神のご加護が届く場所

しろがね。

プロローグ

受け継がれし風



ここは世界の西側。クリミナード公爵が統治するクリミナード公国。遥か昔、風を司る神、イェティスが降り立ったと言う伝承が残る国。


——————


「お誕生日おめでとう。はい、お婆ちゃんからプレゼント」


それは私が4歳のとき。祖母から誕生日プレゼントとしてペンダントを貰った。祖母の手で私の首に下げてくれたそのトップには、私の瞳の色と同じターコイズブルーに光り輝く、この国の秘宝、氷翠石ひすいせきを打ち砕いて作られた “ 笛 ” がついていた。


「その笛はね、クリミナード公爵家に代々伝わる“ 御守り ”みたいなものなの。大切にしてね」


そして祖母はいつになく真剣な面持ちで私にこう言ったのだ。



「その笛には、“ 風の神様が宿っている ” の」



「カゼノカミサマ…?」


「そう。その笛を吹くとね、風の神様にその音色が届いて、あなたの願いをなんでも叶えてくださるの」


「本当?!吹いてみてもい〜い?」


「もちろん!吹いてごらん」


私は勢いよく笛に息を流し込んだ。…だが、


【プス———】


鳴ったのは、ただ息が漏れる音だけだった。


「ねぇお婆さま、これ壊れて———」


「全っ然壊れてないから、大丈夫だから、安心して?」


祖母は私の言葉を遮って力強く言ってのけた。


「きっと、まだ “ その時 ” じゃないのだわ」


「“ その時 ” って…?」


私は首をかしげて祖母に問うと、



「あなたが “ 慈悲の心 ” を使う時」



祖母は真っ直ぐ、優しく答えてくれた。


「ジヒノココロって、なぁに?」


「フフッ、あなたが生まれながらに持っているものよ。心配いらないわ。その笛が鳴らせるようになる頃には、きっとわかるはずだから…」


「お婆さまは鳴らせるの?」


「お婆ちゃんは、とうとう鳴らせなかったな〜」


祖母は困ったように笑いながら言う。


「お婆さまには、“ その時 ” が来なかったの?」


「…ん〜、そうね。その頃にはお婆ちゃんにはもぅ、お爺ちゃんがいてくれたから」


祖母はそう言って近くの棚に飾ってあった写真立てを見やった。そこには今は亡き祖父と並んで微笑み合う祖母の若い頃の姿が写っていた。


それからまた改めて祖母は私に向き直った。


「シーちゃん、これだけは忘れないで?

お婆ちゃんがいつも言っていることだけど、

この世界はね、良いことをしても、そうじゃないことをしても、


“ 巡り巡って必ず自分の元へ返ってくる ” の」


「巡り巡って?」


「そう。嫌なことが返ってくるよりは、良いことが返ってきてくれた方が嬉しいでしょう?だから、できるだけ良いことがたくさん返ってくるように、あなたもできるだけたくさん、良いことをしましょうね」


「“ 良いこと ” …?」


私はただただ首をかしげたが、



「生まれ持った慈悲の心を正しく使うこと。あなたがあなたでいてくれること。ただそれだけでいいの」



祖母は変わらず、優しい笑顔で答えてくれた。


「ほら、よく聞いて?これからどんなことがあろうとも、風の神様が、イェティス様の風が、いつもあなたのそばであなたをお護りくださるわ」


(だからどうか、あなたが生まれ持ったその慈悲の心を、決して忘れないでいてね)


穏やかで優しくて、普段から私が大好きな声。それなのにこの時だけは、どこか違って聞こえてしまったから、落ち着くどころか、私の心は風に吹かれる草花のようにゆらゆらと揺れていた。


「お婆さまは———?…私はお婆さまがそばにいてくれたらいい。風の神様じゃなくて、私はお婆さまがいい!!」


祖母は私の言葉に、そっと、私と同じターコイズブルーの瞳を伏せる。


影を潜めていたはずの、忘れていたはずの “ 何か ” が、また少しずつ私の心に忍び寄ってきていた。


私は縋り付くように椅子に深く腰掛けた祖母にギュッと抱きついた。


「大丈夫。あなたはあなたのお母さまに似て、誰よりも優しい、慈悲の心を受け継ぐ子だもの。その心があれば、いずれはその笛も必ず鳴るはずよ」



「お母、さま…?」



「だからきっと大丈夫。あなたは何も恐れることはないの。風の神様はちゃんと見てくださっているわ。あなたが困った時、そっとあなたに寄り添って、優しい風を吹かせてくれるはずだから。護ってくださるはずだから。

巡り巡って、必ずあなたを助けてくださるはずだから———」


祖母は相変わらず穏やかな口調でそう言いながら、私の中に巣食う不安を消し去るように、私の頭をその大きくて温かい手で優しく撫でてくれたのだった。


それは、雲一つなく、空が澄んで、よく晴れた日だった。ふいに窓の外から吹き込んだ風が、ふわふわとカーテンを舞い上がらせて、目の前のお婆さまの美しい金色の髪を、キラキラと揺らしていた。


そんなお婆さまの姿はまるで、風をその身にまとった女神様のように見えたのだった…。



——————


 これは、誰かにやさしい全ての人が、自分自身にもやさしくなれる方法を少しずつでも見い出していけることを願って紡ぐ、癒しと護りの物語。



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