第3話

肩上まで艶やかに伸びた焦げ茶色の髪。


透き通った瞳に、透明感のある肌。


人形のように綺麗な顔立ち。



私と同年代くらいのその子は...



「......うん...?」



目を覚ました私の顔を、じっと見つめていた。



「んえっ!?」



...驚きのあまり、変な声が出てしまった。



「やっと起きた!」



瞬間、彼女の顔に生気が宿った。



「...えっと......」


「細かいことはいいから、一緒にあそぼ!」


「う......」



黄色い声は、苦手なんだよな...



「ね?」


彼女が、私の袖を引く。



「...待って。」


「どうしたの?」


「......これ、何...?」



あなたは誰?とか、ここはどこ?とか、

いろいろ聞きたいことがあったと思うけど、

混乱と、私のコミュニケーション能力がないせいで、変な聞き方になってしまった。



「......」



彼女は、黙ってしまった。

...だけど都合がいい。

今はこの変に浮遊感を感じる世界を整理しなくちゃ。



辺り一面に桜の小木が生えている。

見渡す限りに淡い桃色をしている。

目が眩みそうなその景色に、今にも吸い込まれてしまいそうだった。


それ以外にはなにもなく、ただ大自然のど真ん中に、私と彼女の2人だけがぽつりと存在している。



「ん...と、質問してくれたら答えるよ!」


「...とうとう自分で考えるのを放棄したわね。」


「う゛っ」



彼女は正鵠せいこくを射られたのか、苦虫を噛んだような顔をした。



「......」



...質問した方がいいな......


少し悪い気がしたので、私から話しかけてみる。



「...あなたは?」


「あっ!私はセツナ!って呼んでくれたらいいよ!それでここはね、トワちゃんの夢の中で!心の中の!」


「...ちょ、ちょっと待って。」


「うん?」


「私の名前...」


「?夢だから、そりゃ知ってるよ〜?」


「そういうもの、か....」


「うん!」




「それで、なんだっけ...?私の心が何?」


「今私たちがみてる景色が、トワちゃんの心の中ってこと!」


「この桜が...?」


「んーっと、正確には、桜じゃなくて、アンズの木だね!アンズの花言葉は、疑いとか、早すぎる恋とか、なんだけど...」



「...なら疑いね。」


「ふむふむ、、えっ!?」


「...ちょっと何よ、急に大きい声出して」


「疑ってるの...?なにを、?」



“セツナ”と名乗った彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしている。



「そりゃ、そうでしょうよ。夢とはいえ、いきなりそんなにグイグイこられて、おまけにこんな不思議な景色。嫌でも疑うわ...」


「うう、そんなー、ピンクで可愛いのに、、」


「...私はそうは思わないけど......」


「......」



セツナは黙ってしまった。

...たぶんこれは、私が悪いのだろう......



「えっとなんか...」


「うん?」


「......」



申し訳なさから話を切り出そうと思ったが、

こんな不思議な環境にいるというのに話題が出てこない自分に呆れた。


...なにか言わないと...



「......あなた、人見知りでしょ。」



何を言っているんだ私は!



「えっとー、?」


「あ...ごめんなさい...なにか話さなきゃ、と思ってつい......」


「...ぷっ、あははっ!」



...あれ......?



「どうしたの...?あ、気に障ったならごめんなさい......」


「んー?ううん、違うの!なんていうのかな、トワちゃんって、見かけによらず鋭いんだなーって。」


「見かけによらずって......」


「うん、そうなんだ。ほんとの私は、人見知りで......なんていうのかな、トワちゃんが思ってるよりも明るい子じゃなくって。......ううん、別に、なにか嫌なことがあったってわけじゃないんだけどね。」


「......」



...ここで黙っちゃだめだろ私...



「あっ、ごめんね、話したいことができたら考える前に話しちゃうのが、私の悪い癖なんだ。」



セツナは、いたずらっぽく笑みを浮かべた。



「...ねぇ...」


「うん、どうしたの?」


「......ごめん、やっぱり大丈夫」


「むーっ、そういうの、1番気になるやつ!」


「...ほんとに大丈夫、ごめんね」


「だめ、言ってほしいな?ここどうせ夢なんだし、私たち2人しかいないんだから。」



吹き流れる風は、セツナの綺麗な髪とは対照的な私の髪を微かに揺らした。



「......」


「......?」



セツナが、不思議そうに見つめる。



「...生き苦しいって、思ったことある...?」


「息苦しい?プールの時とかなったりするけど、急にどうしたの?」


「...違う」


「え?」


「もう生きてたくない、とか、自分がいない世界を漠然と想像しちゃったり...そんな感じ...」


「...うーん、ないかなぁ、」


「...そっか。」



......私はなにを言ってるんだ...

いくら夢とはいえ、

......

浮遊感のせいか、これ以上考えることができなかった...



「ない、けど。でもね?」


「......うん...?」



セツナは立ち上がって、こちらに近づいてきた。



「え、ちょ...なに...」



...私は、セツナに強く抱きしめられた。



「トワちゃんがつらい思いしてるのは、分かるから。だから、抱きしめてあげる!」


「......っ」



涙がこぼれそうになる。...辛い。


反射的に振り払おうとした私の腕からは、非力なせいか、彼女のあたたかさのせいか、いつの間にか力が抜けていた。



「...いままで辛かったね、トワちゃんはよく頑張ってるよ。」


「頑張ってなんか...」


「もう、そんな事言わないの。」


「...だって...ほんとに、それに、辛くだって...ないし...」


「言わないでったら言わないで!ほら、これでもう余計なこと言わない!」


「むぐっ...」



セツナは、私の頭を彼女の身体に押しつけた。



「......」



突然のことに胸の鼓動が高鳴る。

...悟られないようにするのが精一杯だった。



「ねえ、トワちゃん。私いま、トワちゃんの顔見えないからね。だから、大丈夫だよ。」


「......っ、」



...瞬間......涙が溢れだした...


いちど出てしまうと、もう......



「...っう....うぁぁ......」


「もう...声でバレバレだよー?」


「...しらない...」



頭をなでられる。

無意識に私も、彼女の背中に手を回してしまう。



「よしよーし、ごめんね、こうすることしかできなくって。」


「...だい...じょぶ...」


「2年生の頃ね、運動会のリレーで転んじゃったことがあって。みんなからは、大丈夫だよって言われてたんだけど申し訳なくって、家に帰って泣いちゃったんだ。」



もう黙って、彼女の声に耳を預けるしかできなかった。



「そしたらね、ママが、いっぱいこうやってギューって、よしよーしってしてくれたの。」


「......」


「あれっ、、嫌だったらすぐ言ってね、?」


「......」


「あっ、こうしてると喋りづらいよね!ごめんね今離すね!」


「...べつに喋りづらくない」


「といいますと?」




「...嫌、じゃないから...」


「うんっ!」




















「...もう少しだけ、こうしてても....」





よりいっそう強く抱きしめられた。

セツナの温かさが、夢だというのによく伝わってくる......


...今だけは、こうしててもいいよね......


アンズの花が吹き揺れる音と、現実味を帯びた彼女の心音に身を委ねた。

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