アーサーブレイン

谷資

第1話 わたしの夢

人々は死なない体を求め、仮想世界をつくり、脳のみを人の生命線とした。

病気でも事故でも死なない。しかし、唯一のバグがあった。脳破壊による死である。


「ずいぶんと賑やかな酒場だなぁ。気分が上がる。そうは思わないかい?コトネ。」

「そうだねっ!」


俺の名前はゲンヤ。幼馴染のコトネと街の酒場に来ている。…飲みにきたわけじゃないぞ。情報収集だ。


「コトネ、ちょっとそこら辺にいてくれ。俺はここのマスターと話してくる。」

「うけたまわりっ!」


さーて、マスターさんはどこかな。

…探しても見つからない。首を傾げていると、歓声が聞こえてきた。話題の発信地であろうところを見ると、少女がヴァイオリンを弾いている。とても愉快な曲だ。飲みに来た人々は楽しそうに踊っている。


「いやぁ、マスターのヴァイオリンはすごいねぇ!体が曲に合わせて勝手に踊っちまうよ。」


どうやら彼女がこの店のマスターらしい。

演奏が終わると彼女はカウンターへと向かって行った。

俺は彼女のもとに向かう。


「マスターさん、一つ尋ねたいことがあるんだが。」

「はい、なんでしょう?」


うわっ、声も綺麗だ。


「アーサーブレインってご存知ですか?」

「アーサー…すいません。知らないです。」


そのとき、一人の酔っ払いが絡んできた。


「マスターぁ、アーサーブレインってのは都市伝説ですよ。人を操るって言う、この世界のアドミニストレーター。ずっと前に流行ってたんですがねぇ。」

「え、それって…」

「マスター、おすすめの酒ください。」

「は、はい!」


酔っ払いに何か聞こうとしていたマスターだったが、俺の注文で遮られる。


「賑やかですね。この酒場。」

「えぇ。この酒場…あっちの世界にもあったんですよ。」

「へぇ…。」


渡された酒を一杯で飲み干し、代金を渡し、コトネを探しにいく。

周っているとコトネをみつけた。なんか、酔っ払いと盛り上がっているんだが。


「ははっ、この嬢ちゃん。弱いなぁ。ここにいる誰にも勝ってねぇ」


どうやらババ抜きをしている。嘘だろう。コトネはババ抜きが強い。信じられないくらいに。


「おっさん、本当かよ。コトネは強いぞ。俺なんて一回も勝ったことがない」

「嘘じゃねぇよ!」


本当か気になったので、この酔っ払いどもと勝負してみる。強いのかこいつら?

結果は―—、俺が勝った。

「嘘じゃねぇか。表情が見え見えだよ。」

「嘘じゃねぇ!!…しかしあんた、強いな。俺達の仇を取ってくれ!」


仕方なく、コトネと勝負するんだが、、やはり負けてしまった。


「負けてんじゃねぇよ!俺達の仇を取れよぉ!期待を裏切りやがってぇ!」

「勝手に期待すんな!コトネは何考えてるかわからないんだよ!ババを大切そうに見るんだぜ?」

「知るか!期待を裏切った責任は取ってもらうからなぁ!」


酔っ払いどもが一斉に襲いかかってくる。逃げるように、俺とコトネは外に出る。


「さて、次はどこに向かうかな」


そう考え、空を見上げると月が出ていた。とても綺麗な月。コトネも月に目を奪われている。

…なんか、いい雰囲気じゃないか!?

ロマンチックとはこのことか。それっぽいBGMまで聞こえてきた。


「…ん?」


(自然と脳内再生されているBGMかと思ったが…実に生々しいぞ?ヴァイオリン…?)


音のほうへと振り向くと、マスターがいた。そのヴァイオリンは月に照らされて、異様な雰囲気を出している。


「いい雰囲気を出してくれたんですか?アフターサービスまでしっかりしてますね。」

「えぇ、そうでしょう。当店の自慢はお客様へのサービスなので。それより、アーサーブレインのこと。教えて下さい。」


ヴァイオリンを動かす手を止めずに質問するマスター。

ここは何も知らないと言った方が良いだろう。


「多くの人の脳を獲得することがアーサーブレインに近づきます。」


(!?、本音と嘘が逆に…?)


「…音楽には人を動かす力があるんです。心と同時に行動をね。」


それが本当なら、まずい。いや本当なのだろう。現に俺を操ったのだから。そしてアーサーブレインのことを知ったのなら…俺達に牙をむくはず。俺はコトネを抱くと、一目散に逃げた。路地を回って回って相手から逃げた。

しかし、彼女からは逃れられない…。土地に慣れているからだろうか。それとも彼女が奏でる音のせいだろうか。


「おや、かわいい女の子さんはどちらへ?」


俺がダイナミックに逃げている途中で、コトネを逃すこと成功していた。さすがは俺。


「…先程、私の店があちらの世界にあったと言いましたよね。実はあの店、元々は父が経営していたんです。父はいつも私に言っていました。この店を世界一の酒場にするって。」

「……」

「ですが、父は志半ばで死んでしまいました。私のせいなんです。父が大好きだった曲を私が演奏し録音したものをプレゼントしたんです。父は大変喜びました。ある日のことです。父はその曲を聴きながら車を運転していました。そして、事故を起こし亡くなりました。とてもスピードを出していたらしいです。私は自分の演奏で取り返しのつかないことをしてしまったのです。」

「…………」

「ですから、私が父の代わりにこの店を、世界一にするんです!

先程の都市伝説が本当なら世界一なんて夢じゃない!」


彼女のその目には強い意志があった。とても叶えたいことなのだろう。

しかし―—、コトネに危害を加えるのなら………彼女は敵だ。


「卑怯な手を使った世界一なんて、魅力がねぇんだよ!!!」


そう言うと、俺は走る。彼女から背を向けて。耳を塞ぐが、対策になっているかはわからない。目的の場所に着けさえすれば…!



「はぁっはぁっ、ッ、参ったな、足が速いのは羨ましいよ。素直に。」

「どうもです。では手始めにあなたの脳を…」

「その前にぃ!お前の大切なものは…この酒場だよなぁ?!」


そう、俺は彼女の酒場が目的地だった。


「俺もお前と同じようにちょっとした、特技を持ってる…鋭い観察眼。そこから、人の大切なものがわかるんだ。」


…そしてなぁ、この世界じゃあ、大切なものってのは、命取りになるんだよ。

俺は、マッチを手に取ると、先端をこすった。俺の手に一点の熱が発生した。


「あっついマッチはいかがですか〜?!」


酒場にマッチを放り投げる。見事に五点着地をしたマッチは酒場に容赦なく火を届けた。

火はより一層、広がっていく。実は、コトネに酒場で酒を撒き散らしておくように言っておいたのだ。


「コトネ……85点だ!!」


燃え盛る酒場を見た彼女は、茫然としていた。人生における最も大切なもの。それを失ったことを理解した彼女は倒れた。


「…脳破壊とかいうバグを修正しないのもどうかしてるねこの世界。」


そして、倒れた彼女の脳から、データを収集する。それはさながら、コンピュータウイルスのように。


「この世の秩序でもあるブレインを手に入れようなんて、ウイルス以外の何者でもないだろう。」


そう呟くのは、自分に対する非難の言葉だろうか。

そして、彼らは伝説の脳を求めて次の街へ、また次の街へと行くのであった。

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アーサーブレイン 谷資 @tanishi70

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