卒業証書

nobuotto

第1話

 卒業式から帰ってきた亮二は着替えもせずにリビングをうろうろしていた。

「ああ、気になる。だから、優奈は友達や先生と写真を撮ったりしてるんだから、当分帰って来ないわよ」

 とっくに着替えて、テーブルの定位置においてあるパソコンで仕事を始めた典子は、亮二が目障りでしょうがなかった。

「当分って、もう式が終わって1時間以上経ってるでしょ。そりゃあ、色々お別れもあるでしょうけど、みんなこの辺に住んでるんだから、お別れって言ってもさあ」

「そろそろお昼だから、もう帰ってくるわよ。お昼の用意するから、おなたもいい加減着替えたら」

「いいの、いいの、僕はこの格好で優奈を持ってるの」

「はあ、なんで」

「いいの、いいの」

 典子は「意味不明」と言うなりパソコンを閉じた。

 お昼になる頃に優奈は帰ってきた。

「ただいま」という声に反射するように「おかえり」と玄関に顔を出した亮二を見ることもなく、優奈は2階に上がって行った。

 1時間も待って素通りされた亮二は、ポカーンと口を開けて2階を見上げていた。

 ものの数分で優奈は、着替えて降りてきた。

「ママ、すぐに出かけるから、お昼早くね、お願い」

  食卓の椅子に座るとスマフォを取り出して、卒業式の写真を見始めた。

「もうできてるわよ」

 カレーをテーブルにおいて典子も席につく。

 典子が席に着くと、満面の笑みを浮かべた亮二がスマホで蛍の光を流し始めた。

 そして、床においてあったカバンから画用紙を取り出して立ち上がった。

 何を始めるのかと典子と優奈も亮二を怪訝そうに見ている。

 亮二は画用紙を目の高さに持ち上げ、「エヘン」と咳払いをしてから読み始めた。

「三年前、桜が満開の時に優奈は中学に入学しました。それからすぐに女子ハンドボール部に入り、毎朝6時には起きて学校に行く生活が始まりました」

「何それ」と言う優奈の声を無視して亮二は読み続ける。

「女子でキーパーということで、パパもママもとても心配しました。しかし反射神経抜群の優奈はチームメートに「守り神」と呼ばれ、県大会出場の快挙を達成したのです」

「県大会は一回戦で負けたけどね」

 亮二は優奈に構わず読み続ける。

「部活を卒業した夏からはスポーツ推薦を断って本格的な受験勉強を開始しました。優奈は朝早く起きて2時間、学校が終わってから塾で8時過ぎまで、帰ってきても12時近くまで勉強し続け、そして、第一志望に見事合格したのです。それは素晴らしい頑張りでした」

「はい、はい、分かったから、友達待ってるからもう行くわよ」

 カレーを食べ終わり、優奈は立ち上がった。

「そして典子さんのお弁当作りが始まったのです」

「は、何それ」

 急な話の展開に優奈も思わず座り直した。

「朝6時に家を出る優奈のために、典子さんは陽が昇る前からお弁当を作りました。毎日毎日陽が昇る前からお弁当を作り、それから仕事にでかけたのです。夏休みも春休みも、冬休みも部活に行く優奈の弁当を作ってから仕事に行きました。そして受験勉強の時も、夜食を作り、そしてまた陽が昇る前に起きてお弁当を作り続けたのです」

 二人は「ははーん」と顔を見合わせた。

「優奈も中学を卒業しました」

 亮二はここでたっぷりと間をとるのだった。

「そして、そして典子さんのお弁当作りも今日で卒業することをここに証します。令和4年3月20日石川亮二」

 亮二は典子に画用紙の卒業証書を渡した。

 典子が肩を震わせて俯いて卒業証書を見ている。

 典子が感動している姿に亮二も目頭が熱くなってきた。

 友達とカラオケに行くと立ち上がった優奈が言う。

「せっかくのパフォーマンスだったけど、高校も給食ないから」

「えっ」

 思わず亮二は叫んだ。

 典子もじっと笑いをこらえていたが、もう我慢できなかった。

「そうよ。公立高校は給食はないの。それに私は社食あるけど、あなたはお弁当だし」

「確かに...」

 亮二は椅子を引いて、静かに座った。

 優奈が「思いついた」と立ちあがった。

「じゃあ、卒業証書が本当になるように、私も自分のお弁当は自分で作ることにする。パパも一緒に作ろう、30分早く起きればいいだけだから」

「そうね。これで本当に卒業だわ。パパ卒業証書ありがとうございます」

 母娘は実に楽しそうに結束を固めるのだった。

終わり。

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