手始めに食事と演劇

 ベルナデットとテオは街の仕立て屋に来ていた。

「テオ、これでどうかしら?」

 先程まで着ていた質素とはいえど上質な服とは打って変わって、完全に平民の街娘に見えるベルナデット。

「うん、それなら貴族のご令嬢には見えないな」

 テオはクスッと笑った。

「じゃあこの服にするわ」

 ベルナデットは砕けた口調が板についてきた。

「了解。支払っておく」

「何だか申し訳ないわね」

 ベルナデットは肩をすくめた。

 ほとんど大公宮で過ごしたベルナデットは、お金を持ち歩く概念がなかった。だから支払いはテオがするしかないのだ。

「気にすることはないさ」

 さっぱりとした笑みのテオ。言葉通り気にしている様子はなさそうだ。

「ありがとう、お金は後で必ず返すわ」

「ああ」

 ベルナデットの服を購入した後、2人は仕立て屋を出た。

「さて、じゃあまずは大衆向けの演劇でも……」

 観ようか、と言いかけたテオだが、ぐうっとベルナデットのお腹の音が鳴る。ベルナデットの顔はカアっと赤くなる。

「これは、その……実は朝から何も食べてなくて」

 ベルナデットは恥ずかしそうに俯く。

「先に食事の方がよさそうだ。何か食べたいものはあるか?」

 テオは優しげにフッと笑った。

「ええっと……」

 ベルナデットは少し考える素振りをする。

(どうせなら今まであまり食べたことのないものを食べたいわね)

 その時、ふとテラス席のあるカフェが目に入る。ソーセージやガレットなど、庶民向けの軽食を取っている人が多い。ベルナデットにはそれらがキラキラと輝いて見えた。

「あのお店に行ってみたいわ」

「分かった。じゃあ早速行こうか」

 こうして2人はカフェへ行き、テラス席に座るのであった。

 ベルナデットが注文したものは、チーズが入ったガレットとソーセージ。テオも同じメニューだ。

「美味しそうだわ」

 ベルナデットは運ばれてきたガレットとソーセージを見てサファイアの目をキラキラと輝かせた。ガレットはパリパリとした生地にとろりととろけるチーズ。そして中央には半熟の目玉焼き。ハーブソルトの香りが食欲をそそる。ソーセージは見た目からプリプリとした感じが分かる。そして甘味と酸味が合わさったハニーマスタードの香りがふわりと漂う。

「ベル、冷めないうちに食べよう」

「そうね、テオ」

 こうして2人は食事にありついた。

 ガレットをナイフで一口サイズに切って食べると、口の中に焼けた生地の香ばしさやハーブソルトの香りが広がる。そしてとろりととろける重厚感あるチーズに満たされ、ベルナデットの頬は緩む。

「今まで食べたことのない不思議な感じだけれど、とても美味しいわ」

「ならよかった。空腹は最高の調味料って言うからな」

 テオもヘーゼルの目を細め、口元を綻ばせていた。

 ベルナデットは次にソーセージを一口サイズに切って食べた。ジュワッと肉汁が口に広がる。噛めば噛むほど感じる肉の旨味とハニーマスタードが絡み合う。ベルナデットは満足気に顔を綻ばせた。

「それにしても、ナルフェックとガーメニーの食文化が融合しているな」

 テオはガレットとソーセージを交互に見ていた。ガレットはナルフェックの料理、ソーセージはガーメニーの名産品だ。

「それはそうよ。ユブルームグレックス大公国はナルフェック王国とガーメニー王国に囲まれているのだもの。それに、この国はまだナルフェックやガーメニーに頼っている部分があるわ」

「そうみたいだな。金属加工技術は優れているが、それだけではまだやっていけないということか」

「経済力はそこそこある国だけれどね」

 ベルナデットはそう言い、またガレットを一口食べた。テオもナイフでガレットを一口サイズに切り、口に運ぶ。その仕草はやはり品があるように見えた。

 完食し、お腹が満たされたところで2人は大衆向けの演劇を観に行く。2人が観るのは平民の少女が貴族の養子となり、周囲の嫌がらせなどにも負けずにその家の当主にまで成長する話だ。劇場は満席だった。

(これだけの人が観に来るということは、このお話はとても人気なのね)

 ベルナデットは周囲を見渡してそう感じた。







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 演劇が終わった後、ベルナデットは余韻に浸っていた。

「凄かったわね。主人公の成長とか、その、色々」

「ああ、そうだな。主人公は初期の何も知らなかった頃と比べて、終盤は伯爵家の当主として立派にやっていた」

 テオは満足そうに頷いていた。

「私、小説を読むのだけれど、小説を読み終わった後と同じような、だけど少し違う感覚になっているわ。演劇って凄いのね」

 ベルナデットはうっとりと微笑んでいた。満足感が溢れ出てくる。

「そうだわ」

 ベルナデットはパッとテオの方を見る。

「私、やってみたいことを思いついたの」

 溌剌と明るい笑みのベルナデットだ。お腹も満たされて、更に演劇を観た後の満足感も加わり元気が出てきたのだ。

「一体何をしたいんだ?」

 テオは首を傾げる。

「船に乗ってみたいの。冒険小説みたいに大海原を旅することは出来ないけれど、この街には川があるわ」

「川をクルーズってことか。いいよ、付き合う」

「ありがとう、テオ」

 ベルナデットはウキウキと心を弾ませていた。







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 警備に当たる騎士や侍女達のドタバタとした足音。ベルナデットが抜け出した後、大公宮では大変な騒ぎになっていた。

「大公世女殿下は見つかったか!?」

「いいえ! どこにもいらっしゃいません!」

「大公宮の隅々までもっと探せ!」

 衛兵や侍女など、城にいる者総動員でベルナデットを探していた。

「大公陛下、大公宮の敷地内を隅々まで探しましたが、大公世女殿下は見当たりません」

 衛兵隊長が大公のオーギュストに総報告する。

「そうか、それなら大公宮の外も探せ。この城は森で覆われている。夜中だと身動きは取りにくいだろう。大公宮の外となると、ベルナデットは明け方抜け出したのだろう。そう遠くは行っていないはずだ」

「承知いたしました」

 衛兵隊長は敬礼を取り、部下達に指示する。大公宮の衛兵達は街へ向かう準備を始めた。

「ベルナデット……一体どこにいるのだ……」

 オーギュストはギュッと拳を握り、肩を振るわせている。怒りと心配が入り混じったような感情だった。

 大公妃のグレースはそんな夫の背中をさする。しかし自身も気が気でなかった。

(ベルナデット、どうか無事でありますように)

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