『白い燕』待望論 08 —ギルド長室にて—
「……あ、どうも……」
——この人……エンダーさんの活躍は聞いた。先の渡り火竜戦において、最後の壁として奮闘したことを。でも、なんかこういう感じの人、苦手なんだよねえ。
「まあ、かけてくれよ。一緒に食事でもしようじゃないか」
「タダ飯か?」
「はは。この前の戦いで稼がせてもらったからね。別に構わないさ」
「……いえ……私達の分は私が出しますんで……」
お金ならある。この前、ヴァナルガンドさんを倒したことによって振り込まれた過剰なお金が。だから、この人には借りを作りたくない。
「ヒュー、さすがは『白い燕』。そりゃそうか。なんたって君は、特殊個体『女王竜』を討伐したんだ。確かにお金には困っていないだろうが、僕だって身に余る報酬を貰ったんだ。ここは僕に払わせてくれ」
「……へ? 報酬……?」
待って。何それ。討伐? お金? いやいや、ここに来る前に必要な資金を下ろしたんだが、別に残高は変わってなかったぞ。
まあ、女王竜は確かに私が倒した絵面にはなったのだが、結局、倒したのは『厄災』達だし。付け加えて言うなら、私は火竜でさえ一匹も倒していない。
それに、お金の為に戦った訳じゃないから別に——と、あれこれ考えて挙動不審になる私のことを、エンダーさんはポカンとした表情で見つめる。
「あれ? もしかして、貰っていない……とかかな?」
「……あ、いえ、その……はい……まあ……」
口ごもる私を見て、エンダーさんは真顔になり、突然ガタッと立ち上がった。
「……グリム。彼女を連れてきてくれ。僕が問いただしてやる」
「ふむ。了解した」
グリムにそう告げ、受付へと向かい出すエンダーさん。私を引きずって後をついていくグリム。え? なに? なんなの?
周囲の視線を集めながらズルズルと引きずられ、恥ずかしさのあまり顔を覆う私。そして——。
「やあ、クロッサ。話があるんだけど、ギルド長はいるかな?」
——エンダーさんは大きな丸眼鏡の受付嬢、クロッサさんに声をかける。いつもいるな、この人。
「え、はい。ちょうど良かったです、『白い燕』さんにお話しが……」
「そうかい。なら、失礼させてもらうよ」
「あ、ちょっと、エンダーさん!?」
エンダーさんはクロッサさんの制止を振り切り、ギルドの奥へとズンズン進んでいく。慌てて後を追いかけるクロッサさん。グリムも私を引きずりながら後を追う。
いやいや、気持ちはありがたいが、強引ではないか? それに、私はお金は別に——
「あのー、私は——むぐっ!」
開きかけた私の口を、グリムが塞ぐ。なんなのさ。
まあ、グリムがノリノリでついていく所を見るに、何か考えがあるのだろう。もしくは、ただ楽しんでいるだけなのか。彼女の性格上、後者の可能性が大いにあるのだが——やはりこのギルドには、敵しかいない。
そして——
——ココン、コン、ココン
「……そのノックは……入りなさい」
エンダーさんがリズミカルに扉をノックすると、中からギルド長サイモンさんの声が聞こえてきた。
ゾロゾロと部屋の中に入る私達。最初は驚いた表情を見せたサイモンさんだったがすぐに気を取り直し、私達に椅子に座るように促した。
エンダーさんは座るやいなや膝に肘を乗せ身を乗り出し、サイモンさんに問いかけた。
「やあ、ギルド長。単刀直入に聞く。なぜ先の戦いの最大の功労者、『白い燕』に報酬金が振り込まれていないんだい?」
いつものキザったらしい様子は影を潜め、真剣な表情で問いただすエンダーさん。私は慌てて否定する。
「いや、待ってください! 最大の功労者って、あの場にいた人全員でしょう? むしろ私は、独断行動でみんなに迷惑をかけたというか……」
自信なさげにごにょごにょと言う私。先日のあの戦いは、誰か一人欠けても完全勝利はなかったと聞かされた。
火竜百頭に加え、特殊個体『女王竜』の襲撃。それを死者ゼロ、街への被害ほぼゼロで乗り切ったのだ。
私は何もしていない、と言うほど謙遜はしないが、それでも最大の功労者というほどには活躍していない。結局は、みんなのおかげだ。
サイモンさんとクロッサさんはエンダーさんの目的を知り、互いに頷き合った。
「なるほど、君達が来た理由は分かった。だが、エンダー君。私達も悩んでいたんだ。彼女、リナ君はギルドに顔を出してくれなかったのだよ」
「え?」
「え?」
固まる私とエンダーさん。エンダーさんは私に向き直る。
「……もしかして君は、あれから一回もギルドに行ってないのかい?」
「……え、あー、はい、まあ……」
言われてみれば、行ってない。何しろ私はあの戦いの後、一週間近く寝込んでいたのだ。その後もバタバタして、行く機会はなかった。というか、別に行く必要性を感じていなかった。
クロッサさんがコホンと咳払いをして、私に説明してくれる。
「緊急クエストとはいえ依頼は依頼ですので、本人による達成報告が必要なんです。融通がきかなくて申し訳ありません」
「……い、いえ、ごめんなさい!」
そういえばみんなギルドに行ってたな、あのライラでさえ。私が寝込んでいる間、『一つ星になったよ!』って自慢げにギルドカードを見せてくれたのを思い出す。そんなことを考えている私を余所に、クロッサさんは続ける。
「——それでも『東の魔女』セレス様から上がった報告書を元に、振り込もうとはしたんです。ですが、その報告書や関係者の話によると、リナさんは特殊個体を討伐したとかで……」
「なるほどね……『特殊個体の討伐は、討伐記録の確認により依頼達成』。確か、そうだったよね」
エンダーさんが肩をすくめた。隣りでグリムも真似して肩をすくめる。くそっ、なんか腹立つな。
「ええ。ですのでシステム上の理由もありますが……リナさんに関しては、観測史上初の特殊個体『女王竜』の討伐ということで金額が確定できず……リナさんにだけ『緊急招集』をかけようか、という所まで話が進んでいたんですよ」
「……あ、なんかすいません……」
「いえいえ」
頭を下げあう私とクロッサさん。サイモンさんが後を引き継いだ。
「そういう訳でだ、リナ君。ギルドカードを提示してもらえるかね」
「あ、はい! すいません、サイモンさん……」
私があたふたしてギルドカードを差し出すと、サイモンさんが受け取りクロッサさんに手渡す。そして何やら耳打ちした後、クロッサさんは一礼して退室していった。
「では、確認するのでしばらく待っていてくれ。申し訳ないね」
「いえいえ!」
参ったぞ。こんな事しに来た訳じゃないのに。本来、このギルドに来た目的は——。
と、その時。今まで静観していたグリムが口を開いた。
「そういうことならサイモンとやら。時間潰しをしようじゃないか。私達が今日ここに来た目的は別にあるのだが、少しいいかな?」
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