第10話 僕らは浮かれすぎている
諸先輩方々から、
「早く結婚した方がいいぞ?」
「家に帰って誰かが待っているという生活も良いものだ」
「家庭を持つとな、家族の為に頑張るぞ!という意欲が漲ってくるんだよ」
などということを言われて、結婚についてはせっつかれ続けていたバルトルトは、
「いやいや、結婚なんて目下、必要性を全く感じない!」
と、考えていた。
身の回りのことは自分で何でも出来るし、遠征に行くことだって多いから料理だって得意だ。結婚して、嫁に不便がかからないように使用人を揃えて、嫁が社交を潤滑に行えるようにする為に、ドレス、宝石、ドレス、ドレスを購入していくなど、考えるだけで恐ろしい。そもそもバルトルトは家を継ぐ必要など全くない三男なので、嫁の必要性など全く感じていなかったのだが・・
「お帰りなさい!お仕事お疲れ様でした!先にお風呂にする?それともお食事にする?それともわ・た・し?」
家に帰るなり、昨日出会ったばかりのフローチェから冗談みたいな言葉を掛けられて、即座に彼女の体を抱え上げて寝室へと直行してしまったのだ。
そもそも、プライベートの空間を大事にしたいと考えるバルトルトは、家に女を入れたことがない。会うのは外か、女の家か。深入りしたくないし深入りされたくないのがバルトルトのポリシーなのだが、
「寂しいなあ・・・本当に寂しい・・・」
と言って長いまつ毛を伏せながら、自分の唇を噛み締めるようにして泣き出したフローチェの姿を見て、バルトルトの心臓は銃弾のような何かに撃ち抜かれてしまったのだ。
フローチェは雪のように白い肌に、春に咲くアルメリアの花のように紫がかったピンク色の瞳をしている。その濡れた瞳を見つめながら、彼女を自分色に染め上げていく行為はたまらなく甘美で、沈み込むようにして、年甲斐もなくのめり込んでいく。
蕾だった彼女が自分の手によって開花する様は鮮やかで、満開に咲き乱れる女性の美しさに恍惚としながらも・・
「ご飯!夕ご飯を食べなくてはならないのです!」
頭を引っ叩かれながら、バルトルトは我に返るのだった。
「あともう一回!」
「無理無理無理無理!」
フローチェはバルトルトから逃れるように飛び起きると、
「せっかく!ビーフシチューを作ったのに!食べないなんてもったいないです!」
と、言い出した。
バルトルトの頭を引っ叩き、バルトルトに流されず夕食を選択する女。
「いい・・とてもいい」
プリプリ怒りながらシャワーを浴びに行ってしまった彼女を見送りながら、バルトルトは完全にドツボにハマっていたのだった。
浮かれていたのはフローチェも同じで、
「はい、あーん」
と言って、ビーフシチューをスプーンで掬ってバルトルトの口元まで持っていくのだからどうかしている。
男の人は現地妻に夢を求めているのよ!普段の家庭では絶対に出来ないような、デレデレで甘い生活を求めているんだってお姉様たちも言っていたわ!プロとして、クライアントの要求に応えなくちゃいけないの!
会計事務所で長らく働いていたフローチェは、夜のお店にも仕事の関係で出入りすることがあり、お店のお姉さんたちと懇意にしていた関係で、現地妻については経験者の体験談含め、色々と話には聞いていたのだ。
根が真面目なフローチェは、プロの『現地妻』として、クライアントの為に必死になっているところがあるのだが、完全に暴走しているのは間違いない。
何せ、今まで、尽くして、尽くした挙句に捨てられたフローチェである。尽くさなくても良いのに尽くしてしまう、そんなフローチェのサガが、ここでは仕事の一環として活かされるのだ。
「バルトさん!はい!果物!」
「フローチェも、あーん!」
デザートに至っては、フローチェはバルトルトの膝の上に乗り、『あーん』しあっている始末。正直、バルトルトもフローチェも、こんなことは今まで交際していた相手に対してしたこともない。昨日の酔いを引っ張ったままで浮かれた調子でいるのは間違いのない事実でもある。
フローチェは飲み屋で打ち明けていた通り、家事をするのが大好きなため、バルトルトが使用人を何人か雇うと言っても、
「いいえ!いらないです!私の仕事を奪わないでください!」
と言って激しく拒否するのだった。
バルトルトの家は司令官用に用意された家であるため、部屋数がそれなりに多い。前回の司令官もこの家を利用していたそうなのだが、彼はこの家に現地妻を囲い、使用人を何人も雇って彼女に贅沢な暮らしをさせていたという。
ティルブルクに十年司令官として赴任していた間に、現地妻との間には子供も出来た為、王都に彼女の家を用意して子供ともども住まわせているという話は聞いている。
貴族同士の結婚は恋愛感情が一切絡まない政略的なものが多いということもあるけれど、軍人は職業柄、何人も愛人を持っていることが多いのだ。まあ、そうだとしても、バルトルトはそれを不経済で意味がないものだと思っているし、妻は一人で十分だとも考えていた。
フローチェはバルトルトの家に引っ越してきた後も、贅沢を望む事がない。ただ、ただ、平民の夫婦のような生活を求めているのだった。
夜は共に寝て、朝はキスで目を覚まして、二人で朝食を摂り、仕事に出るバルトルトをフローチェは見送ると、家の中の掃除や洗濯を始める。
夕食を作って待っている彼女の元へ帰るのはバルトルトの喜びであり、笑顔で出迎える彼女の全てをバルトルトは愛した。
フローチェが前の男など思い出せなくなるほど寄り添って、フローチェの全てをバルトルトで満たしていく。すでにフローチェに支配されているバルトルトは、完全にフローチェの僕(しもべ)に成り下がっているという自覚が本人にもあるらしい。
過去を振り返れないようにするために、悲壮感や憂鬱を思い出さないようにする為に、先へ先へと物事を進めていくのはバルトルトの一種の癖なのかもしれない。
一体、何に対して話を進めているのかだなんて、フローチェはかけらほども気付いてはいないのだけれど。
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