崩れゆく歯車 03 —邂逅の儀—
莉奈は馬車を停め、アオカゲを馬房へと導く。そこにはもう一頭の馬が、今にも飛び出さんとする勢いで莉奈を迎えてくれた。
「ただいまー、クロカゲ。聞いたよー、大活躍だったじゃん!」
「ブルッ!」
莉奈は馬房の扉を開け、アオカゲを中に入れる。クロカゲは嬉しそうに莉奈に顔を寄せ、それを見たアオカゲも負けじと莉奈に頬を寄せてきた。
「あはは。二人とも、ありがとね。大変だったよねー、ゆっくり休むんだよ?」
「「ブルッ!」」
二頭の首を撫でながら、莉奈は感慨に耽る。この二人には、本当にお世話になった。
クロカゲはヘザーを乗せ、状況は違えど十日ほどかかった今回の道のりを、五日で駆け抜けてくれたのだ。
そしてアオカゲ。彼はクラリスを乗せ、莉奈の後を必死についてきてくれた。
あの時、もし彼が遅れるようなことがあって、歌の範囲外に出てしまっていたら——その先は考えたくもない。
こうして二頭と存分に触れ合い食事を用意してあげた莉奈は、二頭に手を振って家へと入っていく。
「たっだいまー!」
莉奈が家に入ると、先に家に入っていた誠司、ヘザー、グリム。そして、レザリアとカルデネの姿があった。
全員揃ったことを確認したカルデネが、口を開く。
「……セイジ様。ライラはバッグを持って眠りについた?」
「……ああ。昨日は頑張って夜更かしをしたみたいだが、もう、いつでも起きられるだろう」
緊張を隠せない誠司の声。その言葉に、カルデネは笑顔を作って答えた。
「……そう。じゃあ、始めようか」
「——では、皆さん。ついて来て下さい」
ヘザーの誘導で、一行は彼女の部屋から繋がっている、『魔女の家』の地下に造られた書庫へと移動する。
部屋に向かう途中、莉奈はグリムを小突き耳打ちをした。
(……カルデネに聞けなかったね)
(……ああ。出来れば、始まる前に聞きたかったが……)
二人は顔を見合わせて、ため息をついた。カルデネの様子を見る分には、何か危険なことが起こる訳ではなさそうだが——。
ヘザーの誘導で、莉奈達は階段を降りる。
莉奈にとっては初めて入る書庫。そこには。
「すっご……」
レザリアから広いとは聞いていたが、『魔女の家』と同じくらいの広さの部屋に、本棚が所狭しと並んでいる。
その本棚にも本がびっしりと並んでおり、莉奈では一生かけても読み尽くせないであろう量があるのが一目でわかった。
その部屋の中央にはテーブルと椅子が置かれていた。カルデネはここで研究をしているのだろう、テーブルの上には本が乱雑に積み上げられている。
そして部屋の奥の方、そこには武器類や道具類が並べられており——
(あれは、ヘザー……?)
——その場所には、ヘザーと同じ姿をした人形が佇んでいた。
ヘザーが莉奈に、小声で囁く。
「あれは、私の予備の人形です。確か『スペアボディ』って言うんでしたっけ?」
「はえー……これは確かに、あまり人には見せたくないよねえ……」
すっかり呆けてしまう莉奈。グリムも興味深そうに書庫を見回している。
カルデネはテーブルの前に立ち、皆の方を振り向いた。
「じゃあ、おさらい。グリムがこの前言った方法で、間違いなくセイジ様とライラは逢える」
「……本当なんだね?」
誠司の上擦った声。カルデネは優しく頷いた。
「うん。まず、ライラがバッグを身につけた状態で眠る。これは済んでるんだよね。これでヘザーのバッグは、空間内に持ち込まれた。そしてこの書庫から、ヘザーにバッグを通して空間内に出てもらって、その後、セイジ様を引き上げてもらう。そして、セイジ様がライラを起こせば——」
カルデネは寂しく微笑んだ。
「——二人は、逢えるよ」
「……危険は、ないのかな……?」
冷静を装い、危険性に関して尋ねる誠司。だが彼の声は、期待に震えている。
「うん。ただ気をつけて欲しいのは、その空間の持ち主——ライラが寝ている時はセイジ様。その逆、もしくは二人とも起きている時はライラの中に空間があるから、空間の持ち主じゃない方はバッグを通っちゃダメ。魂は空間の中にあるから、肉体が魂から離れたら……セイジ様ならわかると思う」
「ああ。下手をすれば、死んで、しまうな……」
「……そう。その瞬間、役目を終えた空間も消えてしまうかもしれない。でも、バッグを出入りさせられるのはヘザーだけだから、ヘザー、覚えておいて。どっちかが寝ている時に、起きている方がバッグを通れる。これさえ守れば大丈夫。よろしくね」
「承知しました」
深々と頭を下げるヘザー。彼女にとっても、誠司とライラの邂逅は長年の悲願なのだから。
「う、うむ。では早速、始めてくれ……」
落ち着きのない誠司。無理もない。やっと、やっとなのだ。
誠司の顔を盗み見た莉奈は、彼の目が潤んでいるのを優しく見守った——。
——そして始まる、邂逅の儀。
ヘザーが顔の前辺りの空間に両手を当てると、バッグの入り口くらいの大きさの穴が空いた。
そこに手を入れ、顔を突っ込むヘザー。そして、彼女はその穴に入って行き——程なくして、穴からヘザーの手が伸びてくる。
「さあ、セイジ。私の手をつかんで下さい」
「……あ、ああ……」
眼鏡を掛け直し、震える手でヘザーの手をつかむ誠司。そして彼の身体も——穴の中へと消えていった。
その様子を見送った莉奈は、カルデネに尋ねた。
「……ねえ、カルデネ。これで良かったんだよね……?」
その言葉に、カルデネは目を伏せる。
「うん……最悪、リナに迷惑かけちゃうかもしれないけど……」
「……私?」
何かしらの不安要素。
ただ、今は邂逅を果たす二人を祝福しよう——残された莉奈、グリム、カルデネ、レザリアの四人は、そう思いながら書庫に空いた穴を眺めるのだった。
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