出入口

石村まい

出入口

軽やかにぬすまれてゆくわたしのもあなたの影もディオール展で


どちらでもいいとつぶやく寸前の遠泳のあとのような表情


曲がらせるちからに街はふくらんでバスセンターの地面を揺らす


冷媒として真夜中の喫茶店ひとりこぼれるように座れば


肯定のたやすさを脳に覚えつつシートベルトの金具つめたし


勾玉は色とりどりにつらぬかれ土産物屋を行き交う光


頂上にたとえる帰省おりなくてもいいといつでも言われたかった


くらやみに引き絞られるロープウェイ山に逢うべきものたちのため


乾かない布巾がほしい 憐憫を包んでおいてときどきひらく


脇に肉をつけてたのしき母親となんども褒める真珠の艶を


自転車のうえに梢はひらかれてほんとうに行きたいところまで漕ぐ


もう入ることのない海ひろびろと昔のあだ名を忘れようとして


同じ位置同じ香りの花手水だれもが願うくるしみがある


祖母の手の甲は日に日にやわらかく庭の桔梗のむらさきなども


少年のあなたと思うていねいに灯籠を描きつづけている人


人がいないだけできれいな交差点 小鳥も鈴も歌ってはいる


植物園の中だけにある静けさをすこし預けて六月の雨


にじりよる洗面台の向こう側に指紋のついたわたしの無言


星の位置をとてもただしく話すとき爪先立ちのさびしさがある


紡いでは綻んでしまう記憶ごと二歩と半歩で抜ける改札

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出入口 石村まい @mainbun

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