月の集落のエルフ達 12 —深夜デート—






「……暗いよう……怖いようっ……誠司さぁん、歩くの早いぃ……」


 出発前の元気は何処へやら、いざ森の中へと進んだ莉奈は、すっかり及び腰で誠司の服のすそつまみながら歩いていた。


 誠司は深いため息をつく。


「さっきまで『深夜デートだあ』って茶化してたじゃないか……照明魔法を唱えたらどうかね」


「うう、言わないで……虫系の魔物、寄ってこない?」


 セオリーとして、暗闇での照明魔法は自分の位置を相手に知らせてしまう事になる。


 臆病な魔物は灯りをけるが、好戦的な魔物や、灯りに群がる習性を持つ昆虫系の魔物などは寄って来てしまうだろう。


 莉奈としては、巨大なの魔物など出来れば相手にしたくない。


「私に照明魔法を貼り付けて、敵が寄って来たら君は空に逃げなさい。ちゃんと敵が近づいて来たら教えてあげるから」


「その手が……あったか!」


 莉奈は嬉々ききとして照明魔法の詠唱を始める。


 この魔法は日常生活に密着している為、魔法を使う者にとっては極めて履修率りしゅうりつの高い魔法だ。


 こういった魔法が便利なので、この世界は科学的な進歩が遅れているのではないのかとも思う。


 莉奈はまたたく間に言の葉を紡ぎ終えた。


「——『灯火ともしびの魔法』」


 灯火といっても、少し暖かくはあるが別に熱い訳ではない。


 その明るいけれど不思議とまぶしくない光を、莉奈は誠司の身体の前方に貼り付けた。


 その光は、充分な光量で前方の道を照らし出す。


「明るいって……素敵」


「これなら、空からでも私の位置が分かるだろう。敵が来たら思う存分逃げてくれたまえ」


「あはは。悪いけど、そうさせて貰うよー」


 誠司の軽口に、莉奈はあっけらかんと返す。当然ではあるが、莉奈が役立てる場面だったら、莉奈も全力で戦う。


 しかし、夜目よめの利かない莉奈では、月明かりさえろくに届かない暗い森の中では基本足手まといだ。誠司一人に任せた方が上手くいくだろう。


「さて、莉奈、試験してみよう。ちょっと空から街の方角を確かめてくれ」


「はい、了解!」




 誠司の意図を悟った莉奈は、空に浮かび上がり森の上空へと出る。


 天候は良好、星がよく見える。今夜は半月が美しく浮かんでいた。


 不思議なもので、地球での記憶の月と同じ様な印象を受ける。そこだけ切り取ると、ここは異世界などではなく、地球ではないかと錯覚してしまう程だ。


 思わず夜景に見惚れてしまったが、莉奈は本来の目的を思い出し、星を読む。


(ええと、今の時間だと、あの星があの位置にあって、月があそこにあるから……うん、問題ないね)


 莉奈は、夜空から方角を割り出し、街へ真っ直ぐに向かえているかを確認した。


 下を見ると、照明魔法の光がボンヤリと見える。いざという時に莉奈が退避しても、離れすぎなければ見失う事はなさそうだ。莉奈は誠司の方へと帰ってゆく。




「ただいまー。方角は問題なし、至って順調だよ」


「そうか、ご苦労。ところで莉奈、もう少しの間上にいてくれないか」


「どうしたの? トイレ?」


 誠司の、のんびりとした物言いに莉奈が返事をしたタイミングで、突然、獣の唸り声と共に暗闇から二つの影が飛び出してきた。


「うひゃあ!」


 莉奈が慌てて小太刀を抜こうとする前に、誠司の剣戟けんげきが二回振るわれた。


 そして結果を見る事なく、誠司が刀についた血を払う所作しょさを行い、さやに収める。


 それと同時に、飛び出して来た二つの影は粒子状になって消えていった。


「トイレは先程済ませてきたよ」


 そう言って、誠司は何事も無かったかの様にスタスタと再び歩き出した。莉奈は前に出て、そんな誠司に食ってかかる。


「ちょーっと! 何で教えてくれなかったの!?」


「いや、教えようとはしたんだがな。ただ、君の降りてきたタイミングが絶妙だっただけだ」


「もう! 通信魔法!」


 莉奈は強引に誠司の手を取り、指を組み合わせた。誠司はやれやれ、と言いながら通信魔法の詠唱を始める。


 詠唱が終わると、誠司は進む先を見据えて莉奈に告げた。


「さて、莉奈。しばらく進むと『巨大蛾の魔物』と遭遇するが——」


「誠司さん、後はよろしく! あ、終わったら連絡してねー」


 そう言い残して、莉奈は瞬く間に上空へと飛んでいった。誠司は「ふう」と息をつき、前方へと駆け出す。


 彼らの『深夜デート』は、まだ始まったばかりだ。







 慣れとは恐ろしいものだ。最初は会敵する度に空へ退避していた莉奈も、今は自分に照明魔法を貼り付けて、進んで戦闘をしていた。


「よくも、怖がらせて、くれた、ね!」と、空中を舞台に、巨大蛾の魔物を小太刀を振るってぎ倒していく。


 莉奈の空中飛行は素早い。長時間飛ぶのは苦手らしいが、急制動、急発進、急加速、急旋回を自在に使いこなし空を飛び回っている。


 自由に飛び回るその姿に、「まるでつばめだな」と誠司も舌を巻く程だ。


 莉奈が上の魔物を相手してくれるので、誠司もやりやすい。思ったよりも順調に進行している。


 そして街へ向かい始めてから数時間、周囲に魔物の影が見えなくなった所で、二人は休息をする——。




 誠司と莉奈は、一本の太い木に背を預け身体を休めていた。


 誠司は刀の手入れを、莉奈は携帯食をモソモソとかじっている。


「——莉奈。食事会の時は助かった。ありがとう」


 誠司は刀の手入れを続けながら、莉奈に話しかけた。


 食事会、食事会——と莉奈は記憶を呼び起こし、口に含んでいた携帯食をゴクリと飲み込んで、返答する。


「ああ、どういたしまして。でも、どうしたの誠司さん。あの時、ものすごい怖かったよ」


 誠司がエルフ達に凄んだ時だ。あの時の誠司は、あからさまな殺気を放った。


 いや、殺気と言うのには若干、語弊がある。


 誠司のスキルが多分関係しているのだろう、魂に直接訴えかけてくる様な、相手を屈服させるあの感じ。


 稽古で耐性のついている莉奈はともかく、エルフ達はたまったものではなかっただろう。


 莉奈の問いに、誠司は刀を手入れする手を止め、言葉を選んでポツリと返す。


「……自己犠牲は……嫌いなんだ」


「へえ。ライラの為に自分を犠牲にしようとしてる人が、よく言うねえ」


「それは……別だ」


 誠司は刀の手入れを再開する。莉奈は、何が別なものかと鼻を鳴らした。


 そして莉奈は、誠司と言い合いをしたあの日の夜を思い出す——。




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