢で、小さく首を縦に下ろした。


 誤解を生む行動、か。

 確かに、気をつけた方がよさそうだ。



 ★



 翌朝。

 玄関を出ると、亜麻色の髪を風に靡かせながら電柱に背を預けている優奈と目があった。


「おはよう。……こんなところでなにしてんだ?」


「隼人くんを待ってたんです。一緒に登校したらまずかったですか?」


「いいけど、珍しいな」


「付き合ってた頃は毎日一緒だったじゃないですか」


「そうだけど、それもなんか遠い昔な気がするし……」


「じゃあ、珍しく感じないように、これからは一緒に登校しますか?」


 期待と不安を混ぜ合わせたような瞳で、控えめに提案してくる。

 俺はドキッと心臓を跳ねると、首筋を意味もなく掻いた。


「優奈がいいなら、俺はいいけど。寝坊しても起こしてもらえそうだし」


「やっぱりナシにしましょうか。隼人くん、寝起きすごく悪いですし」


「あ、ちがっ、今の一言は余計だった。ちゃんと毎日早起きするからっ!」


「ふふっ、冗談ですよ。隼人くんが寝坊してたら起こしに行きますね」


 優奈はふわりと微笑み、俺を弄んでくる。

 この些細なやり取りも、俺には至福の時間だった。


 しかし、幸せは長くは続かないもの。


 そう思い知ったのは、彼女がやってきてからだった。


「あ、隼っち。おはー」


 うちのクラスのギャル──柊木ひいらぎさんだ。


 彼女は俺を見つけるなり快活な笑顔を咲かせ、ひらひらと手を振ってくる。


「お、おはよう」


 登校中に声を掛けられるとは思っておらず、少したじろぐ俺。


「んっと、てか隼っちと須々木すすきさんがどうして一緒にいるの?」


 柊木さんは不思議と言わんばかりに俺たちを交互に見つめ、疑問符を頭上に咲かせている。


「私たちが一緒に登校していたら問題ですか?」


「だって二人は別れたんでしょ? なのに一緒にいるのおかしくない?」


「なにをもっておかしいのか納得できないです」


「じゃ、言い方変える。隼っちのこと譲ってもらってい?」


 突然の申し出に、俺も優奈も唖然としてしまう。


「ええっと、俺はモノじゃないから、譲るとかそういうのは」


「あー、そうじゃなくて、アタシが隼っちと一緒に登校したいってこと」


 捉え方によっては、好意とも受け取れる発言に俺は動揺する。

 優奈は『どういうことですか?』と言いたげな瞳で俺を一瞥した。


「隼人くんを譲ることはできないですね」


「でも、アタシが聞いた話じゃ、隼っちの方からフッたんでしょ? もう、隼っちに未練がましく付き纏うのはやめてあげてよ。迷惑じゃん?」


「よく知りもしないくせに口を挟まないでくれますか。いい気分しません」


「んー、伝わんないかな。アタシさ、隼っちのこと前からいいなって思ってたんだよね。なのに、元カノがいつまでもそういう調子だと、困るってゆーか?」


 いよいよ直接的に、俺への好意を言及する。


 理解が追いつかず、俺は息を呑むことしかできなかった。

 いつの間に、柊木さんの好感度を稼いでいたのだろう。


 視線を交錯させ、火花を散らしている両名。

 その渦中に俺がいる事実に、脳が追いつかない。


「柊木さんが困るとか、私には関係のないことですよね」


「うん、関係ないね。でも、ちょっとはアタシの気持ちも汲んでくんないかな」


 修羅場と呼んでも差し支えない空気になりつつある。


 俺は二人の間に割って入った。

 おそらく、ここが正念場。ここでキチンと俺の意思を伝えなければ、また、あの時に逆戻りするかもしれない。


 誤解を生んではいけないのだ。


「未練があるのは俺の方だよ」


「え?」


「俺は優奈と一緒にいることを迷惑だなんて感じてない。だって俺は、優奈のことが──」


 そこまで言いかけて、俺は声を詰まらせた。

 くそ、喉元まで出ているのに……! 


