思いがけない行動

 広場には相変わらず人が多い。特に、ヴァイオリンやチェロの音楽に合わせて踊る者が増えてきている。

 夕方になり、仕事を終えた者達もいるので皆どこか開放的な気分になっている。

 テオはベルナデットに手を差し出す。

「お嬢さん、俺と1曲踊ってくれるかな?」

 そう穏やかに微笑むテオは、平民の服装だがかなり様になっていた。まるでどこかの紳士のようだ。

「ええ、喜んで」

 ベルナデットはふふっと笑い、テオの手を取った。

 ワルツを踊る2人。ベルナデットは大公宮でのダンスレッスンの時とは違い、緊張することなく踊っていた。

(こんなに気楽に踊るなんて、初めてだわ)

 晴れやかな気分になるベルナデット。

 テオのリードも上手だった。

「私、踊ることが楽しいって今日初めて思ったわ」

 ベルナデットはキラキラとした笑みを浮かべる。

「それならよかった」

 テオはフッと笑う。

 2人はこの前2曲、3曲と連続で踊る。本来同じ相手と3回以上連続で踊るのはマナー違反だ。しかし、今はそういったマナーを気にせず自由に踊ることが出来るので、ベルナデットはとてものびのびとしていた。周囲にも、わざとステップを外したりふざけて踊る者達がいた。彼らも総じて楽しそうにしている。

「こうやって踊るのも楽しいものだな」

 テオは面白そうに笑った。

 その時、少し離れた場所から怒号が飛んでくる。

「おい! お前さっき俺とぶつかっただろ!?」

「はあ!? 知らねえよそんなこと!」

「何だと!」

 屈強な男が2人、殴り合いを始めたのだ。

 当然周囲は驚き、踊りを止めてそちらを見る。音楽も止まる。

「酒も入って色々枷が外れたのか」

 テオはそれを見て苦笑した。確かに男達の顔はほんのり赤くなっている。お酒を飲んだのは間違いない。

「あらら……少し怖いわね」

 ベルナデットは困惑した様子だ。

「おいおい、お前達何をしている!?」

 屈強な男2人の殴り合いを止めに入ったのも体格のいい男だ。しかし殴り合いは止まらない。

「はあ!? テメェは何様のつもりだ!?」

 止めに入った男も殴られてしまった。彼はワナワナと体を震わせる。

「この俺を殴るとは上等だ! ぶちのめしてやる!」

 止めに入った男はどうやら短気だったらしい。彼は頭に血が上り屈強男2人と乱闘を始めてしまった。

 そこから他のもの達の枷が外れたのか、加勢する者、ヤジを飛ばす者が出て来てカオスな状態になった。おまけに周囲でも他の乱闘が始まっている。舞踏会ではなく、もはや武闘会だ。

「うわ、大変なことになったな。ベル、一旦ここを離れるか」

「ええ、そうね」

 ベルは苦笑していた。

 しかし、2人もここで酒を飲んで酔っ払っている厄介な男に絡まれてしまう。

「おいおいお前ら2人、何すました顔してんだよ!」

 男はテオに殴りかかる。テオはそれを上手く避ける。

(大変、何とかしないと)

 ベルナデットはそう思い、近くにあった椅子を男に投げつけた。

「うおっ!」

 そこで男が怯む。その隙にテオはベルナデットの手を取り走り出す。

「ありがとう、ベル。中々やるな」

 テオは面白そうにフッと笑った。

「とにかく何とかしないとっていっぱいいっぱいだったの」

 ベルナデットは緊張が解けたような笑みになった。しかし、テオの顔を見ながら走っていたせいで、足がもつれて転んでしまった。後ろからは男が追いかけてくる。テオは咄嗟の判断でベルナデットを横抱きにして駆け出す。いわゆるお姫様抱っこだ。密着する体にベルナデットの鼓動は早くなる。







−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 ベルナデットとテオは広場から街を見渡せる高台まで逃げて来た。

「ベル、すまない。いきなりあんなことして」

 テオはいきなり横抱きにしたことを謝罪した。

「大丈夫よ、気にしてないわ」

 内心ドキドキしていたが、ベルナデットは平然を装った。

「それにしても、やるなあベル。アイツに椅子を投げつけるとか」

 テオは広場での乱闘でのベルナデットを思い出してクククッと笑う。

「あの時は、テオが絡まれていたから何とかしないとって思って必死だったの。だけど、改めて思うと笑えちゃうわね」

 ベルナデットもふふっと楽しそうに笑っていた。

「それに、あんな振る舞いをするなんて初めてだわ。何だかとってもスカッとしたの」

 晴れやかな笑みのベルナデット。夕日はもうすぐ夜に飲み込まれる前に最大限に輝いている。街も赤く美しく染まる。

「テオ、見て。綺麗な景色よ」

 ベルナデットは夕日に染まった街をキラキラとした目で見ている。

「ああ、そうだな。この街は……いや、この国は綺麗だ。渓谷に囲まれていて、森や川、自然と調和している。のどかで心落ち着く。つい自分の役目を忘れてしまいそうになるくらいに」

 テオはヘーゼルの目を細めた。

「自分の役目……」

 ベルナデットはふと自分がこの国の大公世女であることを思い出して俯く。

(大公宮に戻ってもまた勉強ばかりの窮屈な日々。もし私がこのまま戻らなければ……今日みたいに自由に振る舞える日が続くのかしら。私は……もっとテオと一緒にいたい)

 ベルナデットはゆっくりと顔を上げてテオを見る。

「ねえ、テオ。自分の役目を放り出して、私と一緒に逃げてしまわない?」

 ベルナデットのサファイアの目は、真っ直ぐテオのヘーゼルの目を見つめている。

 時が止まったかのような沈黙が流れる。

 テオは困ったよに微笑む。

「ごめんな、ベル。俺は逃げるつもりはないんだ」

 ヘーゼルの目は、覚悟が決まっているかのように真っ直ぐ力強かった。

「確かに俺は養子入りしたら、今みたいな自由は少なくなる。だけど、俺は逃げ出したいとは思っていない。この道は、俺が自分で選んだ道なんだ。それに、今俺が逃げたら大勢に迷惑がかかる。だから、君と一緒に逃げ出すことは出来ない。すまない、ベル」

 ベルナデットの頭の中は真っ白になった。

 そして思わずその場から逃げ出すのであった。夕日はすっかり沈み、辺りは薄暗くなっていた。

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