第2話 北条朝時
今日も今日とて、昼過ぎまで眠りを貪った。
喪中というのも結構な身分だ。朝寝をしても、周りが勝手に気を遣って放っておいてくれる。
一月前、長らく連れ添った妻が死んだ。
お互い望んだわけでもなく結婚して、まぁお勤めだけには精を出し、三人の息子もでかくなった。いい加減そろそろうんざりしてきていたところだった。むしろ、愁嘆場もなしに縁が切れて助かったくらいのものだ。
胸板を掻き掻きあくびをしながら母屋へ出ると、二郎の
「文が届いておりますよ」
「あごでしゃくって見せるんじゃねぇよ」
手に取り、送り主に武蔵守とあるのに気づいて、思わず苦い顔になる。
どこぞの女房からの艶書ならともかく、あの泰時の兄上から文をもらって嬉しいはずもない。
またどこぞで乱闘騒ぎでも起こったか? それともこの前護送されてきた僧兵どもが脱走でも企てただろうか。何にせよ、十中八九悪い知らせだ。俺は顔から文を遠ざけつつ、薄目を開けて中を覗いた。
すると、案に相違して、中身は亡き妻に対する悔やみと俺への慰めがつづられているだけであった。
正直言ってこちらの方が薄気味悪い。俺たちはお世辞にも仲の良い兄弟ではない。弔辞だけなら、葬儀で顔を合わせた時に散々聞いたし、今になって個人的な文を送ってくる意味が分からなかった。
「……今日、何か祭りでもあったのか?」
試しに二郎へ尋ねてみると、やつめ、飯をほおばった口元を憎らしく歪めた。
「そういえば時氏が帰ってきたみたいですよ。やけに大路が騒がしくてそれで目が覚めてしまいました。あんなやつでもこっちに戻ればもてはやされて良い気なものです」
ははぁと俺は納得した。同時に、二郎の頭にはげんこつをくれてやった。
俺は兄上を馬鹿だと思っている。それをことさら表明してきたつもりはないのだが、倅たちにもいつの間にか兄上の一族に対する敵意が根付いてしまっていた。どうやら死んだ妻が俺の目を盗んでは「本当なら正室の男子であるお父上が家督を継ぐはずで、あなたたちこそ北条の嫡流なのですよ」などと吹き込んでいたらしい。ろくでもないことを言い聞かせてくれたものだと思うが、あいつとしてはその立場をふいにして勘当された俺への不満をぶちまけずにはいられなかったのだろう。
倅たちのこの先を考えるのであれば、きちんと言葉で教え諭してやるべきなのかもしれない。お前たちが小馬鹿にしている兄上一門と上手くやっていかないことには、お前たちの命運はないのだと。
肉親こそ最大の敵であるとは、北条がここ十年間血で血を洗ってやっと知り得た教訓だ。兄上に少しでも叛意を疑われれば、俺たちはいつ何の口実で粛清されてもおかしくはないのだ。
しかし、胸の内は不思議なほど億劫だった。この程度のことに自力で気づけないのなら、そもそも鎌倉で生き残っていけるはずもない。
……この文を読む限り、当分そんな心配もなさそうだが。
俺はかえって侮辱されたような気がして、折り目が付くのも構わず乱雑に文を袂にしまった。
兄上の考えは読めている。
要するに自分の長男が都から帰ってきてうれしいが、俺が喪中だというのに喜ぶのは気が引ける。だから罪滅ぼしに文をよこしてきた、というところだろう。
何をびくびくと、遠慮してやがる。
天下の得宗家の嫡子が帰ってきたんだ。余計な気など回さずに盛大にやればいいだろうが。
俺は俺自身も含めて、北条の連中はそろいもそろってろくでなしだと思っている。何せ権力欲、ただそれだけのために承久の戦では朝廷に楯突き、返り討ちにした一族だ。
だが、それでもまだ健全ではあるだろう。自分の欲を満たすために生きるやり方は獣でも知っている。
俺が気に食わないのは兄上だけだ。あの人を見ていると、無性に腹が立ってくる。
あの人は必ず自分が一番割を食う判断をしようとする。跡目を継いだ時だって、自分は親父の遺領を一切取らず、全て兄弟に分けてしまった。
他の兄弟は誰もそんなことを考えていないのに、正妻の子ではないからだとか、親父最愛の政村を差し置いてだとか、理由を見つけては身を慎むのを美徳だと勘違いしている。
それがかえって嫌味にしかならないということに決して思い至らないのだ。惨めな境遇に追い込まれたという経験のないあの人には。
ただ、今回ばかりはあの人の引け目にも妥当な理由がないわけでもない。
この度の時氏の帰郷は決して栄転などではない。あの山門、比叡山延暦寺と揉めに揉めて、やむを得ず六波羅探題北方の職を交代して戻ってきた。事実上の更迭だ。
いずれ山門とは白黒つけなければならなかったわけで、その点ではやつを評価する者もいる。ただ、当の時氏はさぞや沈鬱な面をしているだろう。ひょっとすると兄上は息子を励ますために柄にもなくはしゃいでみせるつもりかもしれない。
そんな様を想像すると滑稽で、多少溜飲が下がる思いがした。
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