EP2.【真依視点】異名同音《エンハーモニック》のふたり

 この世界は理不尽がはびこっていて。

剥き出しの……うーん、もうちょい捻ろう。


 ズレてきていたギターケースを背負い直し、ブロンドアッシュに染めたてで、自慢のストレートロングヘアーを梳く。


「アンタが! ……んなだから! 」


 曲の歌詞を考えながら、ぼーっと商店街を歩いてたら。

甲高い女性が怒るような声が聞こえて。


「配り終えるまで帰ってこなくていい…… “祝福”を!」


 でっかいおばさんの背中しかみえないけど、酔っ払いかな?

振り上げた手は思い切り振り下ろされて、バチーンと強い音を立て。地面を揺らすように立ち去っていった。


 それはそうとして、探していた自販機があったのでお札を投入。


「あの……神様……を……信……か?」


 拒絶するように押し戻された1000円札を伸ばしていると。

最近流行の有名歌手みたいな、美しい低音ボイスが後ろから聞こえてきた。


 神様? もしかしてさっきの人のツレかな。

宗教勧誘だったのか。一生関わらんわ私。


 最悪だ。取り出したペットボトルは全然冷えてなくて。

飲みかけのから消費するか。とため息をついて振り向くと、震えた手で通行人にチラシを差し出している少女が見えた。


 あまりに不憫なその子を、通りすがる人がみんな哀れみの目で一瞥し目をそらす。


 チラシを差し出された人は、汚らわしいものを見てしまったかのように侮蔑の表情を浮かべて見下していた。


 身長150cmくらい? 私より頭半分くらい小さな女の子で。

日曜日の真っ昼間。自転車が横を駆け抜ける、狭くて古いアーケード商店街。


 そんな場所には似つかわしくないピンクフリルのブラウス、リボン付きのチェックスカート、青いメッシュの入ったツインテ。


 まるで私の書いた歌詞に出てくるような、お手本みたいな地雷系ファッションのこの少女は、半袖でも汗ぐっしょぐしょになるこの時期に長袖。


 かわいい格好してるなーなんてて見ていると。

視線が合ってしまい、ギョッとした。


 頬に手の後を付けて赤く腫らし。

今にも泣き出しそうになりながらも、申し訳なさそうにしていることよりも。


 光が一切ともっていないそのうつろな瞳は漆黒で。

吸い込まれるような美しさだった。


「わたし、神を人々に広める活動を……」


 聞いてもらえていると勘違いされたのか、カンペでも読むかのように饒舌になって。無機質な低音ボイスが私の右耳から左耳に素通りしていく。


 あどけないながらに整った顔立ち。中学生? いや、ギリJKってところか。


 目線を泳がせながら、赤字でぶっとく神様のここが素晴らしいみたいな事が書かれたチラシを渡してくる。

 が、申し訳ないけど手を突き出して要らないとジェスチャーで伝える。


「そう……ですか……」


 抗うことを諦めてしまった絶望の顔。思わず、口が開いてしまう。


「ねぇ、死にたいと思ってる?」


 身体をビクッと大きく震わせ、彼女の驚きの表情が、私の目を貫き――。


 あ、ヤバ。マズいところに踏み込んだ。


「いや今のは……」


 買ったばかりのペットボトルを落としたことに、この時気付かなかった。

 

 少女の目に光が灯り。儚くも、この世で最も美しい笑顔に変わり。


「――はい」


 私の心は囚われ、少し前までそこにいた自分を重ねてしまった。

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