第12話 スキルの検証

 昼食用のパンを買ってから街の外に来た俺たちは、さっそく魔物を見つけるために森の中に入った。ヒール草は森までの道中で確保したから、一つ目の依頼はすでに達成だ。


『エリク、これからはいろんなものを変質させてみようね!』

『果物は絶対だぞ』


 ラトとリルンは俺のスキルで美味しいものが手に入ることを期待しているらしく、さっきから楽しそうだ。


「了解。なんでも触ってみるよ」

『じゃあさっそく、そこの木はどう?』

「木か……」


 木が丸ごと別のものに変質するのなら、森の中でも下手に植物にさえ触れられなくなるな。ただ切り出して使いやすくなっていた木の板は変質したから、木が丸ごと変質する可能性は大いにある。


 大きな木の板がみるみるうちに腐っていったあの絶望感は、いまだにちょっとしたトラウマだ。


「幹に触れてみる」


 皆にそう伝えてから、比較的細くて若い木を選んで恐る恐る手を伸ばした。そっと触れて数秒で手を離したけど、木には特に変化がない。


「何も起きない……か?」

「うーん、変質はしてないみたいだね。どういう基準なんだろう。触れてる時間は関係あるのかな……例えば大きなものは変質に時間がかかるとか」


 フィーネのその意見は一理あるもので、今度は少し長めに触れてみることにした。十秒経って、二十秒経って、それでも全く変化はしない。

 さすがに木はスキルの範囲外かもしれない。そう思って手を離そうとしたその瞬間、いつもの見慣れた光が木の幹に広がっていった。


「あっ、変質が始まったね。一分と少しって感じかな」


 キラキラとした光に包まれた一本の木は、葉の形と幹の色を少しだけ変化させたみたいだ。


「大きなものは時間がかかるんだな」


 これは俺にとって嬉しい制限だ。これなら森の中で木々に手を付いたりしても問題はないだろう。


「これって何の木になったのかな?」

「うーん、何だろう。そもそも俺は最初の木が何かも分かってない」

「ふふっ、私も同じ。植物って種類がありすぎて覚えきれないよね」

「全部は無理だよな。でも大きな変化はなさそうだし……そこまで凄いものにはなってないんじゃないか?」


 素材として使われている葉や枝なら俺が知ってるから、そうでないってことは特に使い道がない普通の木なのだろう。


「どこまでいいものに変化するのかもよく分からないな」

「そうだね……でも何となくだけど、一定以上には品質が向上しないんじゃないのかな。ヒール草に変質する雑草が、ヒール草の上位種であるヒーリング草になることは今までなかったよね?」

「確かに一度もないな。……というか、ヒール草を触ってみればいいのか。昨日は試さなかったけど」


 俺の言葉にフィーネはハッとした表情を浮かべて、地面に視線を落とした。

 それから数分でヒール草を発見することができ、それに触れると――


 ――予想通り、ヒーリング草に変化した。


「やっぱり凄く良い素材を手に入れるためには、それよりは一段階劣るぐらいの素材を見つけないといけないのかもね」

「そうみたいだな。でもその方がすぐに何でも手に入るよりは楽しそうだ」

「ふふっ、確かにそうだね」

『あのさあのさ、ファムの実をエリクが触ったらどうなるのかな! ファムの実の上位種になるんだよね?』


 俺たちの会話を聞いていたラトが、瞳を輝かせてそんな疑問を口にした。


「ファムの実の上位種なんてあるのか?」

『僕は知らないけど、もしかしたら僕も知らない何かになるかも!』

「……確かにちょっと気になるな」


 上位種がなければ変質することはないのか、それとも劣化するのか、似たような希少性のものに変化するのか、はたまた何か凄いものになるのか、試してみたいな。


「すぐにとはいかないけど、ファムの実も探しにいくか」

『うん!』

『おい、魔物の匂いがするぞ』


 ラトと話をしていたら、リルンが森の奥に視線を向けて魔物が近づいてきていることを教えてくれた。リルンはかなり鼻が良くて、人では絶対に気付けない距離からでも魔物の存在に気づけるらしい。

 しかも匂いで魔物の種類まで判別できるそうだ。


「どのぐらいの距離?」

『人の足で歩いて数分だな』

「結構近いね。じゃあ皆で行こうか。魔物の種類は依頼の魔物?」

『ああ、この匂いはアースボアだろう』


 リルンはそこまで告げると、森の奥に向けてゆったりと歩き出した。その後ろをフィーネとその肩に乗ったラトが付いていったので、俺はその後ろに続く。


「アースボアって強くはないよな?」

「うーん、駆け出しの冒険者にとっては強いかな。でもリルンにとっては瞬殺できる相手だよ。エリクって魔物に関してはあんまり知らないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……知識が偏ってるんだ」


 俺の魔物に関する知識は素材の有用性や希少性などに偏っていて、魔物の強さに関するところはかなり曖昧だ。俺にとっては魔物ってどんなに弱いやつでも脅威だしな。


「ああ〜、確かに錬金術師だったんだもんね。じゃあこれから冒険者に必要な魔物の知識も教えるね」

「ありがとう。俺も自分でも勉強する」

「それなら冒険者ギルドにある本を読むと良いよ。冒険者なら誰でも自由に読めるから」

「そうなんだ。それはありがたいな」


 そこまで話をしたところで、先頭を歩くリルンがピタッと足を止めた。リルンの視線の先を見てみると……こちらを警戒するように構えているアースボアがいた。

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