島田紗勒の事件惚

谷川人鳥

この中に1人、俺に惚れている奴がいる



 密室と言っても過言ではない閉鎖的な空間で、俺が愛の告白を受け取ったのはつい昨日のことだった。

 平凡、というよりはやや程度の低い学生生活に突如現れたあまりに刺激的過ぎる非日常。

 いまだにその衝撃は冷めやらず、果たしてあの出来事が本当に現実のことだったのか疑わしくなるほどだ。

 あまりに色のない毎日を送り過ごし過ぎて、とうとう幻覚か何かに囚われてしまったのではないかと怖ろしくなる。

 しかし、全てはどうしようもなく現実のことで、敏感な視覚と触覚は有無を言わせず俺に焦燥を促す。

 小学生の頃から使い続けている薄汚れた机の上に置かれた、一枚の手紙がその証拠。


 “島田紗勒くんへ

 いきなりですけど、ずっと、ずっと前からあなたのことが好きでした

 直接自分の口から伝えられなくてごめんなさい

 でも、でも、あなたのことが好きな気持ちはほんとに、ほんとに本物です

 迷惑かもしれないけど、どうしても伝えたかったので手紙といった形を使わせてもらいました

 あなたのことが、大好きです”


 俺の口からンホォみたいな鳴き声が漏れる。

 これはどこからどう見ても俗にいうラブレターというやつだ。

 当然の如く、俺の短い人生史の中でも実際にお目にかかるのは初めての体験で、しかも宛先はこの俺自身ときてる。

 島田紗勒しまだしゃろくという、あまり個人的には気に入っていない名前も、この手紙の中では一際輝いて見えた。

 自室の天井の木目を数えながら、何とも言えない高揚感に歯を食いしばって耐えなければ、今にも半裸で踊り出してしまいそうだ。

 本当ならば、直ぐにでも手紙の返事を自慢の達筆でしたためたい。

 だが、それには大きな問題があった。

 あまりにも大きすぎるその問題を思い出し、俺は再びこの日何度目かわからない溜め息を吐く。


「……いったい、この手紙を書いたのは誰なんだ?」


 そう、それは手紙の送り主が不明という致命的な問題。

 どんな角度から見ても、ためしに光に透かして見ても、この手紙の送り主、つまり俺に告白をした人物の名前は浮かび上がってこない。

 このご時世では天然記念物級となったドジッ子属性持ちなのか、はたまた最初から名前を書くつもりがなかった超ド級のシャイっ子なのかはわからないが、とにかく俺のことを好きだと言ってくれた人物が誰なのかわからないのだ。

 ただ、実は俺にこの手紙を渡すことができた人物はある程度限られている。まったく当てがないわけではない。


有栖川ありすがわアスミ”

西尾響にしおひびき

法月知恵のりづきちえ


 今日、高校からの帰り道でわざわざ購入した新品のノートに書き連ねた三人の女子生徒の名前。

 ここには昨日の放課後、数学の補講を受けるため空き教室に集められた四人の生徒の内、俺以外の名前を記してある。

 この補講を受けている間、俺はある時、唐突に凄まじい腹痛を覚え、十分間だけ教室の外に出ていた。そしてトイレから無事なんとか事を終え戻ってくると、俺が座っていた机の上に一枚の見知らぬ手紙が置いてあったのだ。

 お察しの通り、その一枚の見知らぬ手紙こそが、送り主の名無き俺宛てのラブレターというわけだ。


 補講の行われていた空き教室ミッシツ

 そこでたったの十分の間に犯行コクハクは行われたということになる。


 俺は改めて三人の容疑者の名前をじっくり見やる。

 その三つの名前全部がいい意味でも悪い意味でも校内では有名であり、向こうはどうか知らないが、俺の方は全員よく知っている。

 あの閉鎖的な空間でいったいどうやって他者の目を掻い潜りラブレターを俺の机に置いたのか。なぜ送り主である自分の名を書き残さなかったのか。そもそも、なぜこの平凡以下の存在である俺に告白したのか。

 謎は深まるばかりで、あまりも不可解なことが多すぎる。


 しかし、たった一つだけ、明確にわかっている事実もあった。


 期待と疲労を多分に含んだ溜め息を吐きながら、再び三つの名前をじっと見つめる。

 そうだ。

 これだけは間違いないはずなのだ。


 有栖川アスミ、西尾響、法月知恵。



 ——この中に一人、俺に惚れている奴がいる。




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