瓶に詰めて
おじさん(物書きの)
ヒキコモリウム
「お兄さん、そこのお兄さん」
「あん? なんだおっさん、うぜえな」
「うざいおっさんのお店で何か買わないかね」
「はあ? 話しかけんな、消えろ」
「短気は損気ですよう? そうそうこんなのはどうかな。人を小さくする瓶」
「ただのでけえ瓶じゃねえか」
「ところがどっこい、瓶の口を向けて名前を呼んで、相手が応えれば、しゅぽん! と瓶の中に入っちまう仕組みで」
「まじかよ」
「まじですよう」
「うさんくせえな」
「胡散臭いでしょう?」
「お前おれのこと馬鹿にしてるだろ」
「とんでもない、お兄さんにぴったりの商品だと思ったんですがねえ。いらないのなら立ち去りますよ」
「待てよ、いくらだよ」
「3万円になります」
「高えよ」
「でもお持ちでしょう?」
「くそ」
「そうそう、小さくした後の話なんですが、瓶から出しても大さは変わりませんが、瓶の外では長生きしませんので」
「観賞用ってことか。そりゃあいい」
さて、これを誰に使うか。名前を知ってる女なんて学校の奴らくらいしか……いや駄目だ、あんな、おれを馬鹿にするような奴らは。芸能人がいいな、でもこういうのは芸名じゃ駄目っぽいよな。ほかに誰か……そうだ、隣の部屋の——
「今晩は佐藤苺さん」
「え? あ、こんばんは——」
女が消えて手元を見ると慌てて蓋を閉めた。
入った! 本当に女が瓶に入りやがった!
急いで部屋に戻ると、テーブルの上に瓶を置いた。顔を近づけると、瓶の内側を叩いていた佐藤苺が尻餅をついて後退った。
「気分はどうだい? ああ、蓋をしてたら聞こえないか」
瓶の蓋を開け、ブラウスをつまんで外に出した。
「痛い! 離して、離して!」
佐藤苺はテーブルに足が付くと直ぐに背を向けて走り出す。テーブルの端から端へと移動してへたり込む。
「……こんな、何で……」
「気が済んだかい。逃げようったって無駄だぜ」
「何なの……訳わかんな——く、苦しい……」
「おっと、危ない危ない」
佐藤苺を瓶の中に戻して様子を見る。
「何で急に……」
「瓶から出ると直ぐ死んじゃうそうだぜ」
「——そんな」
「楽しむのは後にしてなんか食うかな。あんた食べたいものあるかい?」
「……」
「まあいいさ、コンビニ行ってくるから大人しくしてるんだぜ。死んじまうからな」
部屋を出て徒歩でコンビニに向かおうとして、急に息苦しくなった。
「な……んだ……?」
胸が締め付けられるように痛み、堪らずへたり込む。
「おやおや」
声に振り向くと、瓶売りのおっさんが見下ろすように立っていた。
「瓶から出してはだめだって言ったでしょうに。あ、お兄さんの場合は部屋から、かな」
「苦しい、助けて……」
「あなたの世界はあのちっぽけな部屋の中だけ、だったんですよ。そう思いませんか? 遠藤まさるさん」
……これに答えれば助かるんだろうか。
ここで死ぬよりは瓶の中で……。
瓶に詰めて おじさん(物書きの) @odisan_k_k
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