「なに? ちゃんと言って。隼っち」


 柊木さんに催促される。

 優奈もグッと両手を握り締め、俺の言葉を待ち遠しそうにしていた。


「お、俺は、優奈のこと、が……す…………す……」


 改めて言い直すが、やはり最後の一言が出てこない。


 ああ、くそ! 

 この後に及んで、チキっているのか俺は……!


 もうこうなったら勢いで言うしかないだろ!


 しかし、そう鼓舞した矢先、測ったようなタイミングでチャイムの鐘が鳴る。


 近くにいた生徒が一斉に走り出し、校門を目指し始めた。


「あ、今日、朝礼あるからいつもより早いんじゃん!」


 途端、強烈な焦燥感が襲ってくる。

 先行ってるね、と一足先に走り出す柊木さん。


 俺たちも急いで向かわないといけない。


「やば、俺たちも行かないと」


「待ってください、隼人くん」


 優奈が俺の手を掴んで引き止めてくる。


「今、隼人くんが言おうとしてたこと、最後まで聞かせてくれませんか?」


 乙女の表情を浮かべ甘えた声でお願いしてきた。


 俺は頭の中が真っ白になって、ゴクリと生唾を飲む。

 そんな上目遣いをされたら、断ろうにも断れない。


「お……俺は、優奈のことが……」


「おいお前ら、なに突っ立ってんだ。遅刻でいいのか?」


 しかし、俺が覚悟を決めたのも束の間。

 生活指導の先生による棘のある声が飛んできた。


 俺は呆れたように笑みをこぼした。


「いつか言うよ。だから、今は急ごう」


「……絶対、ですからね」


 優奈は不満げに念を押してくる。

 いつかはちゃんと言いたい。けど、復縁するまでは簡単にはいえない。


 我ながら面倒な性格をしていると、そう改めて感じるのだった。





【須々木優奈】


 校長先生による眠たいお話が五分を過ぎた頃。

 私はこっそりとスマホを起動し、メッセージアプリを開きました。


 新着のメッセージ。差出人は柊木さんと表記されています。


『あれでよかった? なんか上手く行ったような行かなかったような気がするけど』


『完璧でした。朝礼があることを忘れていなければ、ですが』


『朝礼は盲点だったね。でも、別れた彼氏の本当の気持ちを知りたいからって、あんな面倒な芝居する必要あったかなー?』


『はい。隼人くんはああでもしないと絶対に自分の気持ちを言ってくれませんから』


『優奈から隼っちに気持ちを伝えるじゃダメなの? アタシが見た感じ、全然、それで問題なさそうな気がしたけど』


『直接表現を避けているだけで、わかりやすいくらい私の気持ちは伝えてます』


『や、そーじゃなくて。ヨリ戻そーって感じでさ』


『私からは絶対に言えません。だって』


『だって?』


『いえ、なんでもないです。また何かあったらお願いしてもいいですか?』


『いいよ。なんか面白いし』


 メッセージのやり取りが終わり、私はスマホをポケットの中に戻します。


 私は、隼人くんが好きです。世界で一番好きだという自負があります。

 だからこそ、隼人くんが他の子と出かけていると知った時はショックでしたし、あまつさえキス現場を目撃した時は気が狂いそうになりました。


 後から詳しい事情を聞きましたが、それでもすぐに許すことはできず、私は隼人くんにひどい態度を取り続けました。


 私が隼人くんに振られるのも、今にして思えば素直に納得できます。


 こんなひどい私には、隼人くんのカノジョになる資格はないです。

 少なくとも、もう一度、隼人くんの方から付き合いたいと言ってくれるまでは。


 要するに、私からは復縁してほしいだなんて絶対に言い出せません。言える立場にないんです。


 今日は惜しいところまでいきました。

 あとちょっとだったのに、つくづく私は運がないと思い知らされます。


 でも今度の遊園地デートでは、絶対に復縁にこぎつけるんですから!


 私は隼人くんの後ろ姿を見つめながら、そう強く決意するのでした。

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