ショート・ショート

@samayouyoroi

天使

その存在は静かに虚空を認識していた。それは我々人類が「宇宙」と認識する空間であり、それは広大というより永遠と呼ぶほうがより適切な、無限に続くかと思われる時間と空間が調和した世界だった。


その存在はじっと虚空を「認識」している。その存在には我々が言い表すところの目という機能はない。もちろん耳というものもないし鼻というものもない。しかしその存在は機能が欠如しているわけではない。そのような不便な機能は必要がないのだ。


その存在を我々が理解しやすい言葉でいえば「神」あるいは「天使」と言い表すのが最も適切であろう。しかし勿論、人類の歴史の中で創作された神々とは全く異なる。名前などないし姿かたちも違う。違うというより我々が認知しうる姿かたちというものがない。人類にはその姿かたちを認識することができない。未来永劫に。


その存在を我々の言葉で表現すれば「銀河系における神の代理」だった。


しかしそれはあくまで我々の言葉で表現した場合であり実態はまた少し違う。何が違うのかと言えば「代理」という表現があまり適切ではない。ある意味ではその存在は神そのものでもある。神の一部というべきか、現身というべきか。そしてさらにややこしいのは「神」とはなにか?というところまで考えなくてはならない点であった。


今回は「神とはなにか」という点についての説明は避けよう。それは説明してもあまり意味のない事なので。まずその存在は全能者ではなくあくまでその代理、あるいはその権能の一部を授けられた存在であるという認識だけすれば問題ない。


しかしその存在は真の全能者ではなくても、我々の理解と運命を超越した存在であることには変わらなかった。


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我々が銀河系と呼び表すこの虚空には様々な意思が渦巻いている。それぞれの意思はお互いを認識できる場合もあるができない場合も多い。


我々人類に理解しやすい言葉で表現すれば「地球人から見た宇宙人は無数に居るが、地球人側からもその宇宙人側からもお互いを認識できない」となる。もちろん宇宙人同士もほぼ同様で、つまり大体の場合で互いを認識できない。さらにお互いは虚空の遥か彼方同士であり、まず技術力の問題でコンタクトは厳しかった。


そしてその存在は銀河系宇宙に渦巻く無数の意思を完璧に把握しているし、その全ての望みを叶えようと思えば叶える事ができた。


例えば「世界を支配したい」と思う意思が複数あったとする。この全てを叶える事は不可能に思えるが、その存在にとっては簡単であった。彼専用の銀河系宇宙を作ばいいのである。その彼専用の銀河系宇宙は彼が支配者であるという点以外は従前と何も変わらない。もちろん彼が死んだ後もその銀河系宇宙は存在し続けるし、実はそういう分岐宇宙はいくらでもある。そしてその全てがその存在の管理対象であった。


しかしその存在は、願いあるいは祈りというもの完璧に把握し続けているにも関わらず、大体の場合においてそういう事はしない。面倒という訳でもない。条件がある訳でもない。ただ願いを叶えないだけであった。


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今もその存在は無数の願いや祈りを認識し続けている。もちろんそれは神だの主だのイエスだのアラーだのブッダだのという適当な名前での呼びかけではあるが、その存在にとってそれは問題ではない。


そしてその願いや祈りは消える事なくその存在に蓄積されている。なのでもしその存在がもっと人間に近い感性をもっていたのなら「つい先日の願いと全然違うが?」という指摘をするかも知れない。もちろんそんな事はしないが。


その存在は、銀河系宇宙に存在する全ての生命の願いを完璧に把握し続けているにも関わらず、特にその願いを叶えようともせず、さりとて滅ぼそうともせず、永遠の虚空の中で、永劫の時の間で、ただ監視し続けていた。

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