秘密なカクシアジ

染谷市太郎

第1話

「ね、おいし?」

「ええ、もちろん」

 こちらをうかがう、くりくりとした目に私はゆっくりと返した。

 口に含んだアイス。舌に残った余韻を味わう。

 バニラとミルクに潜んだ、香ばしい香り。

 これは。

「……醤油、ですか?」

「正解!」

 シェフ、味香ミカさんの声が喫茶『マイソン』の中に響いた。

 ジャズ調のBGM、食器同士が触れる音。味香さんの幼さのある声は、それらにかき乱れることなく私の耳に届く。

「へへっ、やっぱり舌が肥えてるね。工藤さんは」

「伊達に30年近く生きていませんから」

「むっ、いつかその年の功、僕が絶対に負かしてやるんだから!」

 がんばってください。私は小鉢に入ったアイスをひと掬いする。

 まだ18歳の彼女には、とうてい追い付けないだろうが。


 味香さんの試作メニュー。その隠し味を当てるゲームは、私の連戦連勝。

 当然だろう。サラリーマンとして働く私にとっては、食べることが唯一の趣味だ。朝食、昼食、間食、夕食と食べ歩いた経験が味香さんとのゲームに活かされている。


「こんどはなにが食べたい?」

 ゲームに勝った私には、景品として次回のリクエストができる。

「そうですね……」

 私は窓に目を向ける。降り注ぐ日差しが街を焼いていた。

 一方、喫茶マイソン内は寒いくらいに冷房が効いている。

 静かにブラックコーヒーを、一口含む。

「さっぱりとしていて、お腹を冷やさないもの、がいいですね」

「え~もっとはっきりしてよ~」

「自由な分、やりがいがあると思いますよ」

「ちぇっ」

 唇を尖らせていた味香さん。しかしすぐに、にかっ、といたずらな笑顔を見せる。

「それなら、一等むつかしいものにしちゃうから」

「望むところです」

 私は強気な答えをしつつも、味香さんのまぶしい笑顔に目を細めた。ごまかすように手元のアイスをまた、一口運ぶ。


「味香!」

「はーい」

 注文が入ったのだろう。片山オーナーの声が飛ぶ。

 マイソンは小さな喫茶店だ。片山オーナーの趣味で開いているこの店に、店員は味香さんとオーナーのみ。そのためオーナーはウェイターも兼業している。

 呼び出しに、味香さんは間延びした声で厨房に足を向ける。


「そうだ!」

 くるっと振り返った、彼女のショートカットが揺れた。

「次の勝負、今週末にしましょうよ」

「いいですよ」

 日時指定とは珍しい。

 だが、その目的はすぐに気づくことができた。

「待ち合わせは、八幡神社前で!」

「ええ」

 年頃であれば、デートのような約束。

 意識をし口角を上げる。

「遅れたらだめだからね!」

「もちろんですよ」

 私の返事に味香さんは大輪の笑顔をたたえた。


 視線は、スキップをしながら厨房に戻る彼女から、無意識に花火が描かれたポスターに移っていた。今週末、八幡神社にて行われる花火大会。ようは祭りだ。

 着物姿の味香さんを連想し、首を横に振る。

 彼女はまだ18歳なのだ。邪な目で見てはいけない。

 そして、私は大人としてしっかりと行動しなければならない。

 私は試作品のアイスと手元のコーヒーを胃に流し込み、鞄を手に立ち上がった。

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