#文披31題 カヨちゃんと僕
ナカタサキ
七月一日 傘
雨に降られた私を待っていたのは隣人であり幼馴染みでもある山吹だった。
「迎えに来たよ」
「頼んでない」
間髪入れずに答えると山吹は気怠げに私をみた。
心臓が嫌に早く鳴るのは気のせいではない。いったい、どうして、なぜ? 私の問いは音にならず、恐怖心と共に口の端から漏れていく。山吹はゆっくりと気持ちの悪い、人好きの笑みを浮かべた。
「帰ろう、カヨちゃん」
「なんで山吹がいるのよ」
「カヨちゃんが傘を忘れてたから」
「違う、そうじゃないでしょ?」
警鐘が聞こえる。気をつけなければ。山吹のペースに乗ってはいけない。虚空の様な暗い瞳で山吹は私を捉える。何を考えているか分からない。
「……僕は雨のなかでカヨちゃんがぬれないように傘を持って迎えにきただけなのに。カヨちゃんは大人になって変わったね。昔は僕に一等優しかったのにさ」
確信めいたことを言わない山吹の卑劣さに怒りが沸いてきた。抑えろ、怒ってはダメだ。山吹のペースに乗ってはいけない。
「……今も優しいじゃない」
あなたを人間と認識に会話をする。これが今の私にとって最大限の山吹への優しさだ。
「カヨちゃんのいう優しさっていうとは、わざわざ傘を持って迎えにきた幼馴染に言うにしてはトゲトゲ言葉をなんじゃない?」
ボク泣いちゃう、と大袈裟に顔を覆う。恐怖心と怒りで目の前が真っ赤になる。
「うるさいわよ。もう関わらないでって言ったのに。なんでいつまでも付き纏うの?」
「カヨちゃんシッ。みんなみてるよ」
大声で叫ぶ私の唇に、山吹は人差し指を当てる。その瞬間に私は雨で足止めされている人たちに見られていることに気付いた。
多くの視線に刺されてしまい私は俯くしかない。それに気づいた山吹は優しい声色で囁いた。
「帰ろう、カヨちゃん。カヨちゃんが注目を浴びるの苦手なの、僕はちゃんと知ってるよ」
人々の視線からの恐怖で抵抗する力をなくした私は、山吹にされるがまま腕を引かれる。
「帰ろうね、カヨちゃん。帰ったらあったかいお風呂に入って、あったかいご飯を食べよう。怖いときはあったかいものを摂るといいってカヨちゃんが教えてくれたこと、僕はちゃんと憶えているよ」
嬉しそうな山吹は私の腰を抱き、黒く大きな傘に誘う。恐怖で動けなくなった私は抗うことができず、山吹の家に帰ることになった。
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