そして私は街を駆ける 05 —そして少女は街を駆ける—




 ライラは鼻歌まじりに街を歩く。人通りの多い方、多い方へと。


 街には、森に比べて目印がたくさんある。方向の基準となるものも。


 なので宿の位置が分からなくなる、という事はなさそうだ。


 ライラとて、誠司せいじ莉奈りなに無駄に迷惑をかけたい訳ではない。そう、夕方前に戻れば問題ないのだ——。







(わあ、すごい! 美味しそうなのがいっぱいある!)


 ライラは色々な露店ろてんを片っ端から巡り、陳列されている商品や値段を頭の中に叩き込む。


 それは、相場を知る為でもあるし、何より、明日リナと一緒に買い物する時に、彼女に色々と教えてあげたいからだ。


(うふふ、リナの驚く顔が見たいなあ)


 店の品揃えを眺めながら、ライラは想像する——


『——リナ、あっちの方にもっと安いお店あるよ!』


『——え、よく知ってるね、ライラすごーい!』


 ——空想の中で褒められて、ライラの顔がニヤける。店の主人が怪訝けげんそうな顔をするが、ライラは気がつかない。



「お嬢ちゃん、なんか買っていくのかい?」


「わ!……んーん。また後で来るね!」


 突然店の人に話しかけられて、ライラは慌てて小走りで店を後にする。店主のポカンとした顔が置き去りにされた。


(……いけない、いけない。買い物は明日、リナと一緒にするって決めてるんだ。誘惑しようったって、そうはいかないんだから!)


 ライラは身体の前でこぶしを握りしめ、フンスと気合を入れ直す。


 こうして、ライラはあふれ出すよだれを飲み込み我慢しながらも、引き続き色々なお店を見て回るのだった。







 楽しい。楽しい。楽しい。見たこともない野菜、見たこともない果物、見たこともない料理。


 時間が過ぎるのが早い。もう、お昼ぐらいだろうか。


 一通りこの近辺の露店を見て回ったライラは、少し歩き疲れて川沿いのベンチで休憩していた。


(……はあ、街って楽しいなあ)


 ライラはパタパタと足を揺らした。


 ふと「そうだ!」と声を上げ、ライラはふところからメモを取り出し、ざっくりと目ぼしい店を記入していく。


 簡単に書いた地図に印をつけ、その印を引っ張り『安い!』『美味しそう!』と記入していく。


 午前中の成果を記入し終えたライラは、満足そうにメモを懐にしまった。


(うんうん、これでバッチリ……まだ時間あるよねえ、次はどこ行こっかなあ)


 ライラが宙を見上げ考えていると、なんだか美味しそうな匂いが漂ってきた。ライラは鼻をスンスン鳴らす。


(……んー、川の向こうかな? ちょっと行ってみよう!)


 ライラはピョンとベンチから飛び降り、橋を渡って匂いのする方をたどっていった。


 どうやら、並木道の向こうが広場になっており、そこの露店からその匂いは漂ってきている様だった。その露店には、十数人くらいの行列ができている。


(うわあ、すごく甘そうで美味しそうな香り……)


 ライラは匂いの正体を突き止めるため、露店の前へと吸い寄せられていく。


 ライラが露店を横から覗き込むと、ちょうど並んでいる女性が注文している所だった。



「チョコストロベリークレープ。キジカタナッツオオメクリームマシマシで」


「はいよ!」


 元気よく返事した店員は、鉄板の上に生地きじを垂らし、道具を使って器用に丸く広げる。


 程なくして焼き上がった生地に潤沢じゅんたくにクリームを広げ、さらにその上に新鮮な苺、チョコソース、ナッツを綺麗に盛り付けていく。


 そして、それを半分に折り込み、さらに食べやすい様にだろうか、左、右とさらに折って、専用の三角形の袋に入れた。


 仕上げに細長いクッキーみたいなものを二本差し込み、ナッツをパラパラと振りかけて、注文した女性に渡す。


「はい、チョコストロベリークレープキジカタナッツオオメクリームマシマシ、4ルドね」


「ありがと!」


 女性は商品を受け取り、ニコニコしながら去っていく。


 その一連の様子を見てしまったライラは、思わず後ずさってしまった。


(こ……こんなの絶対、美味しいに決まってるじゃん!)


 よだれが垂れている事にも気づかず、ライラは慌ててポケットを探る。そして小銭を取り出し、手持ちを確認した。


(お金は……うん、足りてる。でも、明日リナと一緒に買い物しようって……)



 ——ライラの中の悪魔がささやく。


『これは買い物ではない、食事だ』



 ——ライラの中の天使がささやく。


『うん、食事だね。問題ないよ』



 ——よし、決まった。心の中での葛藤かっとうに決着をつけたライラは、列の最後尾へと並んだ。


(多分、ここに並べばいいんだよね。えと、さっきの呪文、呪文……)


 ライラはメモを取り出し、さっきの呪文を書き込む。


「……チョコストロベリークレープキジカタナッツオオメクリームマシマシ、チョコストロベリークレープキジカタナッツオオメクリームマシマシ、チョコストロベリークレープキジカタナッツオオメクリームマシマシ……この呪文を唱えれば、さっきのが……うふふ」


 後ろからブツブツと聞こえてくる声に、目の前に並んでいる小麦色の肌の女性がギョッと振り返るが、ライラは気にしない。


(——リナにもお土産で買っていこうかなあ。でも、焼き立ての方が絶対美味しいよね。帰る時に買っていこうかな。まあ、まずは味見しなくちゃだねっ)


 ライラはまだかな、まだかなと笑顔で首を伸ばしながら行列が進むのを待った。


 お腹はさっきからぐうぐうと鳴っている。



 ——そして、列に並んで三十分、次がいよいよライラの番という所で——


「すいません、今日の生地はこちらのお客さんでなくなりまーす。またお越しくださーい」


 ——無情にも売り切れを告げる店員の声、落胆の声を上げる列の客、ドンと置かれる『本日完売』の立て札。


 何が起こったのか理解が追いつかず、ライラはその場で固まってしまう。そして——。


(なんでえ〜〜〜〜っ!?)


 ライラは心の中で叫び、膝から地面に崩れ落ちた。


 ——売り切れって、売り切れって事だよね? なんで? 私、何か間違えちゃったのかな?


 目の光を失くし、ブツブツとつぶやくライラ。


 買い物を終えた小麦色の肌をした女性が、申し訳なさそうにチラチラとこちらを振り返る。


 あまりのショックに動かなくなったライラを見た店員が、心配して声を掛けた。


「ごめんな、お嬢ちゃん。余ったツナ、いるか?」


「……いえ、大丈夫です。今はチョコストロベリークレープキジカタナッツオオメクリームマシマシのくちなので」


「……お、おう」


 店員の申し出は嬉しかったがライラはそれを辞退し、フラフラと立ち上がった。


 そして、店員にお辞儀をし、トボトボと歩き始める。ライラは橋の向こうの元いたベンチに戻り、力なく腰掛けた。


(はあ……バチ、当たっちゃったのかなあ)


 そう、これは黙って抜け出した罰なのだ。


 神様はちゃんと見ているのだ。


 ああ、今日も世界は美しいなあ——と、ライラが飛んでいる鳥を眺めている、その時だった。



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