お狐様と知恵比べ

司丸らぎ

第1話

「ミウさま、ミウさま! お知恵を貸してください!」


わたしの一日の仕事は大抵、この言葉から始まる。


「どうかしましたか?」


わたしはいつも通りの言葉を返す。

今日、やってきたのはどうやらお母さんのようだ。


「うちにはね、子供が二人いるんです。それが最近、おやつを奪い合うようになっちゃって……」

「お母さんのよくある悩みですね」


わたしは適度に相槌を打ちながら話を聞く。

この村の住人からの悩み事を聞くのが、わたしの仕事だ。


「この間も、私が木の実をあげたんです。二人で分けて食べなさいって。そこで二人で一個ずつ食べていったのですが、最後に一個残ってしまったんです。そうしたら二人で喧嘩になってしまって。二人で蹴り合い噛み合いの大乱闘でした」

「それは、大変でしたね……」


お菓子の取り合いで噛み合うのは相当バイオレンス。


「こういうときは一体どうすれば良いのでしょうか?」


まぁ、どうとでもなる問題だ。


「最初から二人で数を分けられる分だけ、あげるようにしては?」

「私、3より大きい数を数えられませんもので……」

「……そうでしたね」


この村の住人は大概数を数えられない。

3より大きくなると「たくさん」という認識でしかない。


「ミウさまはどれくらい数を数えられるのですか?」

「私は日が暮れるまで数えることもできるわよ」

「はぅ、すごいですね……」


まぁ、面倒なので本当に数えることはしないとは思うけれど。


「それでは、その子供達はどうしましょうかね?」

「なんとか仲良く食べさせられないでしょうか?」

「木の実を半分に割ることはできないのですか?」


わたしは解決案を提示してみる。


「私もそれを思いました。そうして木の実を割ったら、今度はどっちが大きいかで揉め出したのです」

「あらら」


子供は当然大きい方を欲しがる。

木の実を厳密に半分に割ることは難しい。

そこで子供達が再び争ってしまったのか。


「結局、喧嘩に勝った方が大きい方を食べてしまいました」

「う~ん。弱肉強食」


家庭内でそんな血みどろの争いをするのは嫌だなぁ。


「一体、どうすれば良かったんでしょうか?」

「そうですね。最後の1個はお母さんが食べてしまえば良いのでは?」


実際にわたしだったら、自分で食べてしまいそう。


「それは良いですね! 次からそうします! ありがとうございます、ミウさま!」


お母さんはそれだけ言うと自分の家へ帰っていった。

わたしは一息ついて、お茶をすすった。


あのお母さん、数日前にも同じことを相談しに来たんだよな。


「おや、ミウ。誰か来ていたのかい?」


家の奥から、わたしの旦那様が現れた。


「コンクウ様、この間も来ていたお母さんが来ていましたよ。子供がおやつを奪い合うって」

「おや、そうだったのかい。ミウが相手をしてくれていたのかい。ありがとう」


コンクウ様は畳に座っていた私の太腿にちょこんと乗った。

可愛いなぁ、わたしの旦那様。


「でも、毎回同じことを言っているのに、何も解決していないですよね? 次に同じことがあったらまた同じように相談しに来ちゃう」

「それで良いのさ。私とミウの役目は聞くこと。問題を解決するのは当人次第さ」

「それくらいで良いのですかね?」

「良いのだよ。聞いてあげるだけで、お母さんは精神が和らいでいるんだ。私達は、相談に乗ってあげられる心の拠り所になっていれば充分さ」


コンクウ様は悟ったように落ち着き払って言う。

しかしその喋っている間、もふもふした尻尾がわたしの胸をくすぐっている。

ぴょこぴょこした動きに癒される。

そして私はコンクウ様の狐耳をさわさわする。


「あぁ、コンクウ様。今日も可愛いですね」

「うむ、存分に撫でるがよい」


わたしはコンクウ様をなでなでして遊ぶ。

コンクウ様も撫でられるのが好きらしく、目を細めてくつろいでいる。


「コンクウ様、今日はお仕事がありますか?」

「いや、予定は無い」

「では、ここでのんびり過ごしますか」

「そうだな」


わたしは畳の上で横になった。

コンクウ様はわたしのすぐ横で丸くなる。


わたしの名前はミウ。

この村で唯一の人間である。

え? 

わたし以外の人間は何かって?


「コンクウ様。ちょっと立ってみて」

「むぅ? こうか?」


コンクウ様はわたしと並んで立ってみる。

わたしが身長160センチ。

コンクウ様は100センチ。

人間の子供みたい。

でも違うところは、耳と尻尾。

狐の耳と尻尾がある人間。

わたしはこの種族を半人半狐と呼んでいる。


「うん、可愛い♡」


わたしはコンクウ様の頭を撫でる。

コンクウ様はこの村の主。

半人半狐の数十人の長である。


「そうか、」


コンクウ様は照れてもじもじしていた。

村の人には悩み事があったらコンクウ様に相談をしに来る。

わたしはそんなコンクウ様に嫁いだ人間だ。


「ちゅっ♡」

「んっ」


わたしはコンクウ様にキスをした。

唇の柔らかい感触。

とっても気持ち良い。


「コンクウ様! ミウ様! お知恵を貸してください!」


わたしとコンクウ様がじゃれていると、来客があった。

仕方がない。

お仕事モードに切り替えよう。

わたしは服を正して、来客を迎えた。


この物語は半人半狐の村に転生した、わたしのスローライフの記録。

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