そして私は街を駆ける 04 —ライラ③—




 少女はいつもの様に自分の身を守る祈りを捧げる——。 



 やがて祈りを終えた少女は腕を上に組み、身体を伸ばした。


「……うーん、おはよ、リナぁ」


「おはよ、ライラ」


 二人が挨拶を交わしたその時だった。ライラのお腹が『ぐうっ』と大きな音を鳴らした。ライラは組んでいた手を離し、慌ててお腹を押さえる。


 無理もない。昨日はライラもあまり食事をしていないはずなのだから。彼女はテーブルに突っ伏した。


「うー、恥ずかしいなあ、もう! リナぁ、お腹すいたよう……」


「はいはい。これ、ライラの分だよ。めっちゃ美味しいから食べてみて」


 莉奈はベッドから椅子に移り、ライラの分のカツサンドを彼女の目の前に置く。


 それを見たライラの頭の上には、まるで『!』マークが浮かんだかの様に見えた。


 彼女は「いただきますっ」と急いで言って、カツサンドにかぶりつく。


「——!! りにゃぁ、ほりぇ、ふっごくおいひいっ!」


「でしょでしょー。でも、食べながら話すのはやめようねー」


 莉奈はライラの幸せそうな顔を眺めながら、水差しの水をコップに注ぎライラの前に置く。


 ライラは差し出された水を、ゴクゴクと一気に飲み干した。


「ぷはー。お水もおいしいっ!」


 ニコニコだ。莉奈はライラの正面に座り、頬杖ほおづえをついてその様子を見守る。


 ライラの笑顔を見ていると、こっちまで幸せになる。ライラは身体は成長したが、その部分は昔から変わっていない。


 ライラは両手を合わせて「ごちそうさまっ!」と元気に挨拶する——挨拶したのだが——ライラはまだ物足りないのか、皿に残ったキャベツをつまみながら莉奈に質問する。


「ねえ、リナ。ここ街だよね? 今何時くらい? お外出てもいいの?」


「あ、今から説明するね。えっとね——」




 ——莉奈は、ライラに状況を説明する。


 明け方サランディアの街に着いた事、この宿の事、今日の予定。誠司との先程までの会話を、かいつまんで話す。


「——そんな感じで、ライラにはごめんだけど、今日は私達表に出ない方がいいみたい」


「うん、わかった」


「ごめんね、気持ちは分かるけど——って、あれ?」


 てっきり、不満をぶつけられると思っていた莉奈は、肩透かしをくらう。


 ライラは不思議そうな顔で莉奈を見つめた。


「ん? どしたの、リナ?」


「え、だっていつもだったら『ずっるうぅーーいっ!』って大騒ぎするじゃん。あなた、本当にライラ?」


 莉奈は、ライラのおでこを人差し指で突っつく。ライラは「うー」と言って、ぎゅっと目をつむった。


「もー、リナー。そりゃいつもは文句言うかもしんないけどさ。でも、今日は『いつも』じゃないじゃん。私だって大人になったのです!」


 ライラは誇らしげに、絶賛成長中の胸を張った。


 その、いつのまにか自分よりも大きく成長している胸に、莉奈は「くっ!」とよろめきながらも聞き分けの良いライラに感謝する。


「ありがとね、ライラ。明日、無事に片付いてたら絶対お買い物しようね」


「うん、そだね。リナとのお買い物、楽しみだなあ」


 ライラは笑顔で身体を揺らす。なんか大丈夫そうだ。


 実は莉奈は、先程から眠気をこらえている。


 これは、少しくらいなら寝ても大丈夫なパターンか?――そんな事を考えながら、莉奈はあくびを噛み殺した。


 そんな莉奈の様子を見て、ライラが心配そうに声をかける。


「……リナ、眠そう。頑張ったんだもんね。私の事は気にしないで、ゆっくり寝てていいよ?」


「うーん。じゃあ、少しだけ寝かせて貰おうかな。お昼まで起きなかったら起こしてね。あ、そうそう——」


 莉奈はふと思い出し、ポケットからお金を取り出す。


「誠司さんから預かったお金。お腹空いたら、下でご飯食べていいからね。お金の使い方は……分かるよね?」


「うん! イメージトレーニングはバッチリ! だよ!」


 ライラは親指を立てて莉奈にウインクをした。頼もしい。


 まあ仮に、使い方がわからないと言われても、莉奈も元の世界での知識しか持っていないので困ってしまうのだが。


「じゃあ、ごめん、ちょっと寝るね。何かあったらすぐ起こしてね」


「『子守唄の魔法』唱えてあげよっか?」


「いや、多分すぐ眠れるかな……おやすみい……」


 莉奈はベッドに、ボフッと倒れ込んだ。


 ライラが見守っていると、ものの五分もしないうちに莉奈の穏やかな寝息が聞こえてきた。ライラは、莉奈の肩まで布団を掛けてあげる。そして——。



「——『子守唄の魔法』」



 ライラは眠りについた莉奈に『子守唄の魔法』を掛け——更に深い眠りへといざなった。ライラは莉奈の髪を撫で、そっと優しく語りかける。


「……ごめんね、リナ。怒られるのは、私一人で充分だから……さ」


 ライラのその表情は、真剣そのものだった。


 彼女は静かに立ち上がり、部屋を後にする。階下に降り、受付のお姉さんに「行ってきます」とペコリと頭を下げ、扉を開け外に出る。



 ——そこにはライラの見た事がない景色が広がっていた。


(街だ、街だ、街だ、街だ、これが街! 本でしか見たことのない街! 楽しみだあ! 人が、多い!)


 そうは言ってもまだ朝方。視界に入るのは五人くらいだが、ライラにとって五人はたくさんだ。


 その通りがかる人の一人が、ちらとライラの方を見た。ふと思い立ち、ライラは慌ててフードをかぶる。ライラの銀髪と長い耳が、すっぽりと隠れた。


(私って、多分目立っちゃうよね。ヘザーが言ってた。ふー、危ない危ない)


 ライラは出てきた宿を見上げ、さっきまでいた部屋の方を見る。


 なかば自分が騙してしまい、今はぐっすり眠っているであろう、大好きなお姉ちゃんのいる部屋を。


(リナ、抜け駆けしてごめんね……私って、好奇心が強いみたい)


 ライラは再び心の中で謝り、ふふっと口元を手で押さえる。


 今日は『いつも』ではない、少なくともライラが自覚している中では、彼女が初めて街に来た日なのだから——。



 少女は回る。少女は跳ねる。少女は駆ける。



 こうして『ただ街を見て回りたい』だけの少女の姿は、楽しそうに街のなかへと消えていったのだった。




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