白い燕の叙事詩 02 —砂の城④—






『義足の剣士』さんの言葉に力強く頷くマルティ。私はマルティに尋ねる。


「ねえ。マルティは大丈夫なの?」


「……うん。怖いけど、大丈夫。私、みんなを助けたいから……」


 やっぱり、メルの言う通り優しい娘だ。私はたまらず立ち上がり、マルティの頭を優しく撫でた。


「偉いんだね、マルティは。怖かったら、私達に任せて逃げてもいいんだからね?」


「リナさん……」


『——それはつまり、君は私のお願いを聞いてくれるということでいいのかな?』


 その言葉に、私は苦笑をする。


「いや、まあ、本当に女王竜っていうのが来たらですよ?」


『——すまない、ありがとう』


 彼はそう言って、再び頭を下げた。いや、最強の三つ星冒険者がやめなさい。


「頭を上げて下さい。上手くいくか分からないですし、私、へっぽこですから。あと……自分で言うのもなんですけど、私、そこそこ重要な役割をやることになると思うんです。私が抜けて、あっちは大丈夫なんでしょうか……」


 そうだ。女王竜を引きつけられたとして、渡り火竜を全部引きつけられるかどうかは分からない。私の方が上手くいったとして——戻ってきたら全滅とか洒落にならない。


 あえて極論を言わせてもらうなら、私は世界なんかどうなったっていいのだ。私は私の知っている人達を守れれば、それでいい。


 とは言っても、世界を守らないと私の知っている人達も守れないのだが——。


『——まあ、厳しい戦いになるだろうね。けど「その時」が来るまで耐えることが出来れば、大丈夫だ』


「……『その時』?」


『——そうだ。女王竜が来るのが日没前。そして日没後、この城を目指している人物が二人到着する』


 彼の言葉を聞いたマルティの口元が緩む。まさか、と私が彼女の方を見ると、彼女は慌てて自分の頬をピシャンと叩いた。その反応、間違いない——。


「……ルネディと……メル?」


「うん! この城に向かっているらしいの!」


 こらえきれずに満面の笑みを浮かべるマルティ。うん、かわいいぞ。


「……あの、本当……なんですか?」


『——ああ。にわかには信じ難いと思うが、私の力だと思ってもらって差し支えない。彼女達は、来る』


 仮面越しにも伝わる、彼の自信に溢れた表情。


 でも彼女達が来たとして、目的のマルティに会ったら私達を助ける義理なんかないんじゃ——。


 そんな私の気持ちを見透かしたかのように、マルティは私の手を取る。


「それでね、リナさん。もし二人に会えたら、みんなを助けてってお願いしてみる。大丈夫、あの二人なら、絶対に力になってくれると思うの!」


「……マルティ!」


「……リナさん!」


 ガバッと抱き合う私達。いやいや、そう上手くいくか? 


 でも、少なくともメルは力になってくれそうな気がするかな。なんとなく。


 と、その時。私の頭に、とある考えが思い浮かんだ。


「ねえ、マルティって『腐毒花』を抑える為に、ここにいるんだよね?」


「……うん。聞いたんだね」


 私は『義足の剣士』さんに向き直る。


「あの……」


『——なんだい、言ってごらん。出来る限り力になるよ』


 おい、なんだよ、察するな。


「えと、女王竜の火炎って凄いんですよね?」


『——ああ。大地を焼き尽くす程にね』


 心なしか、彼が仮面越しに笑った様な気がした。まるで私の考えを見透かしているような彼の言葉に、私も釣られて笑ってしまう。


「マルティのために、みんなのために、『腐毒花』を焼き回るのって可能だと思いますか?——」










 私は急上昇と急降下を繰り返す。うー、瘴気を少し吸い込んでしまった。気持ち悪い。


 私は動きを緩めずに、水筒の水をゴクリと一口流し込んだ。うん、身体がスーッとする。


『——慎重にいけ、莉奈……おっと、コイツは無理だな』


 彼はそう言って、体力が尽きて群れから離れようとする火竜の首を、まるで瞬間移動をするかのように斬り落とす。


 はっきり言って、彼は強い。


 定期的に火竜達の逆鱗を傷つけてまわり注意を引きつけ、今のように群れから離れようとする火竜は瞬く間に斬り落としてしまう。空を飛べる私の立場はいったい。


 そう、火竜のソロ討伐が三つ星の偉業だとしたら彼の強さは——うん、数字ではあらわせない。なんかもう、キラキラ星とかでいいや。


 私も負けていられない。彼の崩した隊列の間隙をぬって——



 ——飛来一閃



 ——再び女王竜の逆鱗を傷つける。空に響き渡るくぐもった叫び声。うるさい。


 こうして女王竜の注意を引きつけながら、私は大地に広がる腐毒花を焼いて回るのだった——。









 クラリスは歌う。切々と歌う。そして、歌いながら興奮する。


 生きている間に、こんな光景をみることが出来るなんて——。


 距離があるので、はっきりとした姿は見えない。


 だが、女王竜の巨体とそれを誘導するように飛び回る『白い燕』の姿は、はっきりと捉えていた。


(ああ! 素晴らしい!『白い燕』さん、私の想像以上です!)


 今までの叙事詩では、彼女の魅力を全然伝えられていないではないか。


 ——これは歌を、改訂しなくては!


 クラリスは歴史の目撃者になるために、アオカゲと共に瘴気ごと焼き払われた夜道を、ただひたすらに駆け続けるのであった。






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