【文披31題】ふみよむつきひ

藍川澪

第1話 傘

 梅雨明けはまだ先になりそうだと、今朝の天気予報で言っていたっけ。そう思いながら、楊井やない礼央れおは傘の下から灰色の雲を見上げた。

 浪人生は学校に足繁く通う必要はないが、通う場所が予備校に変わる。なんなら高校の現役の頃より勉強に費やす時間しかない分、気詰まりだとも言えた。加えてこの曇天、そして蒸し暑さ。名古屋駅の西側は、東側に比べると林立するビルの高さはやや低い傾向にあるが、それでもコンクリートジャングルの中にいる印象は拭えず、不快指数が余計上がる気がする。かと言って適当な街路樹などで緑化したところで、この都市の気候が大きく変わるわけではない。

 礼央の持つ傘は、何の変哲もないコンビニのビニール傘だった。特にこだわりもないし、盗まれた所で高価なものでもないから痛くないというのが選んだ理由だった。予備校の入口には大きな傘立てがあり、多くの生徒がそこに傘を置いて教室に向かう。礼央も自動ドアの前の軒下で傘をたたみ、雨水を払っていると、隣に並んで傘を閉じた男子生徒がふと目に入った。

 閉じた傘の柄は長く、持ち手は木でできている。からし色と黒のバイカラーで、蛇の目傘のようなコントラストが目に鮮やかだ。しかし、礼央が注目したのは傘ではなく、その生徒の背負った大きな箱のような荷物だった。黒のカバーのようなものがかかっているが、頭のすぐ下から腰あたりまでの長さがあり、幅は中肉中背な男子生徒の体の幅と変わらない。厚みは片手を広げたより少しある程度だろうか。ともかく、予備校のテキストやノートを入れるにしてはあまりに大きい。男子生徒は礼央の視線に気づいていないのか、傘の雨水がある程度切れたところで、鞄の中から傘と同じからし色の傘袋を取り出して傘を入れ、校舎に入っていった。礼央は慌てて自分のビニール傘を傘立てに入れ、校舎に入る。もうすぐ授業が始まる時間だった。

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