『白い燕』待望論 09 —大人って大変—
「その前に……君は誰かな」
「失礼。私はグリムだ。もしかしたら、先の渡り火竜戦の報告書に私の名前も書かれているかもしれないね」
「勿論、目は通したよ。君が……そうなのか。二人とも、彼女がグリム君で間違いはないかね?」
サイモンさんは私とエンダーさんを見る。私とエンダーさんは、神妙に頷いた。それを確認したサイモンさんは、グリムに頭を下げる。
「君の活躍は聞き及んでいる。私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」
「なに、私は大したことはしていない。しかし、礼をくれるというのなら遠慮なくもらうぞ?」
「はは、勿論だとも。相応の額を振り込ませてもらうよ。ただ、名義上だけでも冒険者になってもらえないかな。組織というのは面倒くさいものでね」
「——いや、サイモン。私が欲しいのは、情報だ」
グリムの言葉に、サイモンさんの眉がピクリと動く。怒って……はないようだ。
「……それがさっき言っていた目的というやつか。いいだろう、話してみなさい」
「感謝する。まず一つ目。三つ星冒険者『歌姫』クラリスの居場所を知りたい。何か知っているか?」
「……ふうむ。残念ながら把握していない。それに、もし知っていたとしても、正当な理由なしにギルドから個人の情報は教えられないな」
かぶりを振るサイモンさん。当たり前だ。平時にいちいち冒険者の動向は探っていないだろうし、サイモンさんにもギルド長としての立場がある。聞く相手が——。
しかし、グリムはとぼけた表情で続けた。
「——正当な理由? それならあるぞ。これからこの『白い燕』は『厄災』ジョヴェディを倒しに行くんだ。奴はこの地を塵に還すと言っているんだろう? 充分な『異常事態』だと私は思うが」
その言葉にエンダーさんは軽くヒューと口を鳴らす。サイモンさんは目を瞑り、声を絞り出した。
「……まあ、君の言う通りだ。ギルドとしても、この事態に心情としては動きたい——相手が『魔物』ならね」
ん? どういうこと? 確かに『厄災』は魔物じゃないけど、そんなこと言ってられる状況じゃないんじゃない?
だが、グリムはその言葉を聞いて、何やらピンときたようだ。
「……なるほど。知性のある者相手だと、ギルドは表立っては動けない、か」
「……そうだ。護衛の依頼で賊を返り討ちにするのとは訳が違う。極端な例を挙げれば、『厄災』を利用した国家間の戦争の可能性だって考えなければならない。ギルドは中立だ。詳細がはっきりしない限り、迂闊には動けないんだ。すまない」
そう言って、サイモンさんは軽く頭を下げた。
うーん、確かに悪いことを考える国があって、『厄災』と結託して戦争、もしくは『厄災』打倒の大義名分を利用して他国に攻め込むなんてことは可能性として一応ある。
でも、このトロア地方の国家間の関係は良好で、そんなことを心配する必要はなさそうだが——世界規模で見れば、こういう状況下では中立を謳うギルドが気軽に動く訳にはいかないのだろう。
仕方がない、私達二人で頑張るか——と、私は諦めかけたわけだが、グリムはサイモンさんに頷いてお構いなしに話を続けた。
「分かった。では、話を変えよう。これから私達は中央部にピクニックに出掛けようと思っているんだ。だが、女性の二人旅だ。なんとも心許なくてね。そこでだ——」
グリムの口角がわずかに上がった。
「——護衛を依頼したい。出来れば女性冒険者がいいな。私達はか弱いから、男性冒険者は怖くてね。欲を言えば三つ星冒険者。それに付け加えるなら、道中の退屈しのぎに歌がうたえる人なら最高だ。どうだろう、条件に合う冒険者はいるかな?」
サイモンさんは顎を指で包み「ほう」と言って、考え込むフリをする。そして、グリムのように口元を緩ませた。
「なるほど、それなら一人心当たりがある。『歌姫』クラリスという冒険者だ。最近三つ星冒険者になった人物だが、構わないかな?」
「ああ、その名前は聞き及んでいる。願ったり叶ったりだ。それでは、正式に彼女に護衛を『依頼』したいのだが」
「そうだな。ただ困ったことに、彼女の居場所は今は分からなくてね。しかし、他ならぬ『白い燕』からの依頼だ。特別に、彼女あてに『緊急招集』をかけるとしよう。では、クロッサ君に依頼書を提出しておいてくれ。あとは私の方で上手くやっておく」
そう言ってサイモンさんとグリムは視線を交わし、不敵に「フフフ」と笑い合う。大人って大変なんだなあ、とボンヤリ眺めていた訳だが、さすがはグリム、私じゃ何回人生やり直しても、こう上手くは立ち回れないだろう。
そんな感じの回りくどいやり取りを終えたところで、グリムは話題を変えた。
「では、次だ。『厄災』ジョヴェディと相対した人物、この国の魔法兵団長グリーシアとやらと話がしてみたい。その場を設けてもらうことは可能か?」
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