生まれながらの長老なし
月島金魚
壱
山越え谷越え、これぞ秘境と呼べる山間の沼地のそばに、太古の昔からそこにありそうな大樹の森に隠れるようにして、人気の少ない村が現れた。
「先日のひどい吹き降りで川が氾濫し、水辺の村はことごとくやられたようだが、ここは木々に防がれたらしいな」
そんなつぶやきすら響くような不気味な静寂の中を
「とうとうお前の番になってしまったね。どうか臆病なわたしたちを許しておくれ」
「あの化け物が憎い。なにゆえ我が村を狙うのか……」
なんだ生け贄か、と鬼島は思った。それでさっさと通り過ぎようとした。
「ちょいとお待ちくださいまし!」
老婆の金切り声と、裸足で庭をすっ飛んできた禿げ頭の老爺に着物を捕まれ、鬼島はあれよあれよという間に家の中へと引きずり込まれた。
前に居並ぶ三人はそろって顔色が悪い。が、そのわりには目に力があった。
「俺がこの村を通ることを知っていたな?」
鬼島が凄むと、はい、と老爺は素直に首肯した。
「お侍さまが来るのを見た者がおりまして」
「手は貸さねえぞ」
「そこをなんとか」
「俺はたしかに剣の腕は立つが、先を急ぐ身だ」
老爺は隣で睫毛を伏せる娘を一瞥して、
「ご覧のとおり、うちは貧しい。差し上げるものといえばこれだけですが……」
「いらねえ。生憎女には困ってねえ」
鬼島は目つきは悪いが色気があって、色町なんかに行けば大変とモテた。
とりつくしまもないので、老婆は骨と皮ばかりの両手で顔を覆った。
「村中の娘はもちろん、年端のゆかぬ子どもすらもうおりませぬ。残されたのは……」
「お前んとこの孫娘だけってか」
「いえ、これは
「邪魔したな」
「お待ちを!」
老人二人に馬鹿みたいな力で帯にぶら下がられながらも、鬼島はずるずるそれを引きずって庭へと向かっていった。
「人でなし! 不運に打ちひしがれる年寄りを見捨てて行くのか! 恥を知れ!」
「やかましい! それが人にものを頼む態度か!」
「若者は黙って年寄りの言うことを聞くもんじゃあ!」
「旅のお方」
と、背後でつぼみが震えるような密やかな声がした。娘――否、少年がつつましく指をそろえて頭を下げる。
「どうぞ、そのまま行ってください。とうてい人の敵う相手ではございません。私は喜んで役目を果たします」
「まあ、お前……」
老婆はぱっと振り返り、四つん這いで少年のもとまで戻った。
「刺し違えるつもりなんだね。そうなんだね?」
「うまくいけば、皆の役に立てますから」
「なんていい子に育ったんだろう。……でもねえ、爺さま」
老爺は厳しい顔をして、
「今は亡きお前の母さまもさぞかし誇らしいだろうよ。だがね、決して手を出してはいかん。逆上されれば残されたわしらとて……」
老夫婦が重く押し黙るのを見て、少年は幸薄そうな笑みを紅の濃い唇に乗せ、凪いだ瞳を鬼島に流した。
「ご無礼をお許しください。どうぞ今日のことは綺麗さっぱりお忘れくださいませ」
「言われなくともそうさせてもらうが、お前、剣の心得はあるのか」
少年は体に巻きつこうとしている祖父母をもぞもぞ動いてどかし、帯の下から黒漆の懐剣を取り出した。
「母の形見です。喰われてから、これでぐさっと」
「相手は蛇か」
「はい。どうして……?」
「こういうのは
「たとえそうなるとしても」
少年ははじめて双眸に剣呑な光を宿した。
「私の生を見せつけてやるのです」
くくっと鬼島が喉で笑うと、一同は不審そうにそれを見た。
「――いいだろう。その生、俺が見届けよう」
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