白い燕の叙事詩 03 —希望の炎—






 あれから数時間。もう深夜近くなるが、私の『腐毒花焼却大作戦』はまだまだ続いていた。


 気持ち悪い。私は水筒に残った解毒薬を、一気に飲み干した。


「……ごめん『義足の剣士』さん。解毒薬、無くなっちゃったや」


 彼の調べてくれた腐毒花を焼却するルートは、ようやく半分を過ぎたあたりだ。


 彼は私のお願いを聞いて、腐毒花が密集している地域を全部調べてくれた。


 そして、そもそも周辺に住んでいる者はいないのだが、万が一にでも巻き込まないように腐毒花の群生地から比較的近い場所に住んでいる人達には、避難勧告もしてくれたそうだ。有能すぎる。


 そして今も——。


『——莉奈、解毒薬の入った水筒だ。受け取りなさい』


「おわっ!」


 ——突然目の前に現れた彼は、私に水筒を手渡し落下していく——。


 と思いきや、次の瞬間には女王竜の背中に瞬間移動していた。全く、なんなのよ。私は水筒を肩にかける。


「びっくりさせないでよ、もう……でも、ありがとう!」


『——気にするな。さあ、そろそろ右方向に旋回、砂の城を目指すぞ』


 私は『義足の剣士』さんの指示で、コの字を描くようなルートを取っていた。彼が言うには、これでこの地方の腐毒花の半分以上が焼却出来るらしい。


 腐毒花の群生箇所が、トロア地方中央南部でも東寄りなのが幸いだった。


 全てが無事に終われば、その後は人の力でも何とかなるかも知れない——とは彼の弁だ。


 そろそろ次の炎が来る。女王竜の吐き出す『希望の炎』。


 私は女王竜を誘導し、次の場所へと誘い出すのであった——。









 ——焼き尽くす、焼き尽くす、焼き尽くす


   大地を、瘴気を、腐毒花を——。




 更にあれから数時間。腐毒花を焼き払いながら、私は飛び続けた。疲れはない、クラリスの歌のおかげだ。


 だけど——彼女はもう、半日近く歌い続けている。アオカゲの体力も心配だ。二人とも、よくついて来てくれた。


 本当に、ありがとう、ありがとうね。もう少し、あと少し、もうすぐ終わらせるから——。




 そして私は、この目的の終着点である砂の城へと——って、なんだアレ!?


 ——そう、砂の城を目指していた私の目に見えて来たのは、女王竜と同じくらいの大きさの人影、『砂の巨像』がそびえ立つ姿だったのだ。


「な、な、なにアレ!」


『——見ての通り、砂の巨像だよ。マルティが作ったんだろうね』


「いやいやいや、大き過ぎるでしょ!」


 そびえ立つ砂の巨像。その足元には、腐毒花が咲き誇っている。私は一旦、女王竜に炎を吐かせたあと、その肩に見える三人の人影へと飛び向かった。


「リナさん!」


「リナちゃん!」


 三人の人影は、予想通り『厄災』のみんなだった。私は両手を振りながら近づき、ルネディの前に降り立つ。


「ルネディ! 秘訣!」


「ごきげんよう、リナ……って、いきなり何かしら?」


「今度会ったら教えてくれるって言ったじゃん! 胸が大きくなる秘訣!」


「……あなた、最初に言う言葉がそれ……?」


 呆れ顔のルネディ。でも、その口元は緩んでいる。その様子を見たメルとマルティは、ポカンとしてしまっていた。ごめんね二人とも。でも、私にとっては世界よりも重要なこと——


『——莉奈。こんな状況でふざけないでくれ』


「……はい、ごめんなさい」


 頭に響く、叱責の声。まあ、無理もない。女王竜は灼熱の身体を輝かせ、こちらに向かい真っ直ぐに飛んできているのだから。


 今、女王竜の周りには取り巻きの渡り火竜は二頭しかいない。


 取り巻きの火竜達の炎も利用していたが、この長時間の空の旅で力尽きた竜達は、『義足の剣士』さんの手により全てが斬り落とされてしまったのだ。



 そして今、残り二頭の火竜も——。



 ——役目を終えた彼らの上空に、瞬間移動で現れる『義足の剣士』さん。



 彼は、落ちながら太刀を構える。


 外衣が風にはためく。刃が満月を映し出す——。


 刹那、二度、煌めく光。


 火竜の首が落ちてゆく——。



 ——強い。強すぎる。さすがはキラキラ星。



『——……そのネーミングセンス、どうにかならないかな』


「……あっ、聞こえちゃってた?」


 彼は、私達のいる方と逆の肩に現れる。そしてその長い太刀を振る所作を行い、鞘に収めた。


『——さて、アレはでかすぎる。君達、力を貸してくれないか』


「ふふ。当たり前じゃない。そのために待っていたんですもの」


 ルネディがクスクスと笑い、一歩前に出た。私はルネディに声を掛ける。


「ねえ、ルネディ。大丈夫なの?」


「あら。せっかくだから、リナも見ていってちょうだい」


 そう言いながらルネディが腕を振り上げると、瞬く間に地表は影に覆われ、地面から無数の長い手が生えてきた。


 その手はどこまでも伸びてゆき、空中を飛んでいる女王竜を絡めとって——そして、地上へと引きずり落とした。


 女王竜が叫び狂う。なんとか身体を動かそうと、暴れようとしているみたいだけど——今や女王竜の身体は首から下、身体全体が影で覆われており、ピクリとも動かない。


 私は驚嘆する。


「ルネディ……あなた、こんなに強かったの?」


「ふふ、リナ。そう言えばあなたには言ってなかったわね——」


 満月の下——月下美人は、私にドヤ顔で微笑んだ。


「——満月の夜の私は、無敵よ」







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