朝と夕方でこんなに気持ちに落差があるなんて

カートン怪

ついに決心がついて明るい未来に向かって僕は邁進する…そう思っていた時もありました、今朝のことですけどね。

 森山シンジはついに決心した。

 今日は一学期最後の日で、明日から十七歳の夏休みが始まる。人生で一度きりの高二の夏だ。朝なのにもう気温がだいぶ高くなっていて、今日も猛暑日になるだろう。シンジは夏が大好きで、暑いのも嫌いじゃない。

 この夏を盛り上げる方法はたった一つしかない。健康的な高二男子だったらわかるよね。そう彼女を作るのだ。

 もちろん、あてはある。幼なじみの水野チナツだ。

 チナツは同い年で、クラスは違うが同じ高校に通っている。家も近くで子供の頃はずっと一緒に遊んでいたし、両親どうしが仲が良く、今でもちょくちょく家族で食事したりする。

 さすがに高校生になってからは登下校を一緒にすることはなくなったが、学校で会えばいろんな話しはする仲だ。周りから夫婦扱いされ、冷やかされることもある。それも悪くはないとシンジは思っている。

 まあ、言うなれば友達以上恋人未満の関係だ。そして今日こそ、その関係に終止符を打とうと思う。ずっと同じ時間を過ごしてきたし、これからもそうだろう。気も合うし一緒にいることが自然になっている。チナツともっと一緒に居たいし、海やプールにも行きたいし花火や縁日にも出掛けたい。

 そのために一大決心だ。今日森山シンジは水野チナツに告白をする!


 シンジは高校に登校中、いつどうやってチナツに告白しようか考えていた。そして昼休みに屋上につながっている階段の踊り場に呼びだそうと決めた。


 ふと、前を見るとチナツらしき生徒が見えた。たぶん間違いない。ちょうど良いから、今、昼休みに階段の踊り場に来てくれるように、言っておこう。

 足を早めてチナツに追いつこうとしたその時、横から三年生が出てきた。たしか野球部のエースでかなりのイケメンで女子からの人気も高い。胸の鼓動が不規則に高鳴る。何を話しているかわからないが、チナツがシンジには見せたことのないような笑顔を見せている。

 チナツはあんなエースと仲が良かったか?聞いたことないよ。どうしたら良いのかわからなくなって、チナツたちと距離を取った。もし野球部のエースと付き合っているなら、幼なじみの僕に教えてくれるはずだよな。……言ってくれるよな。


 最悪の気分で教室についた。クラスのみんなは明日からの夏休みに浮かれぎみだ。先日迎えた梅雨明けの空のように期待感と光に満ち満ちている。その中で、森山シンジ付近だけが梅雨に逆戻りしたかのようにどんよりしている。

 担任の先生の夏休みの注意事項もまったくもって耳に入ってこなかった。


 昼休み水野チナツがやって来て、屋上に続く階段の踊り場に呼び出された。何の話しだ?まさか野球部のエースと付き合うことになった報告じゃないだろうな。シンジは自分の心臓が持つのか心配だ。内容によっては壊れてしまうかもしれない。


 重い足を引きずって、階段の踊り場に行く。チナツが軽く微笑んでいるのがとても怖い。

「やあやあシンジ、悪いねわざわざ来てもらって、どうしても聞いて貰いたいことがあってね。」

 チナツの弾んだ声にどうしょうもなく心が痛い。

 「そうか。」

 シンジが自分の発した声が自分の喉から出た気がしなかった。朝の希望と活気に満ちた森山シンジはどこに行った?!

 「なんと、わたくし水野チナツは女生徒の憧れ野球部のイケメンエースに告白されちゃいました~~」

 胸を張るチナツ、ガックシするシンジ。

 「そうか、良かったな。」

 マジかよ、タッチの差というかシンジが先に告白してたら、違う未来があったのだろうか。

 「何か反応薄~ぃぃ」

 その笑顔が今のシンジには凶器のように突き刺さる。とりあえず返す言葉もない。

 「シンジは信じられない、駄洒落じゃないわよ、信じられないかもしれないけど、わたくしけっこうモテますのよ。ほーほっほほーw」

 何の報告だよ。

 「良かったな、末永くお幸せに。」

 シンジはきびすを返してその場を後にしようとした。

 「はぁ?何を言ってるの?!もちろん断ったわよ。」

 えっ頬を膨らませたチナツが天使に見えた。

 「えーなんだよ。てっきり先を越されたこと思って焦ったよ。」

 不自然?あるいは分かり易すぎる?シンジは満面の笑みで先ほどまでのショックを打ち消した。

 「だって話したこともなかったし全然どんな人かもわからないのに付き合うなんてわー」

 いや、あのチナツの笑顔は何だったんだよ。てっきり告白が嬉しくてかと思うじゃんかよ。あの笑顔でかよ、女子じょし怖ぁ、チナツ怖ぁぁぁ。

 「あっ、これ絶対誰にも言わないでね。シンジなら大丈夫だと思うけど、約束だよ。」

 チナツは人差し指を口に当てて内緒のホーズもかわいい。


 あまりにも安堵したから、当然午後の授業もまったく身が入らなかった。


 放課後のクラスは、明日からの夏休みが楽しみでそそくさと帰る人も多かったが、名残惜しくいつまでも教室に残っている生徒もちらほらいた。シンジも気持ちを落ち着けるというか、すぐに帰る気にならずだらだらしていたが、やがて帰路についた。


 九死に一生を得た、シンジに朝の希望が戻ってきた。やはり水野チナツはイケメンだからといって告白を受け入れるようなじゃない。僕の天使は性格重視に決まっている。長年培った関係性はお互いに無視できない、そういうものだ。

 今日の出来事を思い返しながら帰宅すると、自宅の玄関の前にチナツが見えた。ちょうどいい、手遅れになる前に勢いで告白しよう。

 玄関の前には森山シンジのひとつ年上の兄、森山ケンタロウが立っていた。そして、青天せいてん霹靂へきれきの事を告げた。

 「やぁシンジお帰り。実はチナツと付き合うことになったんだ。よろしく頼むよ。」

 ん?なにーーえっどういう意味?えっドッキリ?!

 チナツが僕に向かって満面の笑みを浮かべている。これが本当に今までみたこともないような笑顔だ。

 人は死ぬ瞬間に今までの人生が走馬灯そうまとうのように頭を駆け巡るという。噂は本当だったよ、ママァン。


 森山シンジ高二の夏、終了。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朝と夕方でこんなに気持ちに落差があるなんて カートン怪 @toshi998

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