第14話  お金が足りない

 バルトルトが国境のスヘルデ川まで視察に行くということで、二日ほど家を空けることになったため、フローチェは親友のミランダに近況報告をすることにしたのだが、結婚を三週間後にする予定だったフローチェは、ダメ元でポープロ教会の結婚式の空いた枠で式を挙げないかとミランダに勧めたところ、

「準備期間が短すぎて無理〜!」

 と、当たり前のことを言われることになった。


 次の日にポープロ教会を訪れたフローチェは、予約した結婚式をキャンセルしたいと祭司に申し出ることとなったのだが、

「え?式を挙げないと違約金が発生するんですか?」

 提示された金額を見て、目の前が真っ暗になってしまったのだった。


 一年前、結婚式を挙げるためにダミアンが前金を支払って、予約をしたポープロ教会。人気の教会のため、予約をするのに一年待ちとなるのはザラなので、予約を取消にしても前金を取られて終わるだけだと思っていたのだ。だというのに、違約金が発生する?


「フローチェ、ただいま〜」


 二日ぶりに家へと帰って来たバルトルトは、フローチェが出迎えてくれなかった為、怪訝に思いながら家の中へと入って行くと、キッチンのテーブルの上にお金を並べたフローチェがウンウン唸りながら計算をしていた。


「フローチェ、どうしたの?」

 後ろから抱きついたバルトルトが彼女の首筋にキスを落とすと、そこでようやっと気がついた様子のフローチェが顔を上げて、

「バルトさん、どうしよう、お金がないの」

 と、言い出したのだった。


「ポープロ教会に支払う違約金、どうやって集めてみても足りないの」


 恋人の浮気が原因で別れたのだから、教会のキャンセル料はダミアンに払ってもらいたい。彼の方で教会の手続きをして欲しいし、なんなら、自分ではなくマリータと電撃結婚でもして欲しいと考えているのだが、どうも、ダミアンは教会に対してはノータッチを貫くつもりでいるらしい。


「双方ともに教会に不義理をするようだと、下手したら破門ということもあるのだと脅しをかけられてしまったの。だったら、ダミアンのところに、この件について話をしに行かなくちゃならなくなるんだけど、行きたくない、会いたくないの」


 こういった場合、ダミアンとの交渉に代理人を立てる場合もあるにはあるけれど、そうした場合には代理人を立てる費用が生じることになるわけだ。


「フローチェ、君はポープロ教会でダメ男と結婚式を挙げる予定でいたが、それがキャンセルとなる為、教会に違約金を払わなくてはならない。本来ならダメ男が率先して手続きを行わなければならないのに、完全にケツを捲っている状態だっていうことでいいんだよね?」


「そうなんです!教会としては、予約した私たちが結婚しないのなら、その枠を知り合いに譲渡する形でも良いって言うんですけど、準備期間もない状態で結婚式を挙げたいなんて人もいないし、本当に困り果てているんです」


 フローチェとしては、バルトルトから貰った『現地妻』に対するお手当を違約金に当ててしまいたいところなのだが、このお手当、生活費も含まれているため、何処まで私的に使って良いのか判断しずらいところがある。


「バルトさん、貴方に貰ったお手当なんですけど」

「フローチェ、だったら僕と結婚式をあげればいいんじゃない?」


 二人、ほぼ同時に言い出した為、お互いの言葉を理解するのに時間がかかった。


「フローチェ、お手当って何?」

「バルトさん、結婚式ってなんですか?」


 再び、同時に言葉を発したため、二人は一瞬、動きを止めると、まずはフローチェが先に話すように促された。そこでフローチェは、バルトルトの手を握りながら必死に訴えたのだ。


「バルトさん、私が『現地妻』として頂いたお手当なんですけど、生活費も含まれるんですよね?実際のところ私の取り分とはどれ位になるのでしょうか?そのお手当を違約金に当てることが出来るのなら、貯金も合わせてギリギリ払える金額になるんですけど」


「ごめん、全然理解できない。貯金も合わせてギリギリって、君、向こうの有責で結婚がダメになったのに、違約金を全額自分で払うつもりなわけ?そもそも、お手当って何?僕、フローチェにお手当なんて支給したっけ?」


「お金を札束でくれたじゃないですか?あれって、現地妻に対するお手当ですよね?好きなことに使ってくれって言われていたんですけど、生活費をやりくりした後の残りの分が私のお手当なんですよね?そもそも、あれは何ヶ月分のお金になるのでしょうか?」


「ええええ!」


 目を見開いたバルトルトは驚きのあまりちょっと後に仰け反ると、反動で前屈みとなりながら、ぎゅっとフローチェの手を握り締めた。


「僕は君を愛している」

「はい、私も愛しています」

「君を僕の妻にしたい」

「はい、現地妻にしたいんですよね?」

「なんなの!その現地妻って!」

「えーっと、現地妻とはティルブルク限定の妻で、間にお金が発生する雇用関係のようなもので、責任なんかは一切発生しない、非常にドライな関係で・・」


 フローチェの桃色の瞳があっという間に潤んでいくと、涙が一粒、頬を転がり落ちた。


「愛していると言っても、形ばかりで本物ではない、擬似的なものなのです。全ては偽りですが、家族の疑似体験が出来る。私は偽りでもいい、自分の家族が欲しかったの」


 後から後から涙がこぼれ落ちるけれど、両手を握られているためフローチェは自分の涙を拭うことが出来ない。


「お金のことなんか言い出したら・・この偽りの関係も終わりなんだって分かってます。お金のことを言い出したらダメなんだって、楽しかった気持ちがあっという間に冷めちゃうって分かっているんです」


 都合の良い女全開のフローチェは、違約金問題を持ち出して、完全に相手が引いていると思い込んで涙を流した。


「ごめんなさい・・私・・もう出て行きます・・この家から出て行きます・・お金のことなんか言ってごめんなさい・・」


 現地妻なのだから、お金についての交渉事はアリだと思うのだが、都合の良い女に即座に成り下がってしまうフローチェは、金の問題を相手に押し付けるなんてやってはいけない事をやってしまった罪悪感に打ちひしがれていた。


 そもそも一番悪いのは、後輩であるマリータと浮気をしたダミアンなのだ。違約金で悩むのなら、彼が悩むべきことなのは間違いないのに。


「フローチェ、なんでそんな考えに陥ってしまったんだ・・僕の言動がまずかったのかな」

 

 バルトルトはフローチェを引き寄せると、包み込むようにして抱きしめた。


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